オジサンと靴下
ある寒い冬の日のことです。
大きな街の端っこに、家が一軒、建っていました。
そこには、オジサンがひとりで住んでいて、家の中は物でいっぱい。
今日もオジサンは、さがしものをしています。
「ああ寒い。毛糸の靴下はどこかな。」
靴下の引き出しには、ありませんでした。
パジャマの引き出し、タオルの引き出し、パンツの引き出しまで、ぜんぶの引き出しを開けても、見つかりません。
「しかたがない。他の靴下を履こう。」
と、靴下の引き出しを開けました。
すると…毛糸の靴下がありました。
「あれ。さっきはなかったのに。
…もしかすると、妖怪のしわざかな。」
オジサンは、靴下だけでなく色々なものをなくしていました。
鍵…
時計…
メガネ…
リモコン…
携帯電話…
いつも無くなっては、思いもよらない場所で見つかります。
こんなに、いつも、おかしなことが起きるってことは、やっぱりうちには物を隠す妖怪がいるんだと、オジサンは思いました。
ひとりぼっちだったオジサンは、ちょっと嬉しくなって妖怪に名前をつけることにしました。
「そうだな…靴下を隠す妖怪だから、クツシタカクシだ」
名前をつけると、オジサンは、クツシタカクシに会いたくなりました。
「さて、どうしたら会えるかな」
オジサンは、街の探しもの名人に相談しました。
探しもの名人は言いました
「それは、あなた、クツシタカクシに隠されて、後から見つかったものを、どんどん捨てていけばいいのよ。隠すものを探してさまよっているところをつかまえなさい。」
オジサンは言われた通り、テレビのリモコンが隠されればテレビのリモコンを。携帯電話を隠されれば携帯電話を捨てました。
隠すものをとことん無くしてやろうと、
途中で読むのをやめてしまっていた本も捨てました。
子供の頃に運動会でもらった銀メダルも捨てました。
友達からお土産にもらった変な置物も捨てました。
3回しか使わなかったパン焼き器も捨てました。
そうやって一つ一つ捨てて行くうちに、家の中にたくさんあった物は、ほとんどなくなってしまいました。
電気を使うものは6個だけになりました。
リモコンのないエアコン
リモコンのないテレビ
リモコンのないゲーム機
冷蔵庫
電子レンジ
炊飯器
食事に使うものも6個だけになりました。
お皿
コップ
お茶碗
お箸
スプーン
フォーク
それから敷布団と掛け布団が一枚ずつ。
服は、今着ているものと、靴が一足だけ。
靴下は全部なくなってしまって、オジサンは裸足で寒くてたまりません。
小さくて、なくなりそうなのに、なくならなかったのは、大事に首から下げていた、家の鍵と財布だけです。
「おのれクツシタカクシめ。
まさか、ここまで恐ろしい妖怪だったとは思わなかったぞ。ボクはもう怒ったぞ。」
オジサンは、大事なものをたくさんたくさん捨ててしまったので、クツシタカクシに本当に怒っていました。
でも、良いこともありました。
クツシタカクシに何かを隠されることが、なくなったのです。
どんなに物を隠すのが上手なクツシタカクシでも、電気を使う大きなモノや、いつも身につけている服や、首からかけているようなものまで隠したりはできないようでした。
「ボクはこの時を待っていたんだ。
あとは、ボクが首からかけている、この家の鍵か財布を部屋の真ん中に置いて、クツシタカクシが隠しに来たところを見つけて捕まえてやるぞ。
家の鍵と、財布のどっちを使おうかな。
う〜ん。財布がないと、何にも買えなくなってしまうから、家の鍵にしよう。」
オジサンは、目をギラギラさせながら、物がなくなって広くなった部屋の真ん中に、家の鍵を置きました。
そして、1時間待ちました。
2時間待ちました。
5時間待ちました。
10時間待ちました。
15時間待ちました。
オジサンは、眠ってしまいました。
オジサンが目を覚ました時、部屋の真ん中にあった鍵はなくなっていました。
「もうボクは、ものすごく怒ったぞ。
次は、この財布を使って、今度こそクツシタカクシをつかまえてやる。
でも、怒ったら何だか、お腹がすいてきたな。
まずはご飯を食べてからにしよう。」
オジサンはご飯を食べに行くことにしました。
「あれれ。家の鍵がないから