三十話 金の輝き
ポタリ、ポタリと雫の落ちる音が波紋の様にゆっくりと広がる。
「ぐ…ぐふっ」
少年は口から真っ赤な血液を零す。口の周りは血で赤く濡れ、肩が震える。
少年の前に居るラルラージの顔は抉れて、嫌悪感を覚える風貌となっている。
ラルラージとの一騎打ちで、少年はラルラージよりも速く正確にラルラージの頭部を見るも無惨な姿へと変えた。しかし、少年は今、明らかに瀕死の状態となっている。
少年がゆっくりと目線を下げると、右胸の辺りにコーヒーの様な色の棘が刺さっていた。
「これ…は…!?まさ…か!!」
少年がベンの方を見る。
ベンは頭に穴が空いており、絶命している様に見えた。しかし、あの状況でラルラージが魔法を使えるとも思えず、少年はベンが死の瀬戸際で魔法を行使し、自分を貫いたのだと考えた。
身体をゆっくりと動かし、前進する様に棘を抜く。そして、怒りの籠った目でベンを見下ろし、頭を完全に破壊した。
すると、少年を貫いていた棘は水となって崩れ、地面に広がった。
術者が死に、湿っぽくなった部屋で少年は、ベンのグチャグチャな死体を漁っていた。
少年はベンのポケットからコーヒーの入った小瓶を取り出し、おもむろに傷口に振りかけた。
「…ッ!」
染みるのを堪えて我慢をしていると、みるみるうちに傷口に皮膚が広がる。浅い傷は無くなり、深い傷も応急処置程度には回復した。
「ふーっ…」
一息ついた少年は、天井を見上げてふと思う。
(俺は何のために殺し合ってるんだ…?俺は何でこんなに血を欲しているんだ…?)
改めて考えると、少年は自分の行いがおかしく思えてきてしまった。あんなに血生臭いものを嬉しそうに飲み干し、そして死に物狂いで手に入れようとする。普通の人間では絶対にしないだろう。
しかし、少年はあの血を頭に思い浮かべて、無意識にトロンとした表情になる。それに気がつき、慌てて頬を叩く。
口端についた涎を手の甲でゴシゴシと拭い、立ち上がって部屋を出た。
暫く歩き回り、少年は他の部屋と一風変わった扉を見つけた。長い廊下の真正面に位置し、その廊下の左右には金色の甲冑が扉を守るかの様にズラリと並んでいた。
「ここだ…」
血の気配も、この扉の奥からしている。
少年は扉に手をかけ捻る。扉を押すと、見かけ以上に重たい扉がゆっくりと開く。
金色の壁紙に、金色の絨毯。テーブルもソファーも、何もかも金色な部屋が少年を出迎えた。
「よお。来たな、狼さんよぉ」
これまた金色に輝くバスタブから、路地裏で出会った男が水を滴らせてあがってくる。男は、金色のバスタオルで身体を拭きながら、鼻歌を歌っている。
「その腕はどうしたんだい?あぁ…ベンはやっぱりお人よしだな。今はもう居ないけど。ハハッ!」
男は少年の答えも聞かずに自分の中で完結させて話す。少年はその事に呆気に取られていると、男はタオルを放り投げて服を着始めた。
「あんま驚くなよ狼。おっと、俺の名前が知りたいって顔してるな!俺はこの世で一番の交易王!その名もクルー•クルーズだ。覚えとけよ!」
男は、白っぽい服の上にベージュのジャケットを羽織り、更にブラウンのロングコートを羽織った。どの服も、少なくともワンポイントは金色の装飾が施されており、高級感が漂っている。
「金は好きかい?金とは裕福の象徴たる色だ!ただ、金色は主張が激しくてあまり合う色味の服が無いんだ…まあそんな事はどうでも良い。君はこれが欲しいのだろう?」
クルーはコートの懐から小瓶を取り出した。
「ッ!!」
