三話 希望
少々遅くなりました。
少年は小屋を飛び出した後、スラムの中を走り回っていた。
(ミュアを幸せにしてやるって、どうやってだよ!スラムのガキじゃ何にも出来ねぇだろ!)
妹に幸せになってもらおうと口走ってしまった言葉に少年は後悔をしていた。
スラムで生活をする子供は、幼い頃から必死に争って生きている。生きる為に盗みを働く事が多いスラムの子供達に仕事を任せる事の出来る大人など、その大人が血迷っているならまだしも、普通なら居ないに等しいだろう。
少年は意味も無くスラムを走り、気がつけばスラムを抜けて河川敷に出ていた。
人が行き交う河原の道、船から荷を下ろす商人やそれを運ぶ荷馬車、それは少年の知らない新たな世界だった。
(す…凄い、こんな世界があったんだ…こんな広い世界なら…苦しまずに済むのか…?)
今までのスラムの荒んだ世界の窓が開いた。
少年の世界に新たな風が吹き込んで来た。
少年の頬に、斜陽が照りつける。
その暖かさに気がついた少年は、踵を返す。
名残惜しい気持ちを抑えて、少年はスラムに帰って行った。
(明日…明日誰かに声をかけよう…希望はある)
―――――――――――――――
早朝、少年はすやすやと眠るミュアを起こさないよう、静かに小屋を出る。
まだ微かにオレンジがかった朝日を浴び、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「運命は今日決まる」
少年は河川敷に向かって歩を進める。
一時間程歩き、家々の間から行き交う人々と煌めく水面が覗く。
少年の歩みは次第に速まり、駆け足で路地から飛び出す。
少年はスラムの外に目を輝かせ、枷から解かれたような解放的な気持ちになる。
少年は急にハッとしたような顔をし、周囲を見回し思案する。
(いけない、一瞬だけ今日の目的を忘れてしまった。丁度いいお人好しを探さないと)
少年は川沿いに歩き始めた。
『よし!その荷を運べ。ゆっくりだぞ!』
威勢の良い男の声。
『オイ!アレが無えじゃねぇか!』
部下に怒号を飛ばす男…
(クソ!男しかいねぇ。女の方がいいんだけどな…)
危険と隣り合わせな商業の仕事は殆どが男だ。
もし、女がいてもソレは変わり者か、何か理由があるかのどちらかだろう。
先頭に立って指示を飛ばすならまだしも、荷物なんて運ぶ筋力もない女は、あまり戦力にならない。
(もう少し探すか…)
少年は根気よく探すことにした。
しかし、どこまで行っても殆どが男で、女が居たとしても世話係くらいの者しか居なかった。
(やっぱ無理なのか…ん?)
少年が挫けそうになりながら歩いていると、足にコツンと何かが当たる。
(?輝く…石?)
足に当たったソレは、前にミュアにプレゼントした石によく似ていた。
ただ、光の色が違い、こちらは無垢な白色に輝いていた。
(凄い似てるな…何か価値がありそうだし、ミュアにまたあげよう)
少年はソレをポケットに入れて、ホクホク顔で歩いた。
〜二時間後〜
あれから二時間経ったが、未だに見つかっていない。
(ミュアは大丈夫かな…?)
日も高くなり、そろそろミュアの事が心配になったが、ミュアはずっと小屋に居るし、パンも置いてきたから大丈夫だろうと考えた少年は、諦めずに周囲を見回した。
(…!アレは!)
少年の目に留まったのは、何やら几帳面に書類に筆を走らせ、辺りに指示を飛ばす女性だった。
身長は栄養の足りていない少年と同じくらいで、平均的な女性よりも低い。
(アレはひ弱そうだし、いける!)
