第一話 エレガントバレット
長い長い白レンガの廊下を進む
施設の性質の故か、自分達の足音以外に音は聞こえない
やがて案内人は、1つの大きな扉の前で止まった
「分かってると思うが収容者との接触は禁止。何か物を与えるのも御法度だ。」
「分かってるよ····開けてくれ」
案内人が首から下げたカードをかざすと、扉は静かに横に開いた。
そしてもうひとつの扉が目に入ってくる。
二重扉だ。
何度来てもここの雰囲気には馴れない。
案内人がポケットから出した鍵で二つ目の扉を開けるのを横目で見ながらこの狭い空間で息を整える。
二つ目の扉が開く
中は分厚い特殊ガラスによって二つに分けられている
そのガラスの向こうで、椅子に座りこちらを見ている男に話しかける。
「やぁバレット、元気かい?」
問いかけられた男が鬱陶しげに口を開く
「これが元気に見えるならお前が精神科医に診てもらった方が良いぞ。」
それだけ言うと、髭だらけの口を蛤の様にとじた。
おちくぼんだ目に、伸びっぱなしの髪と髭。
とてもまともな会話になるとは思えないが、それをどうにかするのが私の仕事だ。
「さて、いつも通りの検査だ。」
気を取り直してガラスに向かって喋りかける
返事は無いが気にしない。
いつもの事だ。
「それじゃバレット·····どうした?」
顔を上げると、男がこちらに向かって手を上げていた。
彼を検査したことは何度かあるが、いつもは面倒くさそうに頷くだけだった。
再び男が口を開く
「俺はバレットじゃない···甲雅優楽だ。」
今私はきっと物凄く滑稽な顔をしているだろう。
今まで1度も中身のある言葉を吐かなかった男が急にとんでもないセリフを口にしたのだ。
ハッと我に返り、急いで手帳に記録する。
メモ帳に書いた名前の漢字が合ってる事を確認してからカウンセリングを始める
聞きたい事はいくらでもあるが、ここで深入りすると台無しになるかもしれない。
今後も良好な関係を築きたいならせっつかないのが基本だ。
「さて、話を戻そう」
検査は滞りなく進んだ。
「体の怠さはあるかね?」
「ない」
「気力は?」
「ない」
「よし、これで今日の検査は終わりだ。」
服を正して席を立とうとすると、バレット····もとい古雅 優雅が口を開いた。
「いつここから出られるそろそろ不味い。」
「·····なるほど」
いつ出そうか·····精神的に問題は無いしたまには外に出した方が気分も良くなるだろう。
「考えておくよ」
近いうちに···と言おうとした口を閉じる。
バレットの様子がおかしい。
まるで何かを堪える様で、今すぐ吐きそうな顔をしている。
「早く帰れ···」
男が床に倒れる
「おい、どうしたバレット!····おい!」
慌ててガラスの壁に走り寄る
バレットは、もがき苦しんでいた。
口から泡を吐いていて、かなり悪い状態だ。
「看守!看守!」
「呼ばなくていい····」
看守を呼ぼうとした私は弱々しい声に止められた。
呼ばなくていい·····死のうとしているのか?
それだけはダメだ。
まだ聞いていない事が多すぎる。
「諦めるな!死んだら終わりだぞ!」
「違う···死なない···からもう帰って···くれ。」
なにを言っている?
明らかに危篤状態じゃないか!
精神状態もおかしいのか?
くそっ、精神科医が狂人を作り出してどうする!
「頼む···明日来てくれ···話す···から····今日は···ダメだ」
「しっかりしろ!·····看守ッ!!」
大声で怒鳴るも、ここが防音室という事を思い出す。
仕方なく、防犯カメラに向かって大きく手を振る。
「死なないから···早く····帰れ···」
必死に私に懇願するバレットを無視してカメラに手を振る
「·····」
「おーい、カメラ!見えてるだろ、早く収容者を!」
その時プッツリと視界が暗転して────
────私は命を落とした。