十話 追放
地面に染みついた血。
その上に倒れるボロ切れと化した肉塊。
悍ましい光景を前に、シスターが祈りを捧げる。
「ああ…女神様。悪魔を討ち滅ぼしました私に、どうか報いを…」
後ろの信者達も皆手を握り合わせて祈りを捧げる。
すると、何やら正面から気配がする。
シスターが顔を上げて目をやるが、そこには倒れた少年が居るだけで何も無い。
「!?」
突然、少年の後ろの空間が裂ける。
邪悪な気配を放った裂け目が、徐々に広がる。
やがて、人一人分が立って通れる程度になる。
そして、その裂け目から人の足が出てくる。
その足は地面を捉え、一歩を踏み出す。
邪悪な空間から現れたのは、一人の少女。心身喪失になった筈のミュアだった。
しかし、その瞳には生気が無い。
「誰です?もしや貴方が悪魔…?」
シスターは、突然禍々しい気配を纏って現れたミュアを敵視し、臨戦態勢に入る。
しかし、そんな事も知ってか知らずか、ミュアは兄を見下ろしている。
「お兄ちゃん…」
抑揚のない言葉を呟き、少年の傍らにしゃがみ込む。
少年の胸に手をかざし、何かをボソッと唱えると、ミュアの手のひらから邪悪な魔力が放出される。
「なっ!?」
シスターは、その直後に起こった出来事に驚愕の声を上げる。
なんと、少年の身体がたちまち治っていく。
まるで逆再生の様に飛び散った血や肉が放物線を描いて少年の身体を埋める。
そんな光景を見ていたシスターだが、コレはまずいと思ったのか、勢いよく飛び出す。
落ちている剣を拾い、ミュアを突き刺す。
ミュアは何の反応も無く貫かれ、力なくグッタリとしている。
剣を引き抜けば、ミュアはドサリと倒れ、地面に血溜まりを作る。
「悪魔は血筋諸共死すべしよ」
恐ろしい顔でそう呟いたシスターは、少年の方に向き直り、剣の切先を少年に向け、突き刺そうとする。
だが、それは叶わなかった。
突然、剣が切先から壊れていったのだ。
シスターは異変に気がつき、すぐに手を離したのだが、後一歩遅ければ確実に腕まで壊れていただろう。
「コレは…一体!?」
シスターは少年を見下ろしながら先程の事象に戦慄する。
塵と化した剣が風に乗って消えてゆく。
それを合図に、少年がピクリと動き、不気味に立ち上がる。
『壊す壊す壊す壊す壊す…』
少年とは似ても似つかない、心の底から恐怖を湧き立てる恐ろしい声でひたすら呟く少年。
その姿を見た信者達は、恐れ慄いて我先にと逃げ出す。
「待て!貴様等狂信者どもめ!牢に放ってやる!」
そこに駆けつけた兵士達が、信者達を片っ端から捕らえる。
先程の少年に対する狂気とは真逆の反応で、兵士に怯え、捕まらない様に動くのが精一杯の様だ。
それでも訓練をした兵士には叶わず、すぐに捕まってしまった。
「何故?こんな筈では…」
少年を滅ぼすと言う本来の目的も達成出来ず、それどころか信者が根こそぎ捕まってしまう始末。
そんな現状にシスターは頭を抱えて現実逃避をするかの様にボソボソと正当化の言葉を唱える。
そして、ふと気がついたかの様に顔を上げ、少年を見る。
「今やれば全てが達成される」
魔法を唱え、手のひらの上に光の矢尻を生み出す。
「コレで良いのです。救われるのです」
シスターは立ち尽くす少年に近寄り、その矢尻を勢いよく突き刺す。
…だが、それはネールナルの手によって阻まれた。
魔法を使って最短の距離をごく小さな音のみを立てて移動し、少年に夢中になったシスターの腹部を貫く。
魔法によって強化された剣は、シスターの肉を抉って血飛沫を撒き散らす。
「…死なば…諸共…」
シスターは死の間際にその矢尻をネールナルに突き刺そうとする。
勿論そんな事をさせる訳もなく、激痛によってゆっくりと振り下ろされる腕を切り落とし、胴体を両断する。
上半身と下半身に分かれたシスターは、憎悪の篭った瞳で少年を睨みつけながら地に倒れ伏す。
