二十二話 悪名高く
石造りの冷たい部屋で、少年は手のひらに乗る小瓶を眺めていた。
暗闇でもなお、蛍の様に淡く光る血液を不思議に思いながら蓋を開ける。
その途端、小瓶から生臭くも芳香な香りが舞う。
その香りを深呼吸で胸いっぱいに吸い込む。
「最っ高だぁ…」
頬を赤らめた少年は、まるで恋をする男の子の様にも見えた。
少年は瓶を咥え、来た道を戻る。
少年が入ってきた大きな穴が見えてくる。穴の外では灯りを持った教会関係者が右往左往していた。
『コソ泥は居るはずです!神の御前で愚行を働いた事、後悔させなさい!』
『神の裁きを!』
侵入した鼠の目的が血液の入った小瓶と知らずに、ただのコソ泥だと思って探している。そんな教会関係者達を見て、少年は嘲笑うかの様な笑みを浮かべる。
少年は咥えていた小瓶を大きく呷って血液を喉に流し込む。
小瓶を左手に持ち、右手で大剣を担ぐ。
少年は徐ろに小瓶を投げる。小瓶は教会関係者の前に放たれ、その瞬間に破裂する。
破裂した小瓶の破片が辺りの物を無差別に襲う。
そこに居た人達は皆怯み、少年はその隙に飛び出す。
「死ね雑魚共!」
少年は人の群れの中に飛び込み、大剣を力いっぱいに振り回す。小瓶の破裂で怯んでいた人々は、何もわからずに輪切りにされた。
死体の真ん中で、少年は天井を見上げる。
降り注ぐ血の雨も気にせず、少年は口を開く。
口の中に広がる鉄の香りを楽しみながら、少年は暫し惚ける。
やり切った様な達成感に満ちた表情で立っていると、教会の扉が勢いよく開いた。
「教会の者達よ!只今到着した………は?」
教会に入ったコソ泥を捕らえようと意気揚々と出動した衛兵達だが、扉を開けてすぐに唖然とする事となった。
胴体が泣き別れた死体の真ん中で上を見上げて笑みを浮かべる少年に、何も知らない衛兵達は恐怖を覚える。
あまりの恐怖に取り乱し、嗚咽し、果てには失禁してしまう者まで居た。
少年がグリンと顔をそちらに向けると、何人かが泡を吹いて倒れ、残った人も逃げ出してしまった。
「ふふ…フハハハハハ!アーッハッハッハッ!」
少年は涙を流して笑った。十五にも満たない少年に、それよりももっと年上の衛兵達が強い恐怖心に駆られて逃げ出してしまった事実がひどく可笑しくてしょうがなかった。
少年はひとしきり笑うと、入り口付近に向かう。泡を吹いて倒れる衛兵を踏み台にしながら、少年は三日月の夜道に消えていった。
その日の朝、大陸中にある事件の情報が広がった。
曰く、血に濡れた吸血鬼が教会関係者をバラバラに切り刻み、血の雨を降らしたと。
この事件を目撃した衛兵は、こう語った。『あれは化け物だ。血を恍惚とした表情で飲み込み、鋭い眼光でコチラを睨む姿を見たら、どんな強者も縮みあがって逃げ出してしまう。少なくとも、俺の様に夜は眠れなくなる』と。
少年は路地の壁にもたれて座りながら、何処からか拾ってきた新聞を読み笑みを浮かべる。
世界が自分に恐怖している!スラムのガキだと罵声を浴びせてきた奴らを見返せる!世界が俺を俺として認知した!
