第三話 只獨
崖の上に照準を漂わせて、意識を少し狭める。
1分──2分────·····
降り止んだ雨水が銃口に入らないように気を配った瞬間····背後から引き攣った笑い声が聞こえた。
「調子はどうだ?ジャップ」
脳が理解するより先に、ナイフを押し当てられた喉仏から発生した、ヒヤリとした感触が全身に伝わる。
「バードウォッチングでもしていたのかい?·····ご苦労なこった」
背後を取られた─────
未だかつて無い程の冷や汗が背中を流れる。
ゾクリとした感覚が身体中の鳥肌を立たせ、頭の芯の温度が急激に下がっていく。
·····負けた、敗けた。
強烈な恐怖と焦燥感に、世界が塗り変わる。
────死──死?
周囲の警戒は一度も怠らなかった·····。
銃口の水に意識を少し傾けた瞬間を狙われた。
·····力量の差だ。
背後の男のハンドジェスチャーを合図に、周りに潜伏していた兵達が茂みをかき分けて近づいてきた。
7人程の兵が、ナイフを突きつけられている俺を見て驚いている。
これだけの人数が近くにいたなら気が付かない筈がない·····かなり離れた場所に潜伏していた様だ。
恐らく、俺がいる事を知らされずに待機させられていたのだろう。
合図を受けて動き出したら、敵(俺)を捕まえたリーダーがいた·····と言った所か。
「どうしたんだリーダー!?そんな獲物·····」
予想通り、俺にナイフを押し当てているのがリーダーの様だ。
なら声をかけたのは副リーダーだろう。
「ここで捌くのか?」
副リーダーらしき男の一言に、周りの兵達が歪んだ愉悦の笑みを浮かべるのが気配で分かった。
「いーや、こいつはあれだ···お持ち帰りってやつだ」
リーダーの男は、喉のナイフを外すと同時に素早く拳銃を俺の頭に押し当てた。
不味い事になったな。
拷問されながら死ぬくらいならここで自爆するしかない·····
そう思ったが、手榴弾が入った肩のポケットに手を伸ばす前に、羽交い締めにされて口を布切れで塞がれた····。
最悪の状態だ·····
薄れゆく意識の中で必死に考えるが、なんの解決策も浮かばない。
焦りを抱えたまま、だんだんと視界から光が減ってゆく
沈む·····沈む·····
ついさっきまで身を寄せていた大木の枝から落ちた10個の大きな水滴が落ち葉を弾くのを最後に·····
意識は途絶えた──────