「ハァ、ハァ、何だったんです…?」
未だに理解の出来ない出来事に、ネールナルは頭の中を必死に整理する。
「ディース君…無事か…!?」
ネールナルが少年の安否を確認しようとするとそこには、必死に身体に力を込め、衝動を抑え込む少年。
その額には脂汗が浮かび、身体からチラチラと破壊のオーラが漏れ出している。
このままでは、少年の心は爆発してしまう。
少年の歪んだ表情がそれを表していた。
またしても大切な人が死に、その加害者はこの世には居ない。
とめどない怒りをどうすれば良いのだろうか。
ネールナルが少年の手をこれ以上汚させないよう、必死に思案を巡らせていると、視界の端に二つの遺体が映る。
兵士とは違い、鎧を纏っていない遺体。
ボロボロな布切れが血を吸って赤く染まっている。
身体中に傷があり、本来ではあり得ない方向に関節が曲がっている二つの女性の遺体。
(まずい…あれをディース君が見てしまえば…国すらも危うい)
ネールナルは、剣を握って少年に近寄る。
決して遺体を見せない様、身体で隠しながら。
そして、悶える少年を見下ろす。
「すまないディース君。氷魔法•チルドカプセル」
ネールナルは少年を一瞬で凍らせる。
急速に冷えた事によって白くなった氷の中で、少年の魔法が氷を破壊しているのがボンヤリと見える。
それを見て胸を撫で下ろしたネールナルは、次の行動に移る。
少年の足元で体勢を低くして剣を構える。
「痛烈なる凍て風よ、かの者を巨大な烈渦をもって、骸と化したまえ。氷風魔法•ハーゲルヴィントホーゼ」
淡々と詠唱を唱え、魔法を放つと、今までネールナルが放った旋風とは比べ物にならない程に巨大で冷たい竜巻が少年を天高く巻き上げる。
氷漬けにされた少年はやがて上昇を止め、落下に転じる。
ネールナルは裁判所の屋根に乗り、またボソボソと魔法の詠唱を唱える。
「氷風魔法•フリーズガスト」
剣を上段から思い切り振り下ろせば、北風の様な突風が少年を凄まじい力で吹き飛ばす。
少年は国を超えた向こうの森へと消えていった。
「ハァ、久しぶりに放ったが…恐ろしいものだな」
魔力がほぼ枯渇し、重い身体を屋根の上に放り、空を見上げる。
空は今までの悲劇も無かったかのように純粋で透き通っていた。
「強く生きなさい。ディース君」
壮大な世界へと旅立つ少年に、励ましの言葉を送る。
その言葉が伝わっていようがいまいが、関係ない。
少年はこれから幾万の苦難に見舞われる。
だが、救ってやる事は出来ない。これまでも、これからも。
ただ、言葉ならばいくらでもかけてやれる。
ネールナルは重い身体を起こし、屋根に空いた穴から裁判所だった場所に帰っていった。
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濃霧の立ち込める森の中、一人の少女が何かを探して歩く。
ふと、少女が飛び退くと、今さっき少女が立っていた地面から巨大な蛇が大きな顎門を開けて飛び出してきた。
開いた口だけで少女の背丈を越すほどで、この顎に捉えられればひとたまりも無いだろう。
少女は腰に差した刀に手を添える。
巨大な蛇の噛みつきをまるでそこに来るのが分かっていたかの様に自然に避ける。
その動きはまるで道ゆく人を避ける様。
蛇は土煙を上げながら着地し、少女を睨む。
少女の余裕な動きが癪に障ったのか、少女を喰らわんと先程よりも速い動きで突進する。
しかし、少女は立ち止まり、蛇を何の気も無しに見ている。
手を添えた刀は鯉口が切られており、キンッと高い音を鳴らして納刀する。
すると、蛇が突然微塵に斬られ、慣性のままに少女を置いて吹き飛んでゆく。
「今日は蛇料理か…」
少女は残念そうに呟き、蛇の残骸を物色した後、濃霧の中に消えていった。
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