十二話 裁きの光
修道士の前で宙に浮きながら一人でにページがめくれる分厚い本。
修道士は、その本に手を突っ込む。
「女神様とは、この世で最も清い存在。それ故に最も偉大で最も強い。この剣は、女神様の欠片」
本の中からゆっくりと現れたのは、所々光輝く、真っ直ぐな短剣だった。
武器にと言うには小さすぎるそれを、修道士は逆手にかまえ、左手に光の鎖を握る。
「女神様の力、恐縮ながらお借りします」
修道士はそう呟き肉薄してくる。
走る修道士の周囲に、光の矢尻が複数出現する。
光の矢尻は修道士と共に少年に迫る。
少年が短剣を避ければ、避けた方向に矢尻が飛んでくる。
短剣を弾こうとすれば、矢尻が先に着弾してタイミングをずらされる。
短剣と矢尻に翻弄される少年、更にそこに光の鎖まで加わるのだから、もうどうしようもない。
隙のない強力な攻撃に、少年の肉体は悲鳴を上げる。
刻まれた傷は激痛を呼び、動きが悪化する。そしてまた攻撃を喰らう。終わらないループに、少年の精神までもが擦り減る。
(このままじゃヤバい!)
少年の心は焦りに焦っていた。
だが、その焦りのせいで思考が単調になり、中々打開策が見つからないまま過ぎてゆく。
「この程度ですか」
修道士はつまらなそうに言い放ち、短剣で心臓をめがけて突きを放つ。
「悪魔は心臓を潰さないとですね」
修道士は勝ちを確信し、嘲る様な笑みを浮かべる。
だが、その笑みはすぐに驚愕の表情へと変わった。
少年が想定の位置よりも少し後ろに居たのだ。
それにより傷が浅くなり、致命傷を避けている。
少年は固まっている修道士の腕を掴む。
「なんだか知らねえが、ミスってくれてありがとよ」
少年はもう片方の空いた手で拳を作り、修道士を本気で殴る。
修道士は吹き飛ばされるが、よろけながらも転びはしなかった。
修道士の右手から大量の血液が溢れる。
少年は拳で殴りつけるのと同時に、掴んだ手を破壊していたのだった。
少年は地面に落ちた短剣を拾う。
修道士はそれを痛みに耐えた表情で睨んでいた。
「貴方如きが、その聖なる短剣を握るな!」
修道士は激昂する。
「じゃあ手離すなよ」
少年は短剣を手で弄りながら、修道士を挑発する。
修道士は挑発に乗って真っ直ぐ突っ走ってくる。
少年に飛び蹴りを放つ修道士だが、少年はすぐに短剣を投げ捨ててそれを受け止める。
少年に足を掴まれてしまった為、修道士は体勢を崩し、倒れてしまう。
その隙を見逃すはずも無く、少年は修道士の足を破壊し、すぐさま頭を掴んで地面に叩きつける。何度も叩きつける。
修道士は光の矢尻を生み出して抵抗しようとするが、頭を掴まれている為、視界が塞がれて矢尻は的外れの方向へと飛んでゆく。
「どうだ?今どんな気持ちだ?」
少年はぐったりとしている修道士にそう問いかける。
しかし、返答は無く、ただ呻いているだけだった。
「そうかそうか。言葉も出ない程悔しいのか」
少年はにこやかに笑いながらそう言う。
「じゃあ死ね」
だが、急に無表情になって言い、破壊しようと手に魔力を込める。
「!?」
だが、後方から放たれた、魂から恐怖する様な殺気によって止められた。
少年はすぐさま後ろを向き、警戒する。
何も見えない新月の暗闇に、蒼い炎の球がポッと現れる。
炎はゆらゆらと揺らめいている。
更に、もう一つ炎が現れて、二つの炎が宙に揺らめく。
炎はごく小さな範囲を照らす。
コツ、コツ、と足音が響く。
炎に照らされ現れたのは一人の少女。
特徴的な服を身に纏い、頭には狐の耳が生えている。
尻尾をゆっくりと振り、少年を冷たい目で見つめる。
「こんばんは」
凛とした声が響く。
少女は無防備な状態で歩いている。
「ッ…」
少年は未だ放たれている重圧に冷や汗を流す。
少女から放たれるのは、まるで怪物の様な絶対的な圧。
巨大で強靭で威厳のある殺気は、少年の魂を縮みあがらせる。
