十八話 保護
「あぁ…朝だ…」
鈍い思考を動かしながらゆっくりと起上がり、空を見上げる。
もうすっかり陽も昇り切り、空は薄青色になっている。
正面を向けば、路地の隙間から人々の行き交う通りが覗く。
(昨日のは夢じゃなかったのか…)
昨日の事を思い出し、気持ち悪くなる。
「うえ…」
立ち上がると、脚が痛む。
筋肉痛が酷く、脚どころか全身が痛む。
フラフラと歩き、気持ち悪さが頂点を迎えて胃液が登ってくる。
壁に手をつき、込み上がってきた胃の内容物を吐き出す。
しかし、昨日の夜は何も出ていないので、黄色味がかった液体が出るだけだった。
「もう無理だ…」
俺は壁にもたれかかる。
今まで寝転がっていた場所を見ると、白鞘の日本刀が転がっている。
「コイツのせいで…」
刀に近付いて拾い上げる。
刀を鞘から抜き、鎬を上にして腿に押し付けて折ろうと力を入れる。
行き場の無い不安と怒りを白鞘にぶつける。
しかし、刀は折れるどころか曲がりすらせず、綺麗な刀身を輝かせるだけだった。
俺は泣きそうな顔で刀を睨み、放り投げる。
刀は回転して宙を舞い、木箱にぶつかった。
刀は弾かれて地に打ち付けられるかと思われたが、木箱を真っ二つに裂き、それどころか地面に深々と突き刺さった。
「あぁ…」
俺の顔には驚愕と絶望が浮かぶ。
「俺は…救われないのかよ…」
脚を曲げて抱える。
視界が歪む。
涙が溢れ、地面を濡らす。
(こんな世界で…どうやって生きれば良いんだよ…怨まれるのか…追われるのか…)
思考がネガティブなものに支配される。
(勇者なんて知らねぇ、俺は勇者と認められない、国からも、人からも……………自分からも)
涙が零れるたびに後から後から溢れる。
「どうすりゃいいんだよぉ…」
絶望に打ちひしがれる。
「大丈夫ですか?」
その時、誰かが俺に声をかけた。
ビックリして振り返ると、柄の良さそうな男の人が立っていた。
「あ…大丈夫です…」
本当は身心共に限界な事を隠してすぐに立ち去ろうと立ち上がる。しかし、強烈な目眩に襲われてふらついてしまう。
「おっと」
そんな俺を柄の良さそうな男の人が支えてくれた。
男の人は心配そうな顔で俺を座らせてくれる。
「大丈夫じゃ無いじゃないですか。少し落ち着いて、深呼吸ですよ」
優しい言葉に目尻が熱くなる。俺は袖で涙を拭い、鼻を啜る。
男の人が立ち上がった時、地面に深々と突き刺さる刀を見つけた。
真っ二つに切れた木箱と刀なのだ。明らかに不審だろう。
「えっと…これは…」
俺はすぐに取り繕おうとするが、しっかりと見てしまっており、何もかもが遅かった。
恐る恐る男の人の顔を見てみる。たが、その表情は哀れんだものであった。
「貴方は…もしかして勇者でしょうか?」
その言葉に俺はドキリとした。
刀を見て態度を豹変させた王達と同じように、俺を排除しようとするかもしれない。そう思い、逃げようとする。
だが、彼の対応は全く違ったものだった。
「さぞ大変だったでしょう」
彼はそう言いながら俺を優しく抱きしめてくれた。
「貴方は悪く無い。悪いのはあちらの神です。貴方は決して悪では無い…」
慈愛に満ちた声に俺は思わず涙を流してしまった。ずっと焦っていた心が、スッと澄んだような気がする。
「さあ、貴方の名前を教えてください。勇者様」
―――――――――――――――――
朝の日差しが差し込む路地裏で、二人の男が座り込んでいた。
「俺の…俺の名前は桐崎藤也です」
「良い名前ですね。私の名前はトリヒス•レイ•ガイスト。聖職者です」
トリヒスと名乗った男はそういいながら自らが身に纏っている修道服を見せびらかすように翻す。
藤也はその姿に目を見開く。
自信に満ち、生き生きとした表情。それに加えて服が翻った事によりチラッと見えた無機質な義足…
藤也が足を凝視していると、それに気がついたトリヒスが不思議な顔で見つめる。
