十一話 街の危機
街の近くの森の中、冷気を放つ氷塊にピシピシと音を立てながらヒビが入る。
一瞬、氷塊の中で黒い閃光が瞬く。
すると、氷が一瞬にして砕け散り、中から少年が現れる。
少年は冷えて震える身体を起こして座り込む。
少年の心は完全に空っぽになっており、空を眺めて呆けている。
「どうしようか…何も無い…この世界に未練も無い…」
若くして拠り所を無くし、若くして目標を無くした。
そんな今の少年には、全くと言って良い程やる気が無かった。
「あぁ、ミュア。あんなに血を流して…」
その時、少年の中で何かが壊れた。
それは理性か。倫理観か。
脳裏に浮かぶあの惨状。
少年はハッとし、地面に手をついて立ちあがろうとする。
その途端、周囲の物に亀裂が入り、壊れてしまった。
パラパラと音を立てて破片が降り注ぐ。
「そ〜だ!女神を壊しちまうか!」
少年は頬まで裂けるような狂気的な笑みを浮かべる。
「ミュアの仇…俺の仇?いやいや、ただやりたいからだ。やっちまおう。殺しちまおう。信者は皆殺しだぁ」
少年は日が暮れて影の差した森の中を、悪魔の様な笑い声をあげて街へ歩を進めた。
―――――――――――――――――
「ふわぁぁ…」
斜陽が差す街門を見張る衛兵が、日中の疲れからか欠伸を一つする。
「おい、欠伸するなぁぁ…」
それを指摘した衛兵もつられて欠伸が出てしまう。
そろそろ日も落ち、夜番と交代の時間帯なので気が緩む。
早く交代出来ないかとそわそわしていると、街の前方の森から人が一人現れる。
かなり遠くてよく見えないが、衛兵の二人は念のため警戒する事にした。
槍を構え、キリリと口端を結ぶ。
人影は徐々に近づく。それに伴い日は徐々に落ち、青黒い色の時間帯になった。
「止まれ!」
衛兵がその人影に命令する。
だが、ふらりふらりと身体を揺らして歩くばかりで、一向に止まる気配は無い。
「止まれ!それ以上近づけば逮捕するぞ!」
その警告に、人影は足を止める。
やれやれと言った様に衛兵二人は人影に近づく。
「何者かだけ確認させてくれ…」
衛兵のその言葉に、人影は顔を上げて見せる。
暗闇で朧げに浮かぶその顔は、悪魔の様な禍々しく恐ろしい顔であった。
「っ!?」
衛兵はあまりの驚きに声にならない悲鳴を上げる。
人影は衛兵に肉薄し、衛兵の顔を掴む。
その途端、衛兵の頭は音を立てて破裂してしまった。
盛大に飛び散る血液。
人影ともう一人の衛兵は身体を真っ赤に染める。
「ヒィッ!」
情け無い声を上げる衛兵。その目には、月光に照らされて返り血にも構わず笑う少年の姿が映っていた。
「最っ高だぁぁ…」
少年は恍惚とした表情で空を見上げる。
そして、衛兵に眼をやる。
その瞳はまるで、好物を目の前にした子供の様な無邪気な瞳であった。
湿った音を立てて倒れる骸。
少年は手についた血液を舐める。
少年の足元には衛兵であったものが二つ転がっていた。
「楽しいなぁ楽しいなぁ。次は誰かなぁ」
少年は光に誘われる蛾のように街へ入っていった。
目の前に真っ直ぐ伸びる大通り。そこに構える店はどれも明るく、賑やかな声が響いていた。
少年は手始めに目の前の店に入る。
そこは居酒屋の様で、仕事終わりの人達がジョッキを片手に楽しんでいた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
入店すると、女性の店員が接客をしに来る。
しかし、様子のおかしい少年に店員は怪訝な顔をして顔を覗き込む様な仕草をする。
「あの、大丈夫ですか…」
しかし、店員の心配も余所に、少年は店員の首に向かって手を伸ばす。
「グッ!ぐぅぅぅ…」
店員は呻き声をあげながらジタバタと抵抗するが、次の瞬間に血を飛び散らせて倒れてしまった。
店内に響く悲鳴。
動揺して身体が硬直している男に、少年は手を伸ばす。
だが、男は我に返ってその手を避ける。
「あ?」
少年はその事に腹を立てたのか、額に青筋が浮かび、凄まじい形相で男を睨む。
乱暴に男を蹴り飛ばし、倒れた男の顔面を馬乗りになって殴る。
鈍い打撃音が辺りに響くが、次第に湿った音を立て始める。
気がつけば、男の顔は見るも無惨な姿になってしまった。
「うげ、気持ち悪」
少年は汚物を見る様な眼でそれを眺め、すぐに壊してしまった。
気がつけば店内に残った客や従業員は誰一人居らず、少年は面白く無さそうな表情で店を出る。
