二十四話 女神の笑顔
彼女は、自信満々な表情で二人の前に立つ。
自分はここだ。自分は立派だ。と言わんばかりに仁王立ちし、真っ直ぐと藤也の目を見据える。
「俺の名は霊華。よろしく」
「よ、よろしく…お願い…します」
藤也の声が尻すぼみになる。彼女を見ていると、自分がもっとちっぽけな存在に思えてくる。
それと、藤也はある事に引っ掛かっていた。
「…霊華さん。一人称って…」
「俺だ。やっぱ違和感あるよな」
一人称の事を聞いた途端、霊華の表情が僅かに曇る。
その事に気がついた藤也は、霊華のつま先を見ながら「ごめん」と謝った。
「いや、いいんだ。ただ、訳はまだ言えない」
霊華はそう言いながら少し目線を空へと向けた。
二人の間に気まずい空気が流れる。重い、重い空気がのしかかった様な気がする。
「ねぇ。おにーちゃん」
その空気を、アンが掻き消した。
そして、アンが放った一言に、藤也は耳を疑った。
アンは後ろで手を組みながら霊華の元へ近く。
霊華はアンを見つめるが、その眼はどこか懐かしさを感じているような気がした。
「おかえり。アン」
名前を呼ばれたアンは、パッと花が咲いた様な笑顔を浮かべる。
「ただいま。言われた通りにしたよ」
「よし。偉いぞ」
霊華はアンの頭を優しく撫でながらそう褒めた。
藤也は、目の前の光景を混乱した頭で只々眺めていた。
その事に気がついた霊華は、申し訳なさそうな表情になる。
「俺とアンは旧知の仲なんだ。騙して悪かった。だが、こうまでしないと、経験の無い君はあっという間にくたばってただろう。許してくれ」
「そう…だったんですか」
頭の中で整理が追いつかない藤也は、ゆっくり、ゆっくりと思考を巡らせて一つずつ理解をしていった。
「ありがとうございます。何も知らないガキの俺を守ってくれて」
「いや、むしろ感謝をするのはこっちだ。また楽しそうな事が始まるんだからな」
さあ、仲直りだ。とでも言うかの様に手を差し出す霊華に、藤也もそれに応える。
がっしりと握った霊華の手は、見た目とは違って少し硬かった。
「アンはな、六百年くらい前に、俺を助けてくれた人の孫なんだ。その人はつい最近…つっても三十年くらい前に寿命でポックリ逝ったんだがな。それで、アンにお前を守って欲しいと伝えたんだ。俺もずっと気にかけていてな。何せ…いや、なんでも無い」
何かを言いかけた事が気になったが、取り敢えず流した。
「えっと、それで俺は何をすれば良いんですかね?」
「あ?何をって何?」
「あぁっ…あの、教会の人にここで修行をつけて貰いなさいって…」
「ああ!成る程。OK、ひとまず今日は何もしない。部屋をひとつ貸すからそこで休んでくれ」
付いてこいと手を振り、城へと足を向ける。
藤也はその後ろを歩く。前を歩く霊華を眺めながらふと思う。
(俺より背が低くて、俺と同じ位の見た目なのに凄く大人に見えるな…これで六百年も生きて…六百年!?)