少年は内から湧き上がる興奮を抑えきれずに大笑いする。
その笑い声は路地の壁に反響し、外へと漏れる頃には、まるで化け物の笑い声のように悍ましく響いた。
虚しい。少年は路地裏で大笑いした後、激しい虚無感に襲われていた。
改めて考えると、大陸中に自分の悪名が轟いたのだ。たとえ顔がわれていなくとも、少なからず良くない影響は現れる筈だ。
それに、今まで自分の為に命を落とした皆をこれ以上悲しませてはいけない。
少年は浮ついた心を咎める様に頬を叩き、真剣な眼差しで路地裏を後にする。
不必要な殺しは控えよう。向かってくる者のみを殺そう。
少年がそう胸に誓っていると、路地の奥から誰かがこちらに来る気配がした。
「誰だ」
少年がそう言い放つと、路地の奥からチャラついた男が両手を上げながら現れた。
「良い警戒心だ。まるで手負の狼のようだ」
「へぇ。誰の何処が手負のだと?」
「そりゃあ…お前の心じゃねぇか?」
その言葉を聞いた途端、少年は地面を蹴って男に襲い掛かった。
「おっと。危ない危ない」
男はそう言いながらも、少年の手首を掴んで軽々と投げ飛ばす。
路地に積んであった木箱が大きな音を立てて崩れる
「いやぁ。こわいこわい」
大袈裟な素振りで怖がる男。
少年は身体についた木箱の破片を払いながら立ち上がり、背中が痛むのを堪えて男を睨む。
「何の様だ」
「ははは、敵わないと思って今度は話術かい?」
あからさまに少年を煽る男だが、少年が真剣な眼差しをしているのを見て、更に悪い笑みを浮かべる。
「立派に耐えてるね。じゃあ俺の要件を言おうか。三日後、この街にある一番派手なビルであるゲームをやる。良かったら来てくれ。豪華賞品も用意している」
「豪華賞品ってのは、アレの事か?」
「さあ?君の頭の中まではわからないよ」
「気配はまだこの街にある」
「……頑張って俺の元まで来なよ」
男はそれだけ言って踵を返して路地を去って行った。
「何処の誰だか知らねぇが。血を渡して来れないってんなら、本気で殺しに行く。覚えとけ」
少年はもう男が去って行った薄暗い路地に向けて言い放つ。
言葉は路地に吸い込まれて消えてしまった。
少年は少し路地の奥を見つめた後、近くの階段に腰掛け、短剣を取り出して手入れをし始めた。
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「ねえ、知ってる?」
アンが急に藤也に話しかける。
「シュルルーシ国ってね、元々は砂漠の中の国だったんだって」
「そうなの!?」
「昔ね、シュルルーシの砂漠には砂を泳ぐ鯨が沢山すんでいたの。だけどね、ある時彼らは命を脅かされそうになったの。一匹だけじゃなくていっぱい。だからね、彼らは住処を捨てたんだ。砂漠を捨てて南下したの。その年から極々僅かに雨が増えて、草木が生い茂る様になったんだって」
「へぇー。凄いね。鯨が天候を変えてたんだなんて」
「そう!凄いよね!」
アンの話に感心する藤也だったが、ある事に気がつき足を止める。
「どうしたの?」
アンが振り返って藤也に聞く。
「さっきまで晴れてたよね?なんか急に霧が濃くなった気がするんだが」
「確かにそうだね。霧の森に入ったのかな?」
「霧の森?」
「うん。地図出して」
藤也はカバンから地図を取り出して広げる。
「ここが私達が出会ったアイナガね。それでこの道が今まで通った街道」
アンはそう言いながら地図に記された道を指でなぞる。
「それで、私達が目指しているのがここ、霧の森」
アンはそう言いながら地図から指を離し、足元を指差した。
「って事は…ここが霧の森?」
「そう!」
「じゃあ、ここの何処かに女神様のお家があるってことか!」
藤也はやっとゴールが近づいてきたことに安堵し、ガッツポーズをした。
「よし!早速探しに向かおう!」
「おう!」
二人は気合いを入れて、目的地目指して歩き出した。
二人の姿が霧に溶けてゆく。
「そう言えば詳しい位置って知ってるの?」
「あ…」
二人の声がやがて消えてゆく。
―――――――――――――――――
霧の満ちた森の何処かで、一人の少女が一本の木の根元にある墓石を見ながら呟く。
「次の世代が来たよ。二人は今どこにいるんだい…?」
少女は暫くそうしていたが、ふと顔を上げ虚空に向かって呟く。
「わかった。少し遠回りして今の実力を見てくれ」
そして小さく頷いた後、赤い炎を纏い、消えた。
後には静寂のみが残り、まるで最初から何も無かったかのようにただ風が吹き抜けていった。
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