十六話 遺物を守る者
「…アレは回収しないといけないな」
少女が麗らかな日差しが差し込む部屋で一人呟く。その表情は少し曇っており、目つきは鋭いものだった。
少女は人差し指を立てると、メラメラと燃える緋色の炎を指先に出現させる。
その炎は次第に大きくなり、少女が腕を振って宙に放ると二匹の狐の形となる。
狐の形をした炎はまるで生きているかの様に少女の元に歩み寄って、足元でちょこんと座る。
「君達、俺が言いたい事はわかるな。さあ、いってらっしゃい」
狐達はコクリと頷くと、窓から外へ飛び出していった。
少女は狐達が出ていった窓から不安そうな眼で外の景色を眺めていた。
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薄暗い森の中、焚き火の光が影を怪しく揺らす。
少年は先程仕留めた熊の肉をナイフで雑に切り取り、木の棒に刺して火で炙る。
肉は徐々に火が通って、良い匂いを漂わせる。肉汁が滴り、炎が一瞬強さを増してまた元に戻る。
「…」
少年は一言も発さないが、期待のこもった眼で熊肉を見つめ、口へと運ぶ。一口噛むと、口の中に強烈な獣臭が広がる。だが、その後に強烈な旨味と甘味が舌を刺激する。
少年は初めての感覚に、感動を覚えた。
野生的だが、だからこそ美味い。
火が通って硬くなった肉も、噛めば噛むほど肉汁が溶け出してゆく。
少年は至福の時間を過ごした。
少年の腹が満腹になった頃、焚き火の勢いも無くなり、静寂が訪れる。
ただ、肉はまだまだ沢山あり、少年の胃袋では到底食べきれない量が残っている。
少年は辺りから木の枝を集めて焚き火に放り込む。
丁度良い勢いになり、炎が揺らめく。
少年は熊肉を幾らか燻しながら、前に口にした液体の事を考える。
(あの液体が欲しいのだが…アレは何の液体だ?明らかに血液だったが、あの老婆はどこで手に入れたんだ?)
たき木がパチパチと爆ぜる。
組まれた木が崩れ、火の粉が舞い上がる。
(それに、老婆が言っていた東の山脈…そこには何があるんだ?)
少年は暗闇の奥の山脈を見る。
シルエットさえ見えないが、昼間の山脈と重ねて夜の姿を想像する。
(急に現れた女神とか宗教とかも気になる…俺と同じくらいの少女と蒼い炎の正体は…?)
少年は色々と思考を巡らせる。
だが、結局考えてもわからず、少年は足を放って寝っ転がった。
翌朝、少年は昨日作った熊肉を燻したものを持って出発した。
相変わらず変わり映えしない道のりだが、初めの頃よりも地形が荒くなっている様な気がした。
大きな岩や苔に飲み込まれた朽木、そのどれもが人の手が入っておらず、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
この森は生命力が満ち溢れている。草木も生き生きとし、動物とも頻繁に出会う。
少年がたまに熊肉を噛みちぎりながら歩いて行くと、やがて木が減り、背の低い草が多くなってきた。
空が近くなり、雲がすぐそこまで迫っている。
遠くを見渡すと、草原に誰かが立っている。細いが、しっかりとした身体。動きやすい様に急所に鎧を纏っており、手には槍を持っていた。
ガタイからして恐らく男だろう。少年をじっと睨んでいる。
男はスーッと息を吸い込む。
「そこの人よ何をしに此処に来た。我名はディカード遺物を守る者なり」
大きな声でそう言うと、ディカードは少年に近づく。
少年もディカードを睨みながらゆっくりと近く。
「此処より先は通らせぬ。もし通りたいのであれば、我を倒すが良い」
ディカードは槍を威嚇するかの様に振り回し、脇に挟んで構える。
少年はそれでも構わずに近づく。
「死ね!」
ディカードはそう言い放ち、少年に肉薄する。
少年もそれを見て受ける体制を取る。
ディカードが突きを放つが、少年はそれを半身になって避け、ナイフを持って斬りかかる。
ディカードが槍を横に薙ぎ払った為に攻撃は中断され、少年の腕に浅い切り傷をつくる。
「チッ」
少年は舌打ちをし、ディカードに向かって走る。