「あの!霊華さんって、本当に六百年も生きてるんですか!?」
「おー。そうだよ。びっくりだよねー」
何とも無しに言う霊華とは真逆に、藤也はスケールのデカさに唖然としている。
「段差気をつけろよ」
霊華が階段を登りながら後ろを歩く藤也に言う。
ぼーっとしていた藤也はハッとして顔を上げる。城の木製の扉が軋む音を立ててゆっくりとその顎門を開く。
「お邪魔します」
そう呟きながら城の入り口をくぐる。
城の中は天井が広くなっており、上からはシャンデリアが吊るされている。そのおかげで城内部は暖かな光で満たされていた。
「ここは玄関みたいな場所だな。んで、正面の階段登った先に色んな部屋がある。お前の部屋はその右の奥から四つの部屋だ」
そう言いながら2階を指差す。正面の階段は途中の踊り場で二手に分かれており、左右に通路がある。
霊華の指差した部屋のドアノブに手をかけ、扉を開く。
「すっげぇ!」
扉の先はかなりの広さの部屋が広がっており、大きなベッドとテーブル、クローゼットの様な収納があった。
「こんな広い所…良いんですか?」
「良いって。何せ俺一人でこの馬鹿でかい城に住んでるんだ。部屋もあまり余ってる。どんどん使ってくれ」
無邪気な笑顔を浮かべる霊華に、藤也は見惚れる。そんな藤也の背中をアンが思い切り引っ叩く。
「痛ったぁ!」
背中を抑えながらアンの方を見るが、そっぽを向いてしまう。
「ハハハッ!嫉妬かぁ?」
二人を見て高笑いする霊華。
藤也は困惑し、アンの顔を見ようとするが、アンは見えない様に後ろを向いてしまう。
だが、辛うじて見えた耳が真っ赤な事に気づき、藤也の耳まで赤くなってしまった。
「お熱いねぇ」
「「そんなんじゃ無い!!」」
二人の声がハモった。
その日の夕食、藤也とアンの二人は顔を合わせるのが恥ずかしいらしく、食卓では霊華の声だけが聞こえる。
「いやぁ。ろくなご飯出てこなくてごめんね。ここらじゃろくな調味料も無いし、そもそも料理あんまやんないからさぁ」
霊華は自虐じみた事を言いながら自分の作ったものを食べる。
一口食べは喋り、また喋り。
返答が無くても喋る霊華は、どこか滑稽に見えた。
「全く、ハーブやらスパイスだけじゃ無くて醤油だとか味噌だとかも無いのかねぇ」
その単語を聞いた瞬間、藤也の手が止まる。呼吸も僅かに速くなっている。
そして、希望を見つけたかの様な表情で顔を上げた。
「霊華さん!霊華さんって、もしかして地球の人ですか…!?」
藤也がそう言うと、霊華はキョトンとした様な表情で藤也を見る。
「え?そうだけど。知らんかったの?」
「え?聞いてませんけど」
霊華はあちゃーっと言った感じに自分の額を叩く。
「教会の人達言ってなかったのか」
「はい。俺が聞かされたのは女神の伝説だけです」
「ほーん。なるほどね。了解理解」
「霊華さんっていつ飛ばされたんですか?」
「確か…」
霊華は昔の事を思い出そうと頭を捻る。
暫し唸った後、思い出したのか「あっ!」と声を漏らす。
「あれは2020年の春だったな。いやー、刺されちゃってさ」
「え!?二年前なんですか!俺は2022年の秋でした。気がついたら召喚されてて」
「ふーん。俺は転生だったから姿形変わってたな」
「そうなんですね。刺されて転生か………!?ちょっと待ってください!刺されたってどう言う事ですか!?」
聞き慣れない衝撃な単語について藤也が慌てて問い詰める。
霊華は、昔のヤンチャだった頃の武勇伝を自慢するおじさんの様に話す。
「俺昔っから喧嘩早くてさ。逆恨みでブッ刺されたんだよ。ニュースとかやってたか?路地でブッ刺されたみたいな。」
「ニュースまではわかりませんよ。週に一回はそう言うニュース聞きますもん」
「そりゃそっか。まぁ、そう言う事なんだが、随分と近いんだな。飛ばされた年が」
「そうですね。異世界じゃ六百年経っているのに地球じゃ二年ですよ。だいぶ差がありますね」
「だな。大体こっちの一年があっちの一日中くらいか?」
「そんくらいですかね?あ、アン…ごめん」
二人だけでずっと話している事に不満を持ったのか、アンが拗ねている。
その事に気がついた藤也がアンの機嫌を伺う。
そんな藤也をチラリと見たアンは口を尖らせ、嫌味を垂らす。
「ふーんだ!良いですよっ!私は仲間ハズレですよーっだ!」
「ごめんってぇー!」
その日、霧の森の中にひっそりと佇む城から初めて賑やかな声が聞こえた。
城主の霊華は、久しぶりの人との会話を心底楽しんだ。他愛も無い話しに現を抜かし、日が暮れ、夜が深まるまで城の明かりが灯っていた。
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