第五話 目醒め
ナイフを右手に持ち替えて、怯える少年を見据える─────
「コイツを殺せば····解放してくれるのか?」
俺の言葉に、リーダーの男が頷く。
「信用できない、証拠が欲しい」
再度頷いたリーダーが、手に持っていたライフルのマガジンを外して地面に突き刺す。
マガジンが柔らかい地面に埋め込まれて見えなくなったのを見た他の兵達もリーダー倣って、同じ様にライフルを降ろす。
どうせ他にも武器は隠し持っているのだろうが、手榴弾は使わないだろうし、拳銃を突きつけられているが、連射できない拳銃なら《軌道操作》で軌道を逸らせるので怖くない·····。
黙り込んだ俺の前に、兵士が捕縛した少年を膝まづかせる。
右手のマチェットを握り締める·····。
「ほら、早くやっちまえよ」
「そうだぜぇ?何怖がってんだよ」
兵士達が、愉悦の表情を浮かべて騒ぎ立てる。
長く殺し合いをしてきたので、当然人殺しには慣れている。
····たが、子供を刺し殺すのはさすがにくるものがある。
やるしかない····生きるためには。
俺はマチェットを思いっきり振りかぶった·····
·····。
·····できない。
「おいおいどうした?死にたくないだろ?」
兵の1人が嬲る様に野次を飛ばすが、ナイフを握った右手は動かない。
「ガキ一人殺れないのかぁ!?」
野次を飛ばしたつり目の男が、懐から拳銃を取り出して弾を確認し始めた。
リーダーの男に許可を得たらしく、銃をこちらに向けたつり目の男に返答する。
「俺は子供は殺さないって今決めたんだ」
静かに目を閉じる····。
たとえ俺が今この少年の代わりに死んでも、意味は無いだろう。
どっちかの命を助けるなんて約束はしていないし、奴らの性格上、仁義を尊ぶとは思えない。
····でも俺は子供を殺さない。
少年の為じゃない、俺の為だ。
「そうか、じゃぁー仕方ないな····」
死ぬのは痛いのだろうか····。
はたしてこの戦争に参加したのは正しかったのか。
·····俺は何故戦争に参加したんだ?
混乱と血と死体の中で····いつの間にか忘れてしまったのかもしれない。
命の取り合いの最中で余計な事を考えてる暇などないから·····。
すぐ右で、銃声が弾けた─────
「·····ん?」
死んでない·····俺は生きている。
ゆっくりと目を開けると、心臓を撃ち抜かれて痙攣している少年がいた─────
少年は自分の胸から流れ出る血を眺めながら、泣くのも忘れていたが、やがてピクリと動いたきり····死んだ。
·····は?
小さな──気味の悪い、歪んだ笑みが────ザワザワと拡がっていく────。
「アハハハハハッッ!!」
「ヒャハハハァァァッァァァァーー!」
倒木に、焚き木の前に····地面の上に····
·····悪魔が居た。
「貴様あァ゛ァァァァァァ!!」
煮えたぎった頭から強い感情が漏れる。
半ば無意識の内に、全身の縄は切り終えていた。
意識が切り替わる─────
感情も気持ちも·····全ては殺す為に···
後ろの男が動くのが手に取るように分かる。
····ほら、動いた。
集中だ·····集中·····。
意識の中の一瞬を終えた時、後ろで銃声が聴こえる····。
「〝軌道操作〟」
銃声が聴こえるよりも先に避けると同時に振り返って銃弾を見据える。
運がいい、旧式の拳銃だ。
速度が他より遅いので楽に操れる·····
極度の集中に、景色の動きが遅くなる。
放たれた銃弾が緩やかなカーブを描いて、拳銃を構えるリーダーの男の額を貫く─────。
集中しろ·····集中だ!
未だかつて、銃弾を直角に曲げたことなど無い。
·····だが、やる。
景色がどんどん狭まり、視覚からの情報が、入っては消え、入っては消えていく。
二人目のこめかみを貫き、三人目の後頭部を、四人目の頭を、五人目の黒を·····
········頭を·····頭を·····。
目から血が垂れて、頭の中で何かがガツガツと割れる程に跳ね回っている。
これ程までに心臓の存在を実感したのは産まれてからこのかた一度もなかった。
視覚が消えた─────
ただただ、白い光が辺りを埋めている。
とっくのとうに音などは聞こえてこない。
集中だ·····集中·····。
自分の何かが塗り変わっていく·····。
黒くて白くて····強大で、心地好い·····。
手の中の何かを握った瞬間、世界が変わった。
血の涙が1滴、落ち葉を弾く。
九つの死体と一つの心····合わせて10人を生贄にして·····この血濡れた戦場に·····
真の悪魔が産声を上げた──────