少年の身体は反射的に動き、その小瓶を奪おうとクルーを襲う。クルーは、踊りを舞うかの様にひらりと避ける。
「おっと、危ないじゃないか。確かに妬むのはわかるが、もっと落ち着こうじゃ無いか」
「チッ!鼻につく野郎だ」
少年は一旦引き、頭を落ち着かせる。
「わかってくれたか。そうかそうか。でもこれが欲しくてたまらない。そうだろ?でもダメだ。これをあげたら君は俺と戦ってくれなくなるだろう。それは非常に困る。とても困る。だから…俺から奪うがいい!」
「言われなくてもやってやるよ」
少年は大剣を抜き放ち、クルーに肉薄する。
「そうだ!来るがいい!俺の攻撃を掻い潜り、俺を切り裂くがいいぞ!」
クルーは手を思い切り広げ、魔力を放出する。すると、それに呼応する様に床が揺れ、ヒビが走る。
「何だ!?くっ!」
少年は大剣を床に突き刺して揺れに耐える。
床のヒビはどんどんと大きくなり、床を突き破って何かが現れた。
黄金の鎧を纏い、その巨大な身体は部屋に収まりきらずに上半身しか見えない。胸にある赤い魔石と、兜の隙間から覗く赤い瞳がギラリと光る。
「これこそが!俺の全てである!黄金でできたゴーレム!その名も、黄金帝•リシュドミナター!!」
名を呼ばれたゴーレムは、この階に入りきらない程巨大な腕を持ち上げ、拳を少年に向ける。
拳は壁の様に少年に迫り、少年は驚きのあまり迫り来る拳を呆然と眺めていた。
鈍い音が鳴り、少年が弾き飛ばされる。少年は何十枚もの壁を砕いてやっと止まった。
「見よ!この圧倒的な力を!財を!巨大さを!金とは力!金とは重さ!そうだ!そうなのだ!俺こそが頂点なのだ!」
クルーは興奮を抑えきれないという様子で、ゴーレムの上に乗って声を上げる。
ゴーレムは床や壁を壊しながら少年に近寄る。足を前に出すたびに地面が揺れ、床にヒビが入る。
「何もできないだろう?なあ狼よ!」
少年が埋まっているであろう瓦礫をゴーレムで退けて、少年を探し出す。瓦礫の中から現れたグッタリとした少年を掴み上げ、掲げる。
「フハハハハッ!!!!」
クルーが勝ち誇ったかの様に笑い声をあげる。
しかし、ピシリと鳴った音に気がつき、笑いを止めてそちらを見る。
「?」
少年がゴーレムの拳に握られているだけで、どこもおかしな所は無い。かなり小さい音だったので、幻聴かと思った矢先、ゴーレムの拳に小さな亀裂が入る。
「はぁ?」
亀裂は増えて広がり、拳が砕けてしまった。
「何だってぇぇぇぇ!!??」
クルーはまさかの事態と大切なゴーレムの拳が砕けた事に動揺して悲鳴の様な叫び声をあげる。
少年は地面に着地し、悪魔の様な笑みを浮かべてクルーを貫く様な視線で睨みつける。
「よくもやってくれたな。そういえば、お前の手下にもおんなじ様な事してやったっけなあ。お前も同じ様に殺してやるよ」
少年の地獄の底から響く様なドスの効いた声にクルーは震い上がり、明らかに動揺をして狼狽える仕草をする。
「よ、よくもやってくれたってのは俺の台詞だ!大事な大事な息子の拳をよくも砕いてくれたな!」
クルーは動揺を隠すかの様に激情し、ゴーレムを操る。
ゴーレムの砕けた拳が独りでに動き、破片から何まで集まって一つの塊を作る。その塊はゴーレムの腕にくっついて拳を形作る。
「治るなんて効いてねえぞ!」
「言ってないんだよ!間抜けが!」
クルーは先程の動揺が嘘だったかの様に意気揚々とゴーレムを操り、少年を持ってそのまま壁を殴って砕いた。そして、少年をぶん投げる。
少年は街の道に叩きつけられ、綺麗に整えられた石レンガの道が砕ける。
「痛ってえなぁ!!」
