三十一話 黄金の絶望
「む…無理だ…」
パックリと割れた切り口に恐怖を覚えるナレス。自然と身体に力が入る。
「クフフ…ハハハハハッ!お前の首もこうやって綺麗に切り裂ける!せめてもの報いだ。一太刀で処してやろう!」
「そ…そんな…」
ナレスの手が震える。顔が青ざめ、思考がまとまらずにぐるぐると回る。
(高密度の魔力…魔法練度も高い…突破できるかわからない。私の魔力剣で切り裂けるか…?いや…直接切れば…でもそんな隙は無さそう…)
混乱のせいで動きが止まる。
「お姉さん。落ち着けよ」
少年が背後から手を伸ばし、ナレスの肩をトンッと叩く。ナレスはハッとし、振り向く。真剣な少年の眼差しは、ナレスの考えを見透かしている様に感じた。無駄な考えを払うように首を振り、さっぱりとした表情になった。
「ありがとう。少年。君は下がっていて。私があれを切り裂く」
「…了解。お前の勇姿を見せてもらう」
少年は下がり、ナレスは剣を正眼に構える。
ゴーレムは大剣を片手に持ち、空いているもう片方の手で金色の魔力光線を放つ。
当たらないようにサイドステップで避け、そのままゴーレムの足元まで駆けてゆく。放たれる魔力光線は鬱陶しいが、心を乱さずに丁寧に避ける。
「一刀のもとに切り裂く!」
ナレスは大きく跳び上がり、クルーを鋭い視線で貫く。手に力が入り、魔力の刃がより大きく長くなる。
「ハアァァァッ!!」
剣は斜めに切り下ろされ、クルーを巻き込んでゴーレムを切り裂こうとする。
しかし、クルーが黄金を操って歪な金の盾を作り、それを防いだ。
「そんな!」
「俺の魔力の前では全てが無駄なのだよ!」
クルーは金の盾を操り、ナレスを包み込んでしまう。ナレスは脱出しようと我武者羅に切りつけるが、傷一つつかない。
「無駄だと言っただろう。そんな愚かな、とても愚かな君を、そうだな。一刀の元に切り裂いてやろう」
クルーは口端を吊り上げ、憎たらしい笑みを浮かべる。
ゴーレムは大剣をゆっくりと頭上に持ち上げて構えると、風切り音を上げながら素早く振り下ろした。大剣はナレスを包んだ金の盾を真っ二つに切り裂いた。
金塊と化した盾が、爆音をあげて地面に落下し、大地を揺らす。
「B級冒険者も呆気なかったな。さぁ、狼よ続きをしようか」
クルーは、ナレスの事はもう興味が無いと言わんばかりに無視し、少年のいる場所に視線を送った。
「どこだ?どこにいる」
しかし、そこに少年は居なかった。キョロキョロと探すが、少年はどこにも居ない。だが、何かに気がつき下を見る。真っ二つに割れた金塊。その隣にナレスを抱える少年が立っていた。
「灯台下暗しとはこの事だな」
「お前にも良心はあったのか…血が一滴も零れなかった事に気がつかなかったのは少し自分に苛立ちを覚える。ただ、どうやってあそこから救ったのだ?」
少年はその問いに声を発さず、代わりに金塊を指差して答えた。そこには人一人が抜け出せる程の穴があった。
「金塊を壊したのはわかったが、いつ?どうやって?壊したのだ」
「…何も外側から壊さなくても、内側から壊せばいい。空間を破壊して内側に入り込み、金塊の一部を壊して脱出した」
「成る程。して、その冒険者は死を悟って失神してしまったのかな」
「それは知らん。そんな事よりも続きだ」
「そうだ。そうだな。やろうでは無いか!!」
少年はナレスを適当な場所にそっと下ろし、クルーと向き合う。狂人二人が改めて相まみえる。戦いの始まりは不意に訪れる。
「最高火力で消し去ってやろう!」
クルーはゴーレムを操り、その胸にある赤い魔石に魔力を凝縮する。魔力は眩しい程に輝き、辺りを真っ赤に照らす。身体を思い切り広げると、胸の魔石から幾つもの光の線が放たれる。その光線は少年目掛けて降ってくる。
少年はそれを避け、破壊し、上手く捌きながらクルーに接近する。横目で光線が着弾した地点を見ると、石畳が黒く焦げ、頭がすっぽりハマるほどの窪みができていた。
(当たれば死…)
背筋が凍るのを感じながら、避けるのに集中する。しばらくすると、攻撃の密度が少なくなっているのに気がついた。
(そろそろ打ちやめか。今だな)
少年はそれを好機と見て、一気に近寄る。空間を破壊し、ジグザグに現れては消えてを繰り返す。
「くっ…近づいてくるのならこれだ!」