しかし、ディカードが苛烈な突きのせいで攻撃は通らず、切り傷がどんどんと増える。
圧倒的なリーチの差に、少年は頭を悩ませる。攻撃をしたいが、ナイフでは届かない。範囲外から様子を見るが、一向に進展は無い。
すると、ディカードが槍を薙ぎ払って少年を切り裂こうとする。
これを好機と見た少年は、ディカードに肉薄する。
刃の無い内側なら、例え攻撃が当たっても問題は無い。
少年は勝ち誇った顔でナイフを振るった。
しかし、甲高い音と共に防がれてしまった。
ディカードはどこからか取り出した短刀で少年の攻撃を受け止めたのだ。
ディカードは身体に見合わぬ力で少年を弾き飛ばし、距離が離れたところに槍の突きを放つ。
少年は槍に貫かれてしまった。
「?」
しかし、槍は深くは刺さらず、少年が倒れる。
少年が痛みに耐えながら立ち上がると、懐から硬貨がジャラジャラと落ちる。
「まさか、こんな金に救われるとはな」
少年はそう言うと、硬貨を一枚拾う。
ディカードはまさかの事態に驚きを隠しきれない。だが、すぐに気を引き締め、真面目な表情に戻る。
「まあいい、次は無い」
ディカードは石突のギリギリを右手で掴み、左手を出来るだけ前に突き出して槍を支える構えを取る。
「覚悟は良いな」
そう言うとディカードは今までで一番の速さで肉薄する。
「甘い」
少年はニヤリと笑うと、硬貨をディカードに投げつける。
思わず怯んでしまったディカードだが、かなりのスピードが出ていた為、体勢が大きく崩れる。
その隙に少年はディカードに接近し、顔を掴む。
「地獄を楽しんでね」
少年がそう言ったと同時に、ディカードが大きな悲鳴をあげながら顔を押さえてのけぞる。
あまりの痛みに悶え苦しむディカード。顔を上げると、表皮と鼻が無くなり、筋肉と歯茎の露出した痛々しい顔面が露わになる。
顔中から血が滲み出し、地面にぼたぼたと垂れる。
「ぐぅぅぅ…あ゛あ゛あ゛ぁ…」
血と涙とでぐちゃぐちゃになった顔で呻き声をあげるディカードに、少年はゆっくりと歩み寄る。
「楽しいかい?」
そう言いながら肩に手を乗せ、そのまま肩を破壊する。
「グアアアッ…!」
悲鳴が高原に響く。
「そうかそうか、そんなに楽しいのか」
少年は無邪気な声で喜びながら、逃げようとするディカードの手を握る。
「まぁ待ちなって」
ディカードの手のひらが数センチ薄くなった。
「これからが最高なんだから」
ディカードの髪の毛が無くなった。
「そろそろフィナーレだ」
ディカードの悲鳴が無くなった。
「アレ?疲れちゃったのかな?」
ディカードの息が無くなった。
何度も、何度も。少しずつ破壊されたディカードは、あまりの痛みとショックに、命を手放してしまった。
血まみれになったディカードは、初めの頃よりも少し小さくなった様に見える。
「気持ち悪」
少年はそう吐き捨てると、顔についた返り血を拭いながら立ち去って行った。
―――――――――――――――――
青い空の下を一匹の黒いコウモリが飛んでいる。
コウモリは暗い洞穴に飛び込み、何処か必死な様子で奥へと消えてゆく。
洞穴の奥で、黒いプレートアーマを装備した騎士の様な人がコウモリを出迎えた。
腕に逆さに止まったコウモリを見る顔は、兜に覆われて見えない。
黒い騎士はコウモリを見つめ、コクリと頷くとコウモリを宙に放った。
「ディカードがやられたか…しかし、あの遺物は決して奪わせぬ。何があろうとも…」
くぐもった低い声が洞穴に反響する。その音はまるで、悪魔のような声だった。
騎士は鎧を鳴らしながら椅子に座り、足元に倒れる人間を鷲掴みにする。騎士が手に力を入れると、バキバキと骨が砕け、血が滴り落ちる。
騎士がその血を浴びると、騎士の放つ圧がより一層大きくなった。威圧感と共に放たれる魔力は、辺りに突風を吹かせる。
騎士はひしゃげた人間を放り投げ、怒気を含んだ声を発した。
「神よ。貴様の思い通りにはさせん」
騎士の覚悟が魔力となって洞穴を揺らしたのだった。
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