二十五話 刀を持つ覚悟
霧の影響か、朝から雲が空を覆っている。薄暗い城の中をぼんやりとした頭で歩く。
昨日、三人で食卓を囲んだ食堂へ向かう。
「霊華さん…?」
ひっそりとした食堂からは返事は返ってこず、声が沈む様に消えていった。藤也は虚しい気持ちになりながらも、霊華を探しに城中を彷徨った。しかし、城のどこにも霊華はおらず、藤也は城を出て外を探す事にした。
城の扉を開けると、ヒヤリとした心地の良い空気が肌を撫でて通り過ぎた。
外は相も変わらず霧がかっており何かが隠れている様な未知なる森が城を囲っている。
「霊華さーん!」
試しに大きな声を出して霊華を呼んでみるが返答はない。
藤也が少し不安になっていると、やっと人の足音が近づいてきた。
「呼んだかい?」
霧の中から現れた霊華の肩には中型犬程の大きさのイノシシの様な動物を結んだ棒が担がれていた。
「ちょっと食糧調達に出ててな。若いイノシシがいたから仕留めてきたんだ」
霊華がイノシシを横目に見ながらそう言う。
イノシシの首には深い切り傷がついており、恐らくそれが致命傷となったのだろう。
「血抜きもしてあるから、後は解体を手伝ってくれ」
霊華はそう言うと、城の横の炊事場に向かった。
炊事場の軒先にイノシシを吊るし、おもむろにナイフを刺す。
ナイフは何の抵抗も無くイノシシの腹を切り裂いていき、赤く血に濡れた内臓が露わになる。
「ウッ…」
「ハハハ、こういうのは初めてだよな。だけどな、肉を頂く者として、大切な事だから少しは知ってておいてくれ」
嗚咽する藤也に優しい声色でそう諭す霊華。
そう言っている間にもナイフを動かす手はスイスイと動いていき、あっという間に内臓と皮が処理された枝肉が出来上がった。
霊華はイノシシの枝肉を持ってどこかへ向かう。
「コレは朝ごはんには出さないから、冷蔵室に持って行こう」
「冷蔵室?」
「ああ、この城の地下に冷蔵室を作ったんだ。冬の間に沢山雪が降るからそれを貯めて空間を冷やしてるんだ」
「へぇー。魔法とかじゃ出来ないんですか?」
「出来ない事は無いけど一から氷を作るのは面倒なんだよ。最初からある氷を魔法で維持して使った方が遥かに楽なんだよね」
「成る程。勉強になります」
「生活の知恵だね」
雑談をしているうちに、冷蔵室に着いた。
分厚い扉がゆっくりと開き、凍てつく様な空気が肌を突き刺す。
「寒っ!?」
「そりゃそうだ」
平然と部屋に入る霊華。
部屋の中には生の肉や野菜、飲料の入った瓶などが山ほど保管されていた。
霊華はイノシシの枝肉を冷蔵室に吊り下げた後、おもむろに霜の降りたベーコンの塊を掴む。
「今日の朝食はポトフとベーコンエッグだ。その後は鍛錬をするからしっかり食べろよ」
「はい!」
二人は朝食に使う材料を取り出し、冷蔵室を後にした。
たっぷりの朝食を食べて十分に腹を満たし、鍛錬に向けてしっかりと備える。
「さて、まず初めに君の実力を見せてもらおう。なに、あの侍を倒した程度で勝ち誇った気になってる訳では無いだろう?」
「ッ!?アレは霊華さんの仕業だったんですか」
「すまんがアレくらいでやられる奴ならさっさと切り捨てていた。いいだろ?俺にも選択の余地はある」
「そうですね。じゃあ、俺の実力を見せてあげますよ」
「生意気な野郎だ」
二人は城の前で向かい合って立つ。
霊華が腰に差した刀を抜く。刀身は木でできた木刀で、鞘まで巧妙に作られている。
「どうした?抜かないのか」
藤也は微動だにせず、棒立ちで俯いている。
「えっと…俺の刀は真剣ですよ…危ないですよ。俺も木刀を使います」
もじもじしながら言う藤也に、霊華は無表情になる。
「お前程度が俺を殺せるとでも?来い。全力でな!」
霊華は木刀を両手で握り、切先を後ろに流す様にして下段に構える。
そのまま二人はピクリとも動かず、静止する。
(居合いは受けの技。だから動いてくれないと何も発展しない。霊華さんの構えは恐らく攻めが得意な構えだ。いずれ来る攻撃に集中しろ)
藤也は心の中で自分に言い聞かせる。
いずれ来る攻撃に対して集中するが、それから数分間、どちらも動かず、緊迫した時間だけが只々流れてゆく。
藤也の集中力も無くなってきており、中腰の姿勢のせいで腰が痛む。
(これ以上は集中力が切れて俺が不利になる。一か八かだ!)
