一話 最悪な日々
新作です!
少しダークな部分や胸糞があるのでご注意下さい。
鈍い生々しい音が辺りに響く。
ボロボロの小屋で、男が何かを殴りつけている。
「クソっ!クソっ!クソォ!」
声を荒らげ殴る。
「ハァ、ハァ、ハァ」
男は息を上げ、もう気が済んだのかボロ雑巾の様なソレを投げ捨て、小屋から出てゆく。
「ゥ…ゥ…」
声にならない呻き声を上げ、痛む身体を抱え込む様に丸くなる。
ソレ…少年は、涙を零しながら歯を強く噛み締める。
「うぅ…妹だけは…守る…」
少年の見つめる先には、小屋の隅で震えている少女が居た。
「おにーちゃ…」
少女は少年の元にふらつきながら駆け寄る。
「ごめんなぁ…にいちゃんが…弱いから」
少年は力なく笑う。
その目には染み付く様な闇が広がっていた。
「お前の…ミュアの心は優しいなぁ」
少年はそう呟いた後に、痛む身体を奮い立たせて立ち上がる。
心配そうに見つめる少女。
少年は小屋の隅に敷いたボロ布の上に倒れ込み、動かなくなってしまった。
「おにーちゃ…」
ミュアは泣きそうな顔で駆け寄り、少年の腹に手を置く。
呼吸はしており、ただ寝ているだけの様だ。
少女は安心し、兄に寄り添って眠りについた。
翌朝、ミュアが目覚めると兄がいない。
何処にいるのかと辺りを見回すが、何処にも見当たらない。
心配になり外に出てみると、兄が遠くから駆けてきた。
「ミュア、どうした!?」
少年はパンを抱えており、どうやら食糧を取りに行ったようだ。
「おにーちゃん、良かったぁ…」
ミュアは胸を撫で下ろし、ヘタリと座り込む。
「こんな所で座り込むな!ほら、早く中に入るんだ」
兄はミュアを小屋に押し込む様にして入れる。
小屋の隅っこにミュア達は座り込み、兄が取ってきたパンを分け合って食べる。
会話も無く、黙々と食べる二人。
パンを千切る音と咀嚼音だけが響いた。
二人はパンを食べ終え、一息つく。
「さっきな、パンを盗みに行った時にコレ拾ったんだよ」
少年は手に握りしめていた物をミュアに見せる。
「この石、綺麗だろ?スラムじゃこんな綺麗な物見た事ないからな。ミュアにあげるよ」
少年がミュアの掌に一つの石を乗せる。
その石は薄い緑色で、内部が淡く光っている様に見えた。
ミュアの表情が明るくなる。
「ありがと!おにーちゃん!」
ミュアは大切そうに石を見つめ、床の窪みに隠した。
先程も出てきた通り、此処はスラム街だ。
金の無い者が此処で生活をしているのだが、勿論仕事も金も無く、物乞いや盗みでなんとか生活している状況だ。
治安も悪く、質の悪い酒や薬、殺人や虐待までもが横行していた。
彼等の父親はミュア達を賭けに負けたストレス発散の為に使っていた。
何とか手に入れた泡銭も父親に奪い取られ、一瞬で溶けていったのだ。
「おにーちゃん。あのお話しして」
ミュアは兄に御伽噺をせがむ。
少年の張り詰めた顔が優しい表情に変わる。
「昔々、ある所に一人の少年が居ました…」
その少年は駆け出しの冒険者で、次々と難しい依頼をこなしていきます。
ある日少年は旅立つ事にしました。
西の国、東の国、北の国、南の国…沢山の国で依頼をこなし、いつしか優秀な冒険者になっていました。
少年はより強い人を求め、世界を飛び回ります。
ある日、少年の前に魔王が現れます。
魔王は言いました。
「私と戦いたくば、城に来なさい」
少年は魔王を追いかけて城に行きます。
魔王と戦った少年ですが、魔王に敗れ、仲間も失ってしまいます。
少年は仲間の仇を討つため、始まりの地に舞い戻りました。
始まりの地で悪さをする魔王と戦います。
しかし、少年はまたも敗れてしまいます。
敗れてしまった少年ですが、少年の中に宿る優しい女神が力を分けてくれました。
女神となった少年は魔王を滅ぼし、世界に平和をもたらしました。
「お終い」
物語を話し終えると、ミュアは上機嫌に笑う。
「女神様凄い!私の所にも来ないかなぁ」
この物語は女神を信仰する教会の作った話だ。
六百七十年前に実際にあった話なのだが、本気で信じているのは熱狂的な信者か幼い子供だけだろう。
「女神様が来ると良いな」
少し寂しさを孕んだ瞳で少年は言う。
「おにーちゃん?」
「いや、なんでもな…」
その時、小屋の入り口に人影が見えた。
「よ〜お。元気かぁ?あ?」
突然、父親が大声で言葉を放ちながら帰ってきたのだ。
父親は明らかに泥酔しており、いつ機嫌が悪くなるかわからない状況だ。
「げ…元気です」
「そぉ〜かぁ!元気かぁ!」
今日は珍しく機嫌が良いようだ。
少年の肩を叩いてゲラゲラ笑っている。
「ほら、飯だ。食え」
父親は珍しく食べ物を持って来た。
食べ物と言っても、泥の付いた食べかけの干し肉だったが。
「あ、ありがとうございます…」
「…」
干し肉には白い綿毛の様な物がついており、明らかに食べれる様な見た目では無かった。
少年とミュアは恐る恐る干し肉を手に取り、父親の機嫌を損ねないように口に含んだ。
口に入れた瞬間に、腐った様な香りとカビ臭さが襲って来た。
「うっ…」
「まじゅい…」
思わず身体が反応してしまった。
その反応を見て、突然父親の態度が豹変した。
「あ?お前ら父親の出した物を不味いって言うのか!」
父親はそう言いながら拳を振り上げ、ミュアを殴ろうとする。
「やめて!」
兄が声を上げ、父親の手が止まる。
「ミュアは身体が弱いんだ…だから…だから俺を殴ってよ…」
偽物の笑みを浮かべた兄。
震えながら兄は提案をした。
父親に殴られる恐怖に怯えているその目には、妹を守る覚悟が宿っていた。
「男の覚悟だからなぁ…わかった。代わりにお前を殴る」
父親が了承し、少年の顔には僅かな安堵が見える。
「だが、その分殴る回数は増えるぜ」
その顔は再び恐怖に呑み込まれたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
今回二作目である程度慣れてきましたが、それでも素人なので粗があるかも知れません。語彙力も無いですが、暖かい目で見てくれるとありがたいです。
誤字脱字などがありましたら教えて頂ければ幸いです。
評価や感想などもお待ちしてます。