少年は口の端を上げ、その女性に近づく。
真っ直ぐ近づいてきた少年に女性は気がつき、少年と目が合う。
「君、どうしたの?」
女性は少年に声をかける。
少年は女性の元まで近づき、頭を下げた。
「俺を…働かせてください!」
少年がそう言うと、女性は困ったような顔をしながら思考している。
女性は少し考えた後、少年に声をかけた。
「頭を上げて…それで、働きたいって事だけど、この仕事がどんな事をするかわかってる?」
少年は顔を上げる。
少年の表情には不安感が張り付いており、もし断られたらという様な考えが脳裏をよぎる。
「わ…わかりません…だけど…だけど働かないと…働かないとダメなんです!」
少年は声を張り上げ、そう言う。
「ちょ、ちょっと声を抑えて」
女性は急に発せられた大声にびっくりし、辺りを見回しながら少年を注意する。
「働かないとダメってどう言う事?」
女性は少年に先程の事を問う。
少年は過去を振り返り、苦虫を潰した様な顔で声を振り絞る。
「俺は…妹と暮らしているんだ」
少年は淡々と話す。
「母は顔も見たことが無い。唯一居る父も、俺達を放置して酒を飲み、挙句の果てに殴ってくる。だから!今すぐにでも出ていかないといけないんだ!」
少年の訴えに、女性は真剣な顔で考える。
そんな女性を見ていると、女性の影から何かの影が現れる。
「わっ!」
「キャッ!」
背後から驚かされ、女性は小さな悲鳴を上げる。
「何してるの?リアちゃん」
背後から驚かしたのは、筋骨隆々な男性だった。
その男性は女性をリアと呼び、その大きな手をリアの頭に乗せている。
「ちょっと!びっくりしたじゃ無いですか!それに、頭に手を置かないでって何回言えば良いんですか!」
「すまんすまん、丁度いい高さだからな」
男性はヘラヘラしながら謝るが、リアは機嫌を悪くし、視線を俺に向けてきた。
「ごめんなさいね。この人はグラッド•マーチェルって言うの」
グラッドと紹介された男性は手を差し出してきた。
少年は困惑しながらも、手を差し出し返す。
少年を包み込むほどに大きな手には、沢山のタコが出来ていた。
「よろしく!」
「よろしく…お願いします…」
握手を終え、少年がその手を眺めていると、リアがが話をしだす。
「それでですね、この子がここで働きたいって言うんですよ。どうします?」
「そりゃ、働かせてやればいいじゃ無いか」
「でも…」
「ここから離れられないなら、当分は荷物運びでもさせればいい、お前だってこの街から出ずに仕事してるだろ?」
「それは…この街を拠点に荷を運んでいますからね。で•す•が!そう言うことじゃ無いんです!この子を拾ってしまったら、この子の面倒を見ないといけないんですよ!」
「そりゃ何でだ?」
グラッドが首を傾げる。
そんなグラッドに、リアが一から説明をする。
「この子の親は、この子とその妹を育児放棄し、あろうことか虐待をしてるんです!だからここに働きたいって来たんですよ!」
リアがそう言うと、グラッドは真剣な顔つきになる。
「そうか、そりゃ災難だな。だが、スラムじゃ日常茶飯事だ。昔そういう奴も働かせてただろ」
「そうです!みんなグラッドさんが受け入れるから、もう大変なんですよ!一から仕事を教え、教え終わったと思ったらまた新しい人が…コレで何人目ですか!」
リアの切実な説明に、グラッドは頭を掻いてはぐらかす様な表情で斜め上を見る。
「え〜っと、確か七人…」
「十七です!」
「あ〜、そうだった」
グラッドはそう言った後に、バツの悪そうな顔で両手を合わせて謝るような仕草をする。
「はあ〜呆れました。この子が最後ですよ」
リアのその声を聞いた少年は、少しの間ののち、表情を輝かせる。
「!!っいいんですか!?」
「おう!当たり前よ!」
少年はこの上無い興奮を覚える。
(コレで、コレでやっと離れられる!ミュアも幸せにしてやれる!やった!やった!)
少年は自然と溢れる涙も構わず、人生で一番の笑顔で喜びを表現した。
そんな少年を見たグラッドは、暗い顔になる。
(泣くほど喜ぶ…か、この子はパッと見十二くらいか?スラムだから十四、五くらいか、そんな子が泣くほど喜ぶってこたぁ、相当な苦痛を受けたんだな…)
そんなグラッドを見て、リアも深刻そうな表情を浮かべる。
(この人がこんなにも暗い顔をするなんて…気合い入れないと)
リアは両手に力をいれ、気合いを入れる。
「喜んでるとこ悪いんだが、早速仕事を覚えてもらう」
そう言ったグラッドは、声を張り上げて誰かを呼ぶ。
すると、一人の少女がパタパタと駆け寄ってくる。
「何ですかぁ?」
少女は息を上げながらのんびりした声を上げる。
「ああ、急なんだがな、コイツに仕事を教えてやってくれ」
「えぇ〜またですかぁ」
気だるそうな顔をした少女は、グラッドをひと睨みした後、少年の方を向く。
「どうも、新人さん。私は積み荷の確認係補佐兼、教育係のニル•ミールです!ニルって呼んでね!」
ニルと名乗った少女はくるりと一回転し、腰に左手を当て、右手を顔の前でピースしてポーズをとる。
「よ、よろしく…お願いします。ディースと言います」
少年は困惑しながら自らの名前を伝える。
「OK、ディースね!」
ニルはサムズアップをしながら人懐っこそうな笑顔で笑う。
(この人は優しそうだし、上手くやれそうだな)
少年は優しそうなニルに安堵し、胸を撫で下ろす。
「行こ!レッツゴー!」
そんな少年の手を掴み、ニルが無理矢理少年を連れてゆく。
「ちょっと!どこに行くんですか!?」
少年はいきなり引っ張られた事に驚き、どこに連れられて行くのかをニルに問う。
「〜♪」
しかし、届いてないのかわざとなのか、ニルは何も話さずに鼻歌を歌っている。
そんな二人を眺めながら、グラッドはリアに話しかける。
「スラムは思ったより悲惨だな」
「はい。ですが、私達ではどうにもできません。グラッドさん、あまり深入りしないでくださいね」
リアはグラッドに強く念を押す。
「ああ、わかってる。お前を危険な目に合わせる訳にはいかないからな」
「お願いしますよ」
二人は一つ目を合わせてから仕事に戻った。
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