十四話 歪む思想。広がる思想。
薄暗い部屋に鉄の香りが充満する。
十字架に磔にされた少年を棘のついた鎖で打ちつける。
傷が刻まれる度に少年は呻き声を上げる。
「君にっ!足りないのは、肉体的な挫折だよっ!」
神官は、数時間前の優しそうな顔が嘘の様な表情をしている。
神官は汗を拭い、椅子に座って一息つく。
「君は家族や恩人を失ったそうじゃなですか。ですがね、私が思うに、君の心は最初から歪んでいたのですよ。所詮上辺だけで悲しんでいたんじゃ無いですか?」
「!?っそんな事無い!俺は本気で悲しんだ!本気で悔しかった!」
神官の言葉に、少年は反論した。
だが、神官は首を振る。
「そうやって言葉にできる時点で君の本性はわかりました。人の死にある程度のショックは感じているが、そこまで気にならない。心はまだ生きている」
少年は歯を強く噛み締め、自らを信じる為に頭の中で正当化した言葉を反芻する。
そんな少年を鋭い目つきで見ながら神官は続ける。
「君は狂人だ」
「違う!違うちがう…違うんだ」
少年はか細い声でそれを否定する。
「君の心は身近な人の死で弱っているのです。だからこそ、それに対応する為に歪んだのですよ。貴方の心は。貴方はそうやって危機を回避して来たのです。精神的なストレスは回避出来ましたが、肉体的なストレスは…回避出来ますか?」
神官は立ち上がり、少年の身体を眺める。
先程の軽い拷問で傷はあるが、浅い。
まだまだ楽しめそうだ。と舌なめずりをする。
「少し嗜好を変えてみますか」
神官は机からペンチを取り出す。
それで何をするのかと少年が眺めていると、神官はおもむろに少年の爪を剥いだ。
「ッ痛!」
あまりの素早さに一瞬痛みを弱く感じたが、どんどんそれが強くなる。
ジンジンと痛む指は、次第に赤く染まってゆく。
「さて、ニ本目も行きますよ」
神官は間髪入れずにニ本目を剥ぐ。
少年の指先からは赤い血が滲み出し、やがて滴る様になった。
「ッ…ハァ…ハァ…」
少年の呼吸は痛みに耐える為に浅く速くなる。
爪二本でコレほどの苦痛。
その現実から少年は目を背けるが、指から伝わる激痛がそれを許してはくれない。
「父親の虐待とどちらが辛いですか」
神官の問いに、少年は目を細める。
前まではミュアを守る為に耐えられた。
だが、今は自分以外守るものが無く、拠り所も希望も無かった。
少年ただ一つの心だと、非常に脆かった。
「あ…あ…」
少年が反論しようと声を出すが、言葉は出てこなかった。
「しょうもないですね…」
神官はつまらないものを見る様な目で爪を剥ぐ。
少年が痛みに悶絶するが、神官の手は止まらない。
(痛い痛い痛い痛い!)