少年は仰向けの状態から手で身体を持ち上げて跳び上がるように立ち上がり、ゴーレムに立ち向かう。大剣を刀担ぎ、超低姿勢で這うように駆け抜ける。
「しぶといな。実にしぶとい。イラつくほどに!しぶといな!そろそろ、そろそろ死んだらどうだ!」
クルーはゴーレムを操り、大きく跳び上がって少年の前に躍り出る。ゴーレムは右手を掲げ、魔力を溜める。
「消え去れ!『ゴールドリーブル•バスター』!」
巨大な拳が、少年の手前の地面を穿つ。
「まずい!!」
魔力によって強化された拳は、衝撃波を発生させる。少年は咄嗟に大剣を自分の前に構え、盾のようにして衝撃から身を守る。しかし、少年はいとも容易く吹き飛ばされ、高く飛ばされてしまった。
「空中じゃ何もできまい!」
クルーは追撃をしにゴーレムを操って高く跳び上がり、少年を地面に叩きつける。少年は真っ逆さまに地面目掛けて落下する。そして続けさまに少年の落下地点に自由落下の速度を利用した両足蹴りを叩き込む。
「フハハハハ!神の器を殺したぞ!次はどこをやろうか?この街か?この世界か?フハハハハ!」
クルーは高らかに笑い声をあげ、ゴーレムを操って去ろうとする。
「待て!!」
その時、クルーを制止する声が街に響く。クルーはゴーレムを止め、後ろを振り返る。声の主はクルー目掛けて攻撃を繰り出す。細身の両手剣を横薙ぎにしてクルーの首を刎ねようとする。
クルーはちょうど振り返った瞬間で、避けられそうになかったが、咄嗟にしゃがんで攻撃を避け、お返しと言わんばかりにアッパーを放つ。しかし、ひらりと避けられ、バランスを崩しそうになる。
「おっとっと、突然危ないな。可憐な少女が何をするんだ」
少女は両手剣を真正面に構え、クルーを睨む。
「私はB級冒険者のナレス•デンルーナ!この街を脅かす貴様を排除しに来た!大人しくやられて貰おうかクルー•クルーズ!」
「死ぬとわかってて大人しくする馬鹿がどこにいるんだ!バーカ!」
クルーはそう返すと、ゴーレムを操ってナレスを潰そうと手のひらを叩きつける。ナレスはまたひらりと躱し、ゴーレムの腕に着地してその上を駆ける。
「切り捨て御免!」
ナレスは凄まじい気迫でクルーに肉薄し、両手剣を素早く振り抜く。逆袈裟の軌道を描いた両手剣だが、クルーには当たらずにその手前を通って行った。
「っ!?」
しかし、何故かクルーの胸がその軌道の通りに裂け、浅いがしっかりと傷が現れる。
クルーは驚愕の表情をナレスに向けるが、その剣を見て納得したような顔になる。
「そうか…お前が鎌鼬のナレス。剣に魔力を流し、魔法の刃を作り出してそのリーチを伸ばしている。小癪な真似をしやがって…!」
クルーは苛立ちを覚え、ナレスに殺意の孕んだ視線を向ける。ゴーレムを操り、ナレスを振り払う。
「ハァ、ハァ…よかろう。俺を怒らせた事を後悔するんだな。狼との真剣勝負を無茶苦茶にした性悪鼬に灸を据えてやろう」
ゴーレムはジャンプで屋敷に戻り、クルーの居た部屋辺りに手を突っ込む。手の周りが輝き、その次の瞬間、輝きはより一層強くなる。手をゆっくりと引き抜き現れたのは、黄金に輝く巨大な大剣だった。
「これが!金極聖剣ゴールドテラグラムだ!」
ゴーレムは金色の大剣を軽く振る。すると、その軌道上にあった屋敷の壁や床がいとも容易く切れてしまった。
「俺こそが正義!金とは生命の輝きなのだ!!」
クルーの声が、曇天に響き渡る。より一層、空が暗くなったように感じた。
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