ゴーレムは大剣を両手に持ち、滅茶苦茶にぶん回す。すると、その軌道の通りに斬撃が放たれ、壁となって少年の前に立ち塞がる。
「この程度じゃ俺は止められない」
少年は空間ごと斬撃を破壊し、斬撃の壁の向こうに移動する。しかし、少年は腹部に強い衝撃と灼熱感を覚えた。
吹き飛ばされながらも体勢を整え、かろうじて着地する。未だにジンジンと熱い腹部を見ると、深く抉れて炭化していた。
「バカめ!先の先を読むのが戦いの定石だ!」
クルーは得意げに少年を挑発する。
少年は痛むのを堪えて懐から小瓶を取り出し、中身のコーヒーを腹部に振りかける。傷が徐々に治り始める。
「ハァ、ハァ…炭化したお陰で血はあまり流れなかったな…まだいける。戦える」
少年は自分に言い聞かせる様に呟き、足を前に出す。
「来い!それでこその器だ!」
ゴーレムの胸の魔石が輝き、四肢の関節にある魔石にその光が伝播する。やがてその輝きは剣に伝わり、剣が赤い魔力光を放つ。
「極光の元にひれ伏すがいい!『断罪の一刃』!!」
ゴーレムは少年を狙って大剣を振り下ろす。大剣から放たれた斬撃は道幅程の大きさで、逃げ道は無いに等しい。
普通なら絶望的な状況だが、少年の心は折れない。両手を大きく広げ、まるで斬撃を迎え入れる様な姿で構える。
「来い!!」
斬撃が少年を両断するその刹那、なんと、少年は斬撃を両手で挟んだのだ。真剣白刃取りをした少年は、そのまま斬撃を破壊し、斬撃は辺りの物を切り刻んで霧散した。
それを見届けた少年は、間髪入れずに地面を蹴り、クルーに肉薄する。
クルーはもう目と鼻の先。空間を破壊すれば、それこそ触れ合える様な距離感。少年はクルーの動きがゆっくりに見えた。まるで澄んだ水面の様な穏やかな気持ちで観察する。
クルーはゴーレムを動かして離れるようだ。だが、そんな事はさせない。離れてしまえばこちらに手出しは出来ない。
空間を破壊し、ゴーレムの肩に着地する。クルーと同じ場所。これならばゴーレムがどう動こうと問題は無い。例え少年を潰そうと肩を叩けば、一緒にクルーも潰れてしまう。
後は単純な強さだけが頼りになる。クルーはそれを瞬時に理解し、ゴーレムの一部を自分の身に纏う。
「よくここまで追い詰めた。だが、ゴーレムを操る俺が弱いわけが無いだろう」
「それはそうだ」
クルーは金で作った大剣を振り下ろす。少年はそれを破壊し、ついでに鎧も破壊する。
だが、すぐに金塊が大剣も鎧も修復してしまう。
「ここにある数百トンを超える金塊全てが俺のものだ!」
金塊が空中を浮遊し、形を変えて少年を襲う。その質量を活かし、少年を押し潰そうと上空から降り注ぐ。
「『金の雨』!」
金は弾丸の様な速度と威力で降り注ぐ。少年は担いでいた大剣を盾の様にして防ぐが、大剣が凄まじい音を立てて悲鳴をあげる。
(このままじゃ大剣が壊れてしまう…そうだ!)
少年はふと、胸元のポケットに手を入れて小瓶を取り出す。小瓶を握り締め、クルー目掛けて投げつけた。
クルーはそれに気がつき、剣で弾こうとした。
「なっ!?」
しかし、その小瓶は大剣が触れる前に砕け、破片がクルーを襲う。クルーは身を守る為に金を盾状に変形させた。
「それを待っていた」
少年は空間を破壊してクルーの背後に回り、鎧と鎧の隙間に短剣を突き立てた。
「一瞬だけ怯んだだろ。お前の意識は破片から身を守る事に注がれる。そして、金の雨は僅かに勢いを落とした。その隙にお前の背後に回ったというわけだ」
「そん…なっ!俺が…っ!この俺が!」
クルーは取り乱し、半狂乱になる。一瞬の隙が仇となり、背後から刺された事実を受け入れられずにブツブツと呟いている。
「死ね」
短剣を持っている手に力を入れて、更に深く刺そうとした。その瞬間、クルーの身体から魔力が噴き上がる。少年はその勢いに思わず後退った。
魔力が可視化できるほどの、濃密で苛烈な勢い。まるで烈火の如し魔力は空を赤く照らす。曇天と相まって、不気味さがより際立つ。
危機感を覚えた少年は、すぐにその場から去ろうとした。しかし、足場にしていたゴーレムが急に揺れ動く。
「な…なんだ!?」
ゴーレムを形作っていた金塊は不気味に脈打ち、妙に柔らかくなった。
クルーの方に目をやると、クルーの手が徐々に金に侵食されてゆく。それどころか、金がクルーの全身を覆い、大きな金塊となった。
