二十六話 最高のショー
休憩の後、疲労で重怠い身体に鞭打って立ち上がり、鍛錬を再開する。
「今からジョギングを始める!何をするにしても持久力は必要不可欠。たとえ技術や怪力があれど、バテてしまっては意味が無い!」
そうやって始まったジョギングだが、勿論生半可なものでは無かった。
まず、霧の森を東に進んで海岸に出る。海岸線を南下し、霧の森をグルリと回る。
砂と岩でできた足場の悪い海岸、木々の根がうねる視界の悪い森、そして森の北側にある傾斜のキツい山がある。それらを全て回り、元の城の前へと帰ってくるルート。四十キロメートルは軽くある。
今藤也達が居るのは、最後の難所となる北の山。
これまでの道のりや鍛錬の疲れが溜まり、全身の激痛に加えて肺まで痛んでいる。
前を行く霊華は軽く息をあげる程度で、まだまだ余裕がありそうだ。それとは対照的に、藤也は石に躓き倒れてしまい、地べたに寝転がる。
「ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」
不規則で浅い呼吸をする藤也の目は充血しており、明らかに運動のしすぎで身体に支障をきたしている。
「大丈夫か!?」
藤也の霞んだ視界の向こうから霊華が駆け寄ってくる。
返事をしようと口を開くが、乾いた喉が張り付いて呼吸すらままならない。
「まずい…やりすぎた」
自分を責める様な表情をする霊華。しかし藤也はそれどころでは無く、白目を剥いて泡を吐いている。
「起きろ!」
持ってきた水筒の中身を藤也にかけ、無理矢理意識を覚醒させる。
「コレを飲んで喉を潤せ」
残った水を飲ませてやるが、過呼吸のせいで気管に入り、咳き込んでしまう。
どうにか呼吸を落ち着かせ、暫しの休憩を取らせる。
「まずったな…ヤバかったら言ってくれると思ったんだが…遠慮なのか知らないが、言わなかった藤也に甘えてしまったな…」
反省し、肩を落とす霊華。それを横目に藤也は木陰で涼み、ボーッとする頭で取り留めも無く考える。
(こんな事でへばってちゃダメだな…頑張らないと…)
木の葉を揺らして爽やかな風が吹き抜ける。
十五分程経っただろうか。霊華は藤也の前に立ち、申し訳無さそうな表情で頭を下げる。
「まず、最初に謝らせて欲しい。君が何も言わないのをいい事に無理をさせてしまった。すまない」
「いえ!もう大丈夫ですから!早く強くならないといけないし、こんぐらいでへばってたらこの先やっていけませんよ」
「やはりいい子だな。君は根性があるが、無理なら言ってくれ。耐えられないなら言ってくれ。でないと君を殺してしまう」
「全然大丈夫ですから!顔を上げてください」
「許してくれるのか?」
「当たり前ですよ!この後も修行をつけて貰うんですから」
「ありがとう。本当にありがとう」
「この事は終わりです!さあ、次は何をするんですか」
藤也は鍛錬を続けようと立ち上がる。しかし、疲労の溜まった足は思う様に力が入らず転んでしまった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫です。俺ってば情け無いですよね…」
「そんな事は無い!」
「ハハ…今日は歩けそうにありません…」
「そうか…でも、お前はどうしても鍛錬をしたいんだな?」
「ハイ!」
霊華は暫しの間考えこみ、結論に至ったようでコクリと頷き藤也を見据える。
「鍛錬とは、何も身体を使う事ばかりではない。自分の見えない場所の気配を掴む為に、瞑想をする」
「はい!」
「そうだな…そこの大きな岩の上で座ってやろう」
霊華が指差した先には、苔むした大きな岩が鎮座していた。その岩の隣には一回り程小さな岩があり、まるで親子の様にも見える。
霊華は大きな方に登り、藤也は小さな方に登る。
力が入らなかったので、霊華が肩を貸してやり、無事登る事ができた。
「さぁ、楽な体勢で座れ。目を閉じ、身体の力を抜いて辺りの音や匂い、風を感じるんだ」
静かに、淡々と霊華が説明する。
藤也は胡座で座り、両手を左右の膝に乗せて力を抜く。風が吹き、木の葉を揺らす。一生懸命先程まで見た景色を頭に思い浮かべ、それを音と重なる様に頭の中で動かしてゆく。