「どうしたのです?そんなに足を見て…」
自分で言っていて気がついたのか、途中から藤也の行動の意味を理解して自分の足を見る。
「そう言えばそうでしたね。私の右手と右足は、ご覧の通り無くなったんでしたね」
トリヒスは早口でそう言った。
悔しさからか、悲しさからか、気持ちを誤魔化す様なトリヒスに藤也は気まずそうな様子で俯いている。
「あっ…すみません。あまり気持ちの良いものでは無いですよね。これはですね、つい最近戦った悪魔にやられたものです」
「悪魔…ですか」
「ええ、とある少年に憑いていた悪魔は、世にも恐ろしい破壊の魔法を使って人々を嬲り殺していたのです。私は…応戦するも虚しく敗れてしまいました」
「え…どうして助かったのです…?」
そう質問されたトリヒスは、悔しそうな、しかしうっとりした表情で答える。
「女神様が助けてくれたのです。伝承通りのお麗しいお姿。感激しましたよ。ただ、悪魔は強かった。女神様は深手を負いながらも悪魔を撃退なさったのです」
「すごい…ですね。女神様はどんな姿だったのです?」
トリヒスは悪戯っぽく笑って答えた。
「それは見てからのお楽しみです…!さあ、行きましょう。教会へ」
――――――――――――――――――
二人は、女神教の教会へと向かった。
「ここが…教会」
藤也は白い教会を見上げて呟いた。
神聖な外観に感動していると、教会の中から誰かが出てきた。
「おや?お客様でしょうか」
「神官長!いらしていたのですね」
トリヒスが神官長と呼んだ男は、優しい笑みを浮かべて二人を見ていた。
「トリヒス、そちらの方は?」
「この方は桐崎藤也。勇者としてこの世界に召喚されたそうです」
「よ…よろしく」
紹介された藤也が挨拶をする。すると、神官長は真剣な表情で下から上まで眺める。
神官長は成る程、と呟き二人を教会の中へと促した。
三人は教会の礼拝堂にある会衆席に腰をかけ、話をする。
「貴方の持っているその武器…刀は女神様がお使いになった武器なのです。なので、女神様を崇める私達と相対する宗教、創造神教は刀を忌み嫌っているのです。貴方が追放されたのもそのせいでしょう」
神官長はですが…と続ける。
「彼らは実に愚かな事をしました。この世界に呼べる勇者はただ一人。更に、勇者を呼べば千年もの間、勇者の召喚は出来なくなります」
神官長は立ち上がり、正面にある女神の像の下で見上げる。
「女神様は全てを許してくださる。女神様は寛大なのです…」
そう言った神官長の表情は恍惚としたものだった。
神官長はそのまま祈りを捧げ始めてしまい、話しかけ辛い雰囲気を放ちだした。
藤也は仕方なく女神の像を眺めていると、そこでふと、トリヒスの話した悪魔の事を思い出す。
「あの、路地裏で話した悪魔って、その後どうなったの?」
「悪魔はその後、神官長様が教会本部で祓われましたよ。取り憑かれていた少年は無事元の生活に戻っていきました」
「そうなんですか。取り憑かれていた人が無事で良かったです」
その後も二人で雑談していると、祈りの終わった神官長が藤也に声をかける。
「ちょっと失礼。今から少し二人で話しましょう。トリヒスはここで待っていてください」
神官長は真剣な表情でそう言った。
藤也は神官長の圧におずおずと立ち上がり、促されながら礼拝堂の外へと出て行った。
それを見ていたトリヒスは、何かあったのかと不安になり、ソワソワとしながら礼拝堂で祈りを捧げた。
礼拝堂を出て廊下を歩く二人。
窓からは中庭を眺めることごでき、孤児らしき子達が楽しそうに遊んでいる。
「子供はよいものです。純粋で平和で…皆があの様に共に仲良くなれれば良いのですが…」
目を細める神官長に、少年は何も言わずついてゆく。
神官長が、一つの部屋の前で止まる。
他の部屋とは少しだけ作りの違う扉を開くと、書斎机と沢山の本が詰まった棚のある部屋が出迎えてくれた。
「少々散らかってますが、気にしないでください」