「あいつ…!金を纏って何をする気だ!?」
下に逃げた少年は、脈打つ金塊を不安げに眺めていた。
金塊は、まるで心臓の様に胎動し、まるで生きているかの様だった。
金塊に取り込まれた今でもクルーの膨大な魔力は健在で、街中を覆い尽くすほどに湧き上がる。
「…っ!何があったの!?この化け物みたいな魔力は?」
ナレスが目覚め、状況に頭が追いつかず、頭を抱えていた。少年はそんなナレスに歩み寄り、今の状況を説明する。
「クルーは俺に追い詰められた途端に魔力を噴き出し、ゴーレムの金塊を纏い始めたんだ」
「アレがクルーだと言うの?」
「ああ。何が起こるかはわからないが、このままじゃまずそうだ」
「そうね…あっ!見て!金にヒビが入ってる!」
ナレスは金を指差す。金塊にヒビが走り、それが徐々に広がる。ヒビからは眩い光が漏れ出し、その光は街を照らす。
「金塊が…!割れた!」
金塊が割れ、中からクルーと思わしき人型の何かが現れる。それは、ずるりと落ちたと思ったら、すぐに体勢を立て直し、空中で静止する。
「何なんだ?まるで金と一体化した様な姿は」
少年は、その異質な光景に唖然として頭が回らない。見ている光景をそのまま言葉にするくらいしかできず、身体を動かすのも忘れてしまう。
『新しく生まれ変わった俺をどう思う。狼よ』
不意に少年の頭に言葉が流れ込んでくる。感情の感じられない平坦な言葉が、ただひたすらに少年の脳を揺する。
『見ろ。これが俺の力だ。神の如し力だ』
クルーが手を払うと、瓦礫の山が全て金と化した。黄金が波打ち、少年達を襲う。
「範囲が広すぎる!建物に逃げろ!」
少年はそう叫んで建物に逃げ込もうとする。ナレスも無事逃げられているか横目で確認すると、なんとナレスは波の前で剣を構えていた。
「何をやっている!逃げろ!」
「いやよ!ここで逃げたら街に被害が出る!」
波の進行方向には、沢山の建物がある。ただでさえ、今までの戦闘で崩れている建物が多い。これ以上街に被害が出ると、死人が増えるだけでなく、街そのものに甚大な被害が出る。ナレスはそれを危惧し、波を止めようと、剣に風を纏わせて思い切り振るう。
突風の様な斬撃が波とぶつかり合うが、質量の大きい金は動かせる事ができず、僅かに勢いが弱まっただけで金はまた全てを飲み込もうとする。
「危ねえ!!」
少年は空間を破壊して瞬間移動し、ナレスを助けようと手を伸ばす。ナレスを抱きしめ、空いた手で黄金の一部を破壊して猶予を作る。そして、間髪入れずに上空に瞬間移動をした。
身動きの取れない空中で、ナレスが風魔法を使って屋根に着地する。
「オイ!お前死にてえのか!?」
少年は必死な形相でナレスの胸ぐらを掴む。
ナレスは、悔しそうな表情で下唇を噛み締め、目に涙を溜める。
「だって…!私の命で多くの人が救えたらそれでいいじゃない!」
「救えて無いだろ!あのまま俺が助けなかったらお前は金塊になってたんだぞ!!」
「うっ…うぅ…」
ナレスは、自分の不甲斐なさと、多くの人を救えなかった事に涙を流す。泣き声を上げ、鼻を啜る音が辺りに響く。
少年はどこか気まずくなり、慌てて後ろを向いた。不意に視界に入ってくる黄金。家々は煌びやかな黄金の装飾品となり、道を歩く人々は、絶望感の溢れる表情で像となっていた。
少年はその光景を眺め、静かに踵を返した。蹲って肩を震わせるナレスの目にその光景が入らない様に立ちはだかり、ナレスの肩に手を置く。
「まだ、お前に立ち向かう気力はあるか?」
「……」
「俺は正直、この街がどうなってもいい。だが、アイツが持っている小瓶が欲しいんだ。それに、アイツが俺を煽ってるのも気に入らない。どうだ?俺と手を組まないか?」
「…っ!」
ナレスは、その魅力的な提案に、顔を上げて頷く。少年はそれを見て不敵な笑みを浮かべ、ナレスの手を取る。
「よし!アイツをボコボコにしてやろう!」
「ハイ!」
赤く腫らした瞼で笑みを作り、威勢よく返事をする。そして、黄金を撒き散らすクルーを睨みつける。少年とナレスは互いに一度目を合わせ、同時に地面を蹴ってクルーに向かっていった。
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