二十話 琥珀色の君
「俺には無理ですって!」
教会の外で、藤也が神官長に向かって抗議をする。
そんな藤也に神官長は笑みを崩さずに言った。
「昨日も言いましたが、コレはこの世界と、貴方を救う為に必要な事なのです。諦めなさい」
「そんなぁぁぁ!」
藤也は膝を折って泣き崩れる。
神官長はそんな藤也の肩に手を置く。
「ここから東に、霧の立ち込める森があります。その何処かに女神様のお住まいがあり、貴方はそこまで一人で辿り着かねばなりません」
「そんなご無体な…」
「ただ、それだけではあまりに酷なので、コレを渡します」
そう言って渡されたのは、沢山の荷物が入ったリュックだった。
「この中には目的地までの地図とコンパス、幾らかのお金と食糧が入っています。少なくとも一週間は待ちます。頑張ってください」
そう言いながら藤也の背中を押し出す神官長。
「この世は残酷だ…」
藤也は、そうぼやきながら渋々旅に出たのだった。
―――――――――――――――――
「ん〜〜?こっちが北だから右手側が東か。遠いな〜」
地図とコンパスを睨みながら藤也は歩を進める。
目的地周辺の森までは街道が通っているので、そこまではさほど苦労はしない。と言っても、果てしない距離に加え、道中には危険がある。
藤也は腰に刺した白鞘の刀を撫でながら、始まったばかりの旅に一抹の不安を覚えた。
旅に出てから五日。
そろそろ食糧も少なくなり、焦りも感じて来た頃、旅を始めてから初の街に到着した。
「おーすげー」
活気のある街を見て感動する藤也。
この街は、シュルルーシ国の隣国、マール共和国。その中のアイナガと言う街である。
マール共和国は一部が海に面した広い平野に位置しており、海風と山脈がもたらす湿潤な大地で大量の農作物を作っている。
アイナガは他の国と近く、貿易街として栄えており、他の国々からも人が多く集まる。
藤也は街を見回しながら、散策する。
道の両脇には店が並び、ガラスの奥に並べられた商品が誘う。
「まるで…まるで元の世界の様だ」
洋風の店舗は、暖かなオレンジの光を淡く放つ。
藤也は甘い香りに誘われる蝶の様にふらふらと店に入った。
「いらっしゃいませ」
店の制服を身に纏った女性の店員が藤也を出迎える。
店内にはショーケースが設置されており、中には沢山の種類の洋菓子が並んでいる。
藤也が目を輝かせていると、店員が話しかけてきた。
「お客様、店内でお召し上がりになりますか?」
店員がそう言いながら手で店の内部を指し示す。
藤也がそちらの方を見ると、木製の椅子やテーブルが並んでおり、数人の客が洋菓子を食べながら談笑をしている。
「えっと、じゃあお願いします」
藤也は適当な席に座る。
木の仄かな香りが鼻をくすぐる。
「こちらメニューになっております。ご注文がお決まりになったらお呼びください」
手渡されたメニューを開く。メニューには沢山の洋菓子の名前が書かれており、聞き馴染みのあるものも沢山あった。
(向こうの世界と全く同じものがあるのか…不思議だ。似たような世界だと、同じ様なものが出来上がるのか…?だけど、あまりに似たものが多すぎないか?違うのは魔法関係のものばかりだ…)
藤也は疑問に思いながらも、取り敢えずガトーショコラとカフェラテを頼んだ。
(なんか実感が湧かないな)
ガラス窓の向こうの、太陽光に照らされて輝く石畳を眺めながら、少しセンチメンタルな気持ちになる。
そうやって待っていると、店の扉が開き、来店を伝えるベルが鳴る。
その音をなんともなしに聞いていると、藤也の席に何者かの影が落ちる。
「相席、いいかな?」
藤也が振り向くとそこには、同い年くらいの少女が立っていた。オーバーオールの片方の紐を垂らし、いかにもヤンチャそうな風貌だ。
「どうぞ」
藤也が愛想よくそう言うと、少女はニコニコと笑みを浮かべながら座った。
「君、旅人?」
「ええ、旅人ですよ」
「ふ〜ん。その武器、女神教のやつでしょ?宗教やってんの?」
「いえ、この武器は…亡くなった叔父の形見なんです。よくしてもらっていたので、肌身離さず持っているんです」
「そっか…なんかごめんね」
「お気になさらないでください」
そうやって話をしていると、頼んでいたガトーショコラとカフェラテがきた。
