二十七話 芸術の空間
舞台袖で光る赤い瞳がこちらを警戒する様にゆっくりと近づいてくる。近づくにつれ、舞台のライトでその姿が照らされていく。
赤く、堅牢な鱗を身に纏い、四つ足で地面を捉える。前足には翼があり、小指と薬指が皮膜の支えとなっている。
大きな顎門を開き、ギョロリとした瞳で少年を睨むその生物。
「飛竜のお出ましだ!」
その呼び声を合図に、ワイバーンは低く唸る様な咆哮をあげる。
少年はたじろぎながらも、先手必勝と言わんばかりに右手で大剣を振るう。しかし、ワイバーンは皮膜で攻撃を受け、弾き返してしまった。
「!?硬いっ」
「フフ…このワイバーンはただのワイバーンでは無い!皮膜を支える薬指が刃の様になっている、ブレードワイバーンだ!」
得意げにメデイアは言い放ち、ワイバーンを少年にけしかける。ワイバーンは少年に覆い被さる様に飛び込み、翼の刃で切り裂こうとする。
「クソッ!」
少年はワイバーンの足元に滑り込んで避け、振り返りながら大剣を振る。
大剣は遠心力をのせてワイバーンにぶつかるが、その堅牢な鱗を僅かに削ったのみで、弾かれてしまった。
「また面倒くさい相手だ」
「そう言うのなら両手を使えば良いのでは」
少年の悪態を、挑発する様に指摘するメデイア。少年は聞き流そうとするが、怒りがポツリと湧いてしまう。
「チッ」
少年は舌打ちをし、突貫をする。ワイバーンが首をもたげ、口腔に溜めた炎を吐き出す。
真っ直ぐ迫るそれを力の入らない左手で消し去り、大きく飛び上がってワイバーンの頭に大剣を振り下ろす。
鱗は突破出来なかったが、重い鉄を頭に振り下ろされた衝撃にワイバーンが怯む。
少年はその隙にワイバーンの胸に触れて破壊する。最初の頃よりも強くなった破壊の力は、ワイバーンの胸を大きく抉り、大量の血液が流れ落ちる。
「鱗が固けりゃ、壊せば良い!」
少年は、痛みに悶えるワイバーンに近づき、胸に短剣を突き立てる。
ワイバーンは心臓を貫かれた激痛に暴れ回り、辺りの物を壊してやがてグッタリと動かなくなった。
「ハァ、ハァ…手こずらせやがって。次はお前だ」
血濡れの短剣を引き抜き、メデイアに切先を向けてそう宣言する。対するメデイアはケタケタと肩を振るわせて笑い声をあげる。
「フハハハ!ワイバーンを倒せたから私も倒せると思ってるのかね!?では見せてやろう。私の芸術を!『快楽の館•アートミュージアム』」
メデイアは濃密な魔力を放ち、それがホール中に広がる。
空気中の魔力が飽和状態と化し、まるで芸術作品の様にも見える。渦を巻き、輝き、色形が目まぐるしく変化する。
「私の魔力が満ちたこのホール内では、私は無敵に等しい。貴方の悪夢はどんなアートかね?」
「俺の悪夢か?そんなもんもう慣れた。来いよ」
二人の闘志が激しくぶつかり合う。戦いの幕は開かれた。
「導きなさい『青の素面』」
メデイアがそう唱えると、青い魔力の線がメデイアの背後から無数に伸び、少年を襲う。
「こんなもん屁でもねぇ!」
少年は魔力の線を破壊しようと手を伸ばすが、違和感を感じ、素直に避ける事を選んだ。
それでも青い魔力の線は身体をくねらせる様に少年を追いかける。
少年は避けながらも手を伸ばして破壊の力を使おうとするが、その度に手を引っ込めて攻撃を避ける。
「クソが!破壊できねぇ!」
何故か破壊の力を使えないことに苛立ちを覚え、口を荒げる。
メデイアはそんな少年を眺めながら、さも余裕そうに口端をあげる。
「魔法が使えないだろう。この飽和した魔力の中では、他の魔力が入れる余地は無い!さぁ。大人しく殺されたまえ!『黒の線画』」
青の魔力の線が黒く、太くなる。
それに伴って速度と威力が上がり、魔力の線が通った部分がパックリと割れてしまった。
「ホラホラ!どうしたのかね?追いつかれてしまうぞ!」
メデイアが囃し立て、それに応えるかの様に魔力の線の勢いも激しくなっていく。
少年は必死に攻撃を避けながら、打開策を探す。
(この魔力に満ちた空間じゃ、破壊するための魔力も流せない。かと言って、肉弾戦をしようにも攻撃が激しすぎて近寄る隙がねえ)
少年は深く思案していた。しかし、それが仇となったのか、攻撃を避けた先の観客席に躓き、体勢が大きく崩れてしまった。
「ここです!」
メデイアが操る魔力の線は、少年の四肢を貫き、身動きを取れない様に巻きついた。
「ん〜。最高の画材を使わなければな。失礼に値する」