すると外には、鎧を身に纏った兵士の群れがあった。
「貴様!即刻逮捕する!」
兵士の一人が少年に怒号を飛ばす。
「クフフッ…」
その言葉に少年は可笑しそうに笑う。
兵士は少年の手を掴み、縄で拘束しようとする。
その時、パンッと小さな破裂音が響く。
気が付かずに懐に手を入れれば、あった筈の感覚が無く、手があった場所を見る。
そこには、手首から先の無い腕が血を滴らせてあった。
「っ!?」
兵士は悲鳴をあげようとする。
しかしそれは叶わず、代わりに兵士が倒れる音が街に響く。
目の前にある想定外の光景を目の当たりにした兵士、その兵士は今日あった出来事を思い出す。
街を包んだ邪悪な気配。破壊された家。裁判所に押しかけた女神の信者達…
「あ…悪魔だ…」
兵士は思わず呟く。
少年は首をぐりんと回してその兵士を見る。
少年の口はみるみる裂けていき、今までで一番不気味な笑みを浮かべる。
「不正か〜い」
少年は無邪気にそう声をあげ、流れるような動作で兵士の頬を両手で包む。
「残念」
少年はそう言い、兵士を破壊する。
「う〜ん。飽きたなぁ」
頭を無くして転がる死体を眺め、少年はつまらなそうにする。
そして、考える様な素振りをした後、答えが見つかったのか、生き生きとした表現を浮かべる。
「ふふっ。試してみよ」
少年は残った兵士に近寄る。
兵士は震える手で槍を構え、突きを放つ。
しかし、少年は顔を傾けて避け、槍を掴んで破壊してしまった。
無防備になった兵士にゆっくりと歩いて近寄り、兵士の足を踏みつける。
すると、兵士の身体が落ちる。
足元に目をやれば、足首から先が消えている。
あまりの衝撃的な出来事に、バランスを崩して尻餅をつく。
「どう?どんな気分?」
少年は好奇心に満ちた表情で兵士に話しかける。
しかし、兵士はそれどころでなく、無くなった足を呆然と眺めている。
その反応をつまらなく思ったのか、今度は兵士の腕に触れる。
案の定、兵士の腕は膝から先が消える。
支えが無くなり、仰向けに倒れる兵士。
短くなった腕を眺め、乾いた笑いをあげる。
「ん〜?壊れちまったのかなぁ?」
少年は、壊れた様に引き攣った笑みを浮かべる衛兵を、興味深く見つめる。
そして、衛兵の腹に手を置き、破壊する。
衛兵は臓物を撒き散らして倒れる。
少年は衛兵の腹におもむろに手を突っ込み、中を漁って何かを取り出す。
手には、未だ鼓動を続ける心臓が握られていた。
大きな口を開け、心臓にかぶりつく。
口の端から血液が溢れるのも気にせず、心臓を貪り食った。
それを側から見ていた衛兵の頭の中には、人の心臓を生贄に召喚された悪魔が思い浮かんでいた。
まるで、子供の頃に読んでもらった童話の中の邪悪な悪魔そのものの少年。
無邪気に人を殺し、心臓を貪る。
その有様に、衛兵は恐怖を覚える。
「た…助け」
衛兵が助けを呼ぼうとした瞬間、少年に向かって光の鎖が打ち付けられる。
少年は間一髪で避けたが、鎖の当たった地面は、くっきりと抉れていた。
暗闇を塗りつぶす様な光を放って現れたのは、修道着を身に纏った糸目の男だった。
手には先程の鎖が握られており、自立しているかの様に一人でに動いている。
「また現れたのですか。悪魔はこの世に居てはいけない存在なのですよ」
丁寧で、ゾッとする様な淡々とした声で言い放ち、鎖を操って少年に向かって振るう。
「そうか!悪魔か!じゃあお前は天使か?」
少年は飛んでくる鎖を避け、修道士に肉薄しようとする。
だが、不規則な鎖の軌道を見誤り、唸る鎖に弾かれてしまう。
吹き飛ばされ、転びそうになる体制を立て直し、足を必死に前へと動かす。
手を伸ばし、修道士を破壊しようとするが、器用に鎖を操って手に巻きつけられ、見た目によらぬ怪力で振り回される。
家屋にぶつかり、地面に打ち付けられ、空中で鎖が解ける。
身動きの取れない空中は格好の的であり、光の十字架が少年に向かって飛んでくる。
少年は身体を回転させてそれを避けながら、当たりそうな十字架を破壊し尽くした。
着地した少年に対し、修道士は拍手を送る。
「凄い身のこなしですね。では、これはどうですか」
修道士は腰に携帯していた分厚い本を開く。
本のページから光が溢れ、一人でにページが捲れる。
「覚悟してください」
修道士は真剣な眼差しでそう言い放ったのだった。
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