少女はついでに注文を済ませ、こちらに向き直る。
「ねぇ、君の名前はなんて言うの?」
「俺は桐崎藤也」
「珍しい名前だね。私はアンブル•ステン。アンって呼んでね」
「わかりました。アンさん、どうして俺と相席したんです?」
そう聞くと、アンはイタズラっぽい笑顔で答える。
「君に興味が湧いたからだよ。藤也、少しの間、君の旅に同行させてもらえないかい?」
その笑顔は、どこか惹きつけられる様な雰囲気があった。
「わかりました。ただ、何があっても守れる自信は無いので、もしもの時は俺を置いて逃げてくださいね」
「ふふ、優しいね」
藤也はそう言われて照れたのか、照れ隠しのためにカフェラテに口をつける。ミルクによって丸くなった甘味と苦味が口の中に広がる。
「うまい…」
そう呟き、コーヒーカップを見る。
淡い茶色い液体が艶やかに動いている。
藤也がカフェラテの余韻に浸っていると、店員がアンの頼んだ品を持ってきた。
「お待たせしました」
アンが頼んだのは、オレンジジュースとアップルパイ。シナモンとりんごの香りが辺りに漂う。
「うわー!おいしそー!」
目の前に置かれたアップルパイに目を輝かせるアン。
フォークを手に取り、アップルパイを一口大に分けて口に運ぶ。
その途端、恍惚とした表情を浮かべるアン。その美しい顔に藤也はドキりとする。
(ヤンチャそうに見えたけど、やっぱり女の子なんだな…)
「かわいい…」
つい漏れてしまった言葉に、藤也は慌てて口を塞ぐ。
だがしっかりと聞かれており、アンは嬉しそうな表情ではにかむ。
「私に惚れちゃった…?」
「い、いやっ…決してそんな事は…」
「素直に言ってくれないとイヤだなぁ」
わざとらしくションボリとするアンに、藤也は気まずそうにして俯く。
「惚れた…のかはわかりませんが、凄く自然で可愛かったです」
「嬉しい。ありがと」
またイタズラそうに笑うアン。藤也はハッとして顔を上げる。琥珀の様な瞳がこちらをジッと見据える。
「さ、食べよ。ケーキ」
固まっていた藤也は我に帰り、誤魔化す様にガトーショコラを一口食べる。確かに美味しいのだが、先程の事で頭が一杯で、良くわからない。
外はもう日が落ちかけていた。
―――――――――――――――――
「ありがとうございました」
店員に見送られ、外に出る二人。
街灯が光を放ち始め、まるで蝋燭の様な光が優しく街を包む。
「さて、これからどうしようか」
後ろで手を組み、わざとらしく大股で歩くアン。
藤也はその後ろ姿を追いかける。
「取り敢えず、どこか泊まれる場所に行きましょう」
「そうだね。じゃあ、宿泊街に行こうか」
アンはそう言って道を曲がる。
少し歩くと、宿が沢山並んだ宿泊街に着いた。
「私のオススメはねぇ…」
アンは、人差し指で自分の知っている宿を探す。
「あっ!アレ!」
指の方向が一方向に定まる。
その先にあったのは、他の宿屋とさして変わらない小さな宿だった。
「あれがおすすめの?」
「そう!部屋が綺麗で、しかも対応が丁寧なの!」
「ふーん。結構泊まってるんですか?」
「まあね。ちょくちょく泊まってるよ」
アンが得意げにそう言う。
宿屋の前に着き、扉を開ける。すると、綺麗な内装が目に入る。
「いらっしゃい」
優しそうな女将にで迎えられた二人は、早速部屋のチェックインをする。
「取り敢えず、今日明日でここを出ようと思ってるので…」
「じゃあ、大銅貨四枚だね」
「えっと、部屋は流石に別ですよね?」
「流石にね」
「じゃあ、部屋二つでおまけして大銅貨六枚だよ」
藤也は袋から大きな銅貨を渡し、鍵を受け取る。
「明日の朝食は七時からだよ。遅れないでね」
「わかりました。ありがとうございます」
藤也は親切な女将さんに礼をし、部屋へと向かう。
「じゃあ、私はこっちだから」
「じゃあまた明日」
部屋に着き、アンと別れる。
扉を開けると、程々な大きさの綺麗な部屋が出迎えてくれる。
(凄い…木造の暖かな雰囲気が落ち着くな…)
藤也は早速ベッドに入り、天井を眺める。
「ベッドで寝るのは…五日ぶりか…な…」
疲れ切った藤也の意識は、いとも簡単に眠りへと誘われた。
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