メデイアは服に縫い付けられた胸ポケットから筆を取り出し、空中で絵の具をつける様な素ぶりをする。すると、少年の四肢の傷口から血が噴き出てくる。
メデイアが空中で筆を動かすと、その通りに血液が動き、少年の身体を徐々に赤く染めてゆく。
「さぁ。染めあげなさい。『赤の染色』」
少年の身体にベッタリと付着した血液は徐々に膨張し、まるで、女性の像の様な形に変わる。女性の像と言っても、美しい女性ではなく、釣鐘型の上に女性の頭部が乗っかっている姿をしている。
「これは!」
「そうです!怯えなさい!搾り取れ!『鉄の処女』」
女性の像はその身体を開き、身の毛もよだつ棘の群れが姿を現す。
少年はやられまいと足掻くが、魔力の線がガッチリと少年を捕らえて離さない。少年はゆっくりと棘の群れの中に入れられる。最後に見えた少年の表情は、酷く焦っている様に見えた。
「フィナーレだ」
鉄の処女の扉が音を立てて勢いよく閉まる。それと同時に、鉄の処女の隙間から血が滴る湧き水の様に溢れ出す。
メデイアはそれを眺めながら恍惚とした表情を浮かべ、更に魔力で万年筆を作り、追撃を加えた。
「美しい…これこそが芸術…」
わざとらしく髪をかきあげ、立ち去ろうとするメデイアだったが、背後から鳴る音に足を止めた。
ミシミシと聞こえる方向を向くが、そこには先程少年を閉じ込めたアイアンメイデンしか無かった。
メデイアは訝しげに鉄の処女を凝視するが、どこもおかしな所は無く、気のせいかと踵を返そうとした瞬間、先程と同じ様な音が響いた。
ハッとして顔を上げた途端、顔から血の気が引いてゆく。ガッチリと閉めた筈の鉄の処女に、一筋のヒビが入っていたのだ。そのヒビをきっかけに、幾つもの筋が走る。
「まずい。まずいですよ!あり得ない事が起こっている!?」
やがて鉄の処女中にヒビが入り、大きな音を立てて砕け散ってしまった。
中から血だらけの少年が現れ、そのギラリと光る双眸がメデイアを睨む。
「嘘です!魔法は使えない筈です!」
メデイアの悲鳴にも似た叫び声が虚しく響く。少年はその問いに答えた。
「飽和した魔力を使えば必然的に減ってゆく。その僅かにできた隙間で魔力を破壊しただけだ」
メデイアは考えの隅に置いていたものと同じ答えが帰ってきた事にに絶句する。頭の中ではわかっていたが、そんな事が起きた事が無かった為、考える必要は無いと思っていたのだ。
「じゃ…じゃあ、あの大量の血液はなんだ?あんな量の出血で無事な筈がありません!」
「あれは俺の血じゃねえ。いや、俺の血を固めたものを俺が破壊しただけだ」
少年は勝ち誇ったかの様にメデイアを言葉で追い詰める。
今まで大きな失敗をしたことが無かったメデイアは、酷く動揺して頭が真っ白になる。
「嘘だ嘘だ嘘だ!私は美しくなければいけないのです!呑まれなさい!『荒磯の波蛇』」
メデイアはヒステリックに喚いた挙句、八つ当たりをするように少年に向かって魔法を放つ。
荒磯に打ち付ける様な荒波が、蛇の様な形になって少年を襲う。
少年が波に背を向けたと思えば、壁に向かって走り出した。壁が近づいてくるにつれ、少年の速度は上がってゆく。あと少しで壁にぶつかってしまうかと思いきや、壁を蹴って見事なバク宙を披露した。
後ろに迫っていた波は対象を失い、壁にぶつかって白波を立てながら反転し、前からきた波とぶつかり合って勢いを落としていった。
少年はしっかりと着地し、大剣を右手に担いでメデイアに迫る。
「来るな!来るなーっ!」
メデイアは魔法で万年筆を作り出し、がむしゃらに放ちまくる。万年筆の大群は少年を捉えて直進する。少年はそれらを跳んで避け、同時にメデイアにガラスの瓶を投げつける。
「!?」
メデイアは目の前にある瓶に目を奪われる。次の瞬間、ガラスの瓶は砕け、破片がメデイアを襲う。
メデイアは鋭い痛みに怯み、攻撃の手が止まる。その隙に、少年はメデイアの懐に入り、大剣を握る手に力を込める。
「今のお前は醜い」
少年はそれだけ呟き、思い切り大剣を振り下ろした。
大剣はメデイアを袈裟斬りにし、ステージに深々と刺さった。
メデイアの上半身がずるりと落下し、それを追いかける様に下半身も倒れた。
「勉強になった」
少年はメデイアの遺体を一瞥し、ホールの出口へと歩みを進めた。路地裏で出会った男とはまだ出会っていない。恐らく、少年はこの後も強敵と戦うことになるだろう。
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