藤也は作戦を変え、攻める為に足に力を入れて地面を蹴る。
(あの構えだと左半身が疎かになる。だから攻撃を避けてそこを突く!)
藤也は瞬時に霊華に肉薄する。藤也の読み通り霊華は逆袈裟を放ち、藤也はそれを避けて潜り込む。
(もらった!)
藤也は勝ちを確信し、刀を抜き放つ。
しかし、切ってしまってはいけないと寸止めをしようとしたのがまずかった。
霊華は刀の進行方向に対して避ける様に後退しながら半回転し、突きを放った。
「イデッ!」
突きは藤也の額に吸い込まれ、間抜けな悲鳴が響く。
額を抑える藤也を横目に、霊華は綺麗な所作で刃を鞘に納める。
「手合わせだからと言って手加減や寸止めはするな。俺は格上だぞ?殺す気で来ないとお前が死ぬ」
霊華が冷たい眼差しで藤也を見下ろす。
迫力のある声と真剣な眼差しに、藤也の背筋が無意識にピンと伸びた。
「刀とは、命を刈り取る道具だ。それを持つのなら、覚悟と信念を持て」
霊華はそう言いながら木刀を突きつける。
表情は先程とは違い笑顔で、見た人が元気になるような明るさを放っている。
「俺は…正直この手で人を殺めたくは無いです。でも、刀の所為で身体が勝手に動いて…肉を断ち、命が抜ける感触が手に伝わってくるんです!俺は…俺はどうしたら」
「なら、尚更強くなるんだ。刀に動かされない様に、筋力と精神力を身につけて、その刀無しでも世界を守れる様にするんだ」
「霊華…さん」
「やるのか。やらないのか。決めるのはお前自身だ」
「俺…命を無闇に取りたく無い!強くなりたい!強くなって…大切な人を守りたい!」
「よく言った!立て!勇者!」
藤也は立ち上がり、希望に満ちた瞳で霊華を見据える。
霊華は自分が持っていた木刀を納刀し、藤也に突き出す。
「暫くその刀は禁止だ。操られるんだろ?それじゃいつまで経っても技が身につかない」
「ハイ!」
藤也は元気よく返事をすると、刀を城の壁に立てかける。そして、霊華の持っている木刀の一つを腰に差した。
「さぁ、お前の本当の実力を見せてくれよ?」
「頑張ります!」
二人は改めて向き合い、互いに構えをとる。
霊華は刀を顔の前で横にする構え方を。藤也は刀を中段で真正面に構える構え方をとった。
「行きます!」
「来い!」
藤也は宣言して走り出す。
勇者の刀を持っていた時とは違い、速さは普通の高校生と変わらないくらいだった。しかし、その一歩一歩に籠った信念は、並の者とは違い、格別に強いものだった。
「はあぁぁっ!」
藤也は掛け声と共に唐竹に刀を振るう。
しかし、その攻撃は意図も容易く逸らされ、勢いを止められずに体制を崩してしまう。
当然その隙を逃すはずも無く、その刹那に木刀は藤也の腹から胸にかけてを斜めに切り裂いた。
「痛っ!」
藤也は強烈な一撃に悶え苦しみ、地面を転がりまわる。
藤也は痛みが引かないうちに浅く呼吸をしながら木刀を支えにして立ち上がる。
涙目ではあるが、どこかスッキリとした顔立ちになっていた。
「一先ず、お前の現状がわかった。度胸は評価してやる。だが、無謀な攻撃はするな。あと相手をしっかりと見て攻撃をしろ」
「ハイ!」
「俺はさっきの試合、お前の攻撃を受け流す構えをしていた。柳の構えとか言うやつかな。まあ、刀に振り回されてる様じゃ話にならない。今から筋トレだ!」
「ラジャー!」
「よし!いい返事だ!最初は腕立て二十回!」
藤也は言われた通りに腕立て伏せを二十回行った。
日頃から運動はあまりしなかったので疲れたが、それでも行えない事は無かった。
「ハァ、ハァ。霊華さん。こんな簡単で良いんですか?」
「フフフ…お前はまだまだ甘い!連続で腕立て伏せをするよりも、数十回を何セットもやる方が効果的なのだー!」
一分程度休んだ後すぐにまた腕立て伏せを始め、合計五セット行った。
「ヒィー…ヒィー…腕が…プルプルしてる」
「はっはっはっ!腕が笑ってるぞ。大爆笑だ!」
そして、その後も腹筋やスクワット、背筋などを満遍なく行い、やっと太陽が空高く登り始めた。
「よし、休憩だ。大体今は九時十時くらいだから、休憩の後はお昼までぶっ続けだ!」
「し…死ぬ…」
藤也は全身の筋肉が痙攣して動けず、その休憩の時間はずっと地面に倒れていた。
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