少年の危機感は、赤いランプを灯しており、今にも逃げ出してしまいたいと悲鳴をあげている。
だが、今逃げたら殺されると言う事が本能的にわかってしまい、逃げるに逃げれない。
「その方は?」
少女が抑揚の無い声で倒れる修道士の事を聞く。
「コイツは俺がやったんだよ…!」
少年は虚勢を張る様に本当の事を伝える。
少女は少し考えた後、口を開く。
「何故?」
少女は必要な事だけを淡々と問いかける。
「俺を悪魔だとか言って襲ってきたからだよ」
「成程。じゃあ、なんで魂が二つあるの?」
少年は、少女の意味不明な質問に首を傾げる。
だが、急に胸に激痛が走る。
心臓が破裂する様な痛みに、少年はのたうち回る。
少女は少年に近寄り、腰に差した刀を抜き放つ。
霞む視界の中、少女が刀を振り上げるのが見えた…
少年の意識は、闇へと消えてゆく。
――――――――――――――――
少年を逃した後、ネールナルは後処理に追われていた。
亡くなった兵士や信者、未だ暴れる信者の残党、血で塗れた裁判所。
城内を東奔西走し、気がつけば日もすっかり落ちてしまっていた。
新月の暗闇で、ここぞとばかりに瞬く星々を眺めていると、何やら街が騒がしい。
ネールナルがそちらに目をやると、光の魔法が放たれていた。
まるで星の様にも見えるそれは、何かに目掛けて放たれていた。
ネールナルは嫌な予感に駆られ、すぐに街へと繰り出した。
先の争いで傷が痛むが、それよりも民が大切だと己を奮い立たせ、魔法を使って全速力で走る。
大通りに出ると、騒ぎの現場がネールナルの目に入る。
倒れる人とその近くにへたり込む人、そして、何かを振り上げる人が居た。
遠くからではよくわからないが、あまり良く無い事が起きているのは定かだろう。
近づけば近づく程、悪い情報が目に飛び込んでくる。
血に塗れた石畳、頭の無い死体、悲鳴を上げる民。
どうやら、騒ぎの中心に少年が居るらしく、ネールナルは激しい不安に駆られる。
「少年!?何故戻ってきたんだ!」
遠くから叫ぶと、刀を振り上げた少女がこちらに視線をやる。
その瞬間、ネールナルの体中から汗が吹き出す。
近づいてはならない。本能が警鐘を鳴らす。
ネールナルはその場で立ち竦む。指の一本も動かせない。
少女は少年に向き直り、その刀を少年に振り下ろす。
少年は両断され、前のめりに倒れる。傷口から溢れる血が、地面を赤く染めた…
筈だった。
気がつけば少年は無傷で立ち上がり、その身体に黒いオーラを纏わせる。
「!?確かに斬ったよな?」
少女は少女らしからぬ口調で動揺を露わにする。
ネールナルも、今起きた事象を全く理解できていない。
『我は全テをハ壊スル者』
少年の口から、おどろおどろしい声色で言葉が出る。
その言葉には憎悪と怒りが詰まっていた。
「コレはまじいな…」
少女はそう呟くと、浮かばしていた蒼い炎の球を刀に纏わせ、その身にも蒼炎を纏わせる。
少女は少年に肉薄し、刀を振り下ろす。
少年は刀を破壊しようとするが、破壊のオーラが蒼炎によって燃やされてしまう。
『!?』
動揺した少年を蒼炎を纏った刀が襲う。
綺麗な袈裟斬り。普通であれば致命傷になる。
だが、何故か傷は浅く、致命傷には至らなかった。
少女はその事に驚きはしたが、すぐに切り替えて追撃に向かう。
少年が破壊のオーラを放つが、少女は蒼炎の球をぶつけて相殺し、少年に斬りかかろうとする。
しかしその時、少年の右腕から膨大な量の破壊のオーラが溢れる。
下段から逆袈裟の軌道で少年を襲う刀と、少年のオーラを纏った拳が衝突する。
激しい衝撃波にネールナルは顔を手で覆って耐える。
衝撃波が治まり、ネールナルが顔を上げるとそこには、拳を握って残心する少年と、右腕の無い少女が立っていた。
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