少年の声にならない悲鳴が響き渡った。
「痛いのならご自慢の魔法を使えば良いじゃ無いですか」
神官は足の爪を剥ぎ取りながら言った。
実際、少年は魔法を使おうとしていた。
だが、魔法が出ないのだ。
自分の中から魔法の元が消えてしまったかのような感覚が少年の中にあるのだ。
どうしようも無い状況の中、意識を手放そうとも痛みがそれを許さない。
いつ終わるかわからない絶望に少年は悔しさの涙を流した。
―――――――――――――――――
『ハァ、ハァ、ハァ』
荒い呼吸音が扉の向こうから薄暗い廊下にまで響く。
「私は飲まれない…落ち着け…落ち着け…奴らとは違う…狂人とは違う…」
国王が現実逃避かの様に呟く。
外から聞こえて来る足音に、国王の肩がビクリと跳ねる。
「来る…」
分厚い扉が、勢いよく開かれる。
そこには、黒を基調とした修道服に身を包んだ人達が立っていた。
皆、正気とは思えない形相で部屋に入り、国王の机の前に立ち塞がる。
修道服を着た人達が左右にはけて道ができる。
その道の真ん中を、白衣を着た小柄な老人が通って国王の前に来る。
「コ…こく…国王様ァ。アナ…貴方のし、信用はあ、地に落ちました。だか、ダカラ依代にになって貰い、貰いまス」
老人は据わった目で吃りながらそう言い放った。
「そうか…衛兵達も寝返ったか」
肩を落として項垂れる国王に、老人は焦点の合わない瞳で笑いながら言う。
「ね…ねねね寝返ったとと言うぅよりもぉ、寝てるんですけど、けどねぇ!ダァハハハッ!」
その言葉に、国王は机を叩いて立ち上がる。
「お前がッ!お前達の仕業なのか!」
声を荒らげるが、急にストンと倒れる様に椅子に座る。
その顔には悲壮感が張り付いていた。
「最後に…一つ、アイツを呼んでくれ。ゼール!来てくれ」
その声は虚しく響くだけだった。
「アァ…その、その人はもうもう居ませんよ。居ませんよ」
老人はそう言い、コメディーを観ているかの様に笑い声をあげる。
「国王様。只今参りました」
笑い声を遮って聞き覚えのある声が扉の方から聞こえる。
そちらを向いた国王の目が見開かれ、そして安堵したものになる。
「ゼール。命令だ。奴らを…」
国王がそこまで言いかけて止まる。
口の中に鉄の香りが広がる。
その香りは限界まで広がると、出口を求めて外へと出てゆく。
国王が自らの胸の辺りを見ると、手を突き刺すゼールが居た。
手は引き抜かれ、国王はズルリと力を無く倒れる。
ゼールは震える手で国王の首筋を掴み、噛み付く。
次第にゼールの身体から力が抜けゼールは机にもたれて動かなくなった。
"ドクンッ"
部屋を震わすほどの鼓動がどこからか聞こえる。
その鼓動は一定の間隔で鳴り続ける。
その鼓動と共に、国王から圧倒的なドス黒い魔力が放たれる。
鼓動のたびにその魔力は大きくなる。
「おぉ…天使様のご降臨だ」
一人の男がそう呟く。
その男の瞳から涙が溢れ、その涙は紫色の跡を付けて流れる。
涙が床に零れ落ちた。
その時、国王だったものがゆっくりと起き上がる。
国王だったものが天に祈りを捧げると、背中から黒い翼が生える。
国王だったものの背中が割れ、中から謎の男が現れた。
男は手を広げ、空を仰ぐ。
カッと目を見開くと、翼をバサリと羽ばたかせる。
辺りに突風が吹き、黒い羽根が舞い散る。
男はゆっくりと視線を正面に向ける。
『神の時代の二度目の幕開けだ』
低く、威圧感の籠った声でそう言い放つ。
『我が名は座天使、ラファエル。神の玉座である』
ラファエルと名乗った男は、足元に倒れる国王とゼールを見下ろす。
『使えるゴミは再利用だ。神の手となれ足となれ』
手をかざすと、国王とゼールが浮き上がる。
二人の身体は何事も無かったかの様に綺麗になり、地に足をつけて直立する。
「国王様」
ゼールの口から違和感の無い言葉が発される。
「どうした。ゼール」
国王の口からも同じ様に違和感の無い言葉が発される。
「準備は整いました」
ゼールの死体がそう言うと、国王の死体が頷く。
そして、国王の口が開かれる。
『「勇者を召喚する」』
その発言は一瞬にして国中の人々に広がった。
人々は突然頭の中に現れた記憶に疑問を抱く事も無く、皆が一様に喜びの声をあげる。
『勇者様が召喚されるぞ!』
『コレで平和になるのね!』
『勇者様ってカッコいいんでしょ』
『そうだよ。勇者は凄いんだ』
民達の頭の中に、全く知らない勇者について漠然とした知識が現れた。
勇者は凄い。勇者はカッコいい。
皆喜び、勇者を讃える。
それは騎士達も一緒だった。
ネールナルも。
「勇者様をお守りせねば」
勇者とは、慈神教と言う宗教の中に現れる人物だ。
勇者は遥か昔、神の時代に異界より召喚された。
勇者は世界を脅かすものを祓い、滅ぼした。
世界は平和になった。
勇者は死ぬ時、自らの心臓をこの世界に残した。
一つの輝く石、勇者の軌石として。
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