机の上に散らかっているものを軽く整理し、藤也を椅子に座らせる。神官長はその正面の椅子に座った。
「それでなのですが、貴方は刀を授かった勇者です。ですが、勿論刀など触ったことも無いでしょう。そこで、です。女神様の元で力をつけて見ては如何でしょう」
藤也は唐突なことに目をパチクリさせる。
「女神様…ですか…」
「ええ、実はですね、神官長だけが女神様の住居を知れるように代々伝えていっているのです」
急な展開に追いつけていない藤也を置いて、神官長は続ける。
「ここ、シュルルーシ王国の東、霧の森に女神様はおります。行く気はありますか…?」
「行く気って言ったって…」
「まぁ、拒否権は無いんですけどね」
神官長はそう言って立ち上がり、部屋を出て行った。
「え、ちょ、ちょっと!」
藤也も慌てて部屋を出て神官長の後ろについて行った。
―――――――――――――――――
「でっけぇ洞穴じゃねぇか」
少年はディカードを倒した後、自らが惹きつけられる方向に歩き、高い崖の下にある大きな洞穴を見つけた。
少年は躊躇う様子も無く洞穴へと向かう。
洞穴の中は薄暗く、天井に張り付いているコウモリが少年に驚いてキーキーと甲高い鳴き声をあげる。
「うるせぇな…お?」
暫し歩くと、突然開けた場所に出た。途中までの道よりも明るく、満月の夜程の明るさがある。
正面に何やら椅子の様な物があり、大きな影がそこに座っていた。
「来たか…神の器よ」
その影は低く圧のある声でそう言い、立ち上がる。
立ち上がると、その大きな影がより大きく見える。3〜4メートルはありそうな巨大が歩く姿はとてつもない威圧感を周囲に与える。
少年と距離が近くなり、やっとその姿がハッキリとわかる。
騎士の様な、黒く重厚なフルプレートアーマーを装備し、手には身の丈程もある切先の丸い黒い大剣を持っている。
鎧の隙間から紫の煙が漏れ出ており、この世のものでは無い事がわかる。
「残骸を求めてきた様だが、そんなことは我がさせぬ。我が黒剣の前に沈め!」
巨大な騎士はそう言い放ち、少年に斬りかかる。
少年はすぐさま危機を察知し、大きく跳んで避けた。巨大な大剣は少年が居た場所にある悉くを薙ぎ払う。
少年は深い溝の出来た地面に着地し、巨大な騎士に肉薄する。
「そのデケェ武器じゃ、取り回しが悪いだろうよ!」
少年が蹴りを放とうとする。しかし、それは巨大騎士の攻撃によって阻まれる。
「頭を使え小童が」
巨大騎士は刀を持つ右手とは反対の左手で拳を握り、少年を殴り飛ばす。
「グゥッ!」
少年はまるで壁がぶち当たったかの様な衝撃を受けて吹き飛び、洞穴の壁に激突する。
ぶつかった箇所には蜘蛛の巣状のヒビが刻まれ、パラパラと崩れる。
「痛っ゛てぇな゛ぁっ!」
少年は土煙の中立ち上がる。
頭が割れて血が滴り、足元もふらついている。
「威勢はいい様だが、肉体はもうボロボロだ。諦めろ」
巨大騎士はそう言い放つ。大剣を両手で握り、腰を落として担ぐ様に構える。
「最期は派手に殺してやろう」
巨大騎士の身体から黒い魔力が溢れる。
魔力は暴風の様に辺りに吹き荒れ、洞穴を震わせる。
「我が奥義、喰らうがいい。【闇魔法•纏技•混沌の堕撃】」
身体の捻りと共に上段から放たれた黒剣は、怪力と重力により、とてつもない力で大地を穿つ。
黒剣に纏った闇魔法が爆ぜ、洞穴は形を保てずに崩壊してしまった。洞穴どころか、その上にあった台地の一部までもが吹き飛ばされてしまった。
洞穴は露出し、太陽にさらされる。だがしかし、辺りは新月の夜かの様な闇に包まれていた。
「あぁ儚きかな。しかし、遺物は護ったぞ」
巨大騎士は、自らの甲冑の隙間から首飾りを引っ張り出す。
首飾りの先には赤い液体の入った小瓶がぶら下がっていた。
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