「頭の中でゆっくりと整理しろ。常に状況は変わる」
草が右へ左へなびき、木の葉がひらりと舞い落ちる。
(集中…集中…)
そうやって集中していると、時間の経過を忘れてしまう。
「ほら、眼を開けろ」
霊華の声で眼を開けると、辺りはすっかり茜に染まり、東の空が紫を帯びていた。
「もうこんな時間!すいません。没頭しすぎて…」
「そうだな。良い集中力だ。さ、帰って夕食にしよう。足は大丈夫か?」
藤也は立ち上がり、足の調子を確かめる。
「はい!大丈夫です。ちょっと重いですけど、帰る分には大丈夫です!」
さぁ、帰ろうとした時、きゅるる。と可愛い音が霊華の腹から聞こえてきた。
霊華は少し頬を赤くし、それを隠す様に俯く。
「今日はいっぱい食べようか。お昼も抜いたしな」
「手伝いますよ」
「ありがとう」
二人の影がその背丈を伸ばしていった。
―――――――――――――――――
少年が、大きな建物を見上げる。
柱や壁は煌びやかに装飾され、高級感溢れる大理石の石畳が入り口へと案内する。
門の左右に立つ見張りが少年を一瞥し、また正面を向く。
(話は済んでるってわけか)
開け放たれている扉をくぐれば、豪華絢爛の内装が目に飛び込んできた。金色で縁取られたレッドカーペットや、明らかに歴史のありそうな絵画が飾られている。
カーペットの道に沿って進むと、重厚な扉と左右に分かれる通路がある。
(ここか?)
少年は少し緊張しながらドアノブに手をかける。
グッと力を入れると、ゆっくりと扉が開き、広いコンサートホールが少年を迎える。
ホールの奥にはステージがあり、華奢な男が立っていた。
少年が訝しみながらもホールを突っ切ってステージの下に行く。
すると、少年に気がついたその男が少年を手招きする。
少年はそれに従ってステージに登る。ステージからホール全体を見渡すと、座席に沢山の観客が座っている。観客の視線が少年に集まる。
少年が内心戸惑っていると、華奢な男が両手を広げてお辞儀をしながら観客に向かって言い放つ。
「レディース&ジェントルマン!ようこそ我が舞台へ。今日は素晴らしい一日になる事をここに誓おう!」
男は大袈裟に身体を動かしてアピールをしながら台詞を紡ぐ。
「私、メデイア•ラズベリーと、この醜い少年が魅せるのは、芸術的なショー!さぁ、始めようか」
メデイアはそう言いながら両手に力を込め、手を勢いよく広げる。
すると、カシャンという金属音と共に、観客の一人が身体から出てきた刃に貫かれる。
そして、それを皮切りに観客達が悲鳴をあげる間も無く次々と貫かれてゆく。
その光景はまるで刃の生花の様にも見えた。
メデイアは貫かれた肉塊の元に行き、刃から滴る血を舐める。
「ふぅん。良い作品だ。流石貴族の生娘、死してもなおその高貴さが伺える」
一つ一つ、美術館にある作品を眺めるかの様に死体を見て周る。
その様を見ていた少年は、メデイアの狂気さに感心をしていた。
(人はあれ程狂えるのか…)
少年が血に塗れたホールを眺めていると、満足したのかメデイアがステージに戻ってきた。
「どうだい?私のサプライズは」
「なかなか良い作品だったよ」
「そうか!喜んでくれたか!それでなんだが…君も作品作りを手伝ってくれないか?」
メデイアはそう言うと、少年の左腕を掴んで露出させる。
少年の歪な腕を見たメデイアは、嬉しそうな表情でそれを見つめる。
「やめろ!」
「おっと、すまない。美しい腕をしていたからつい、見惚れてしまったようだ。ふむふむ。成る程?これは良い作品が出来そうだ」
メデイアはニヤリと怪しい笑みを浮かべる。
少年はそんなメデイアを訝しげに見るが、当の本人は気にせずに新たな作品を考える事に没頭していた。
「これをこうしてこうすれば…うん。素晴らしいぞ!」
メデイアは唐突にそう叫び、懐からボタンを取り出して押した。すると、舞台裏から何かの足音が響く。音から推定するに、かなりの大きさだろう。
舞台袖の暗闇で赤い瞳がギラリと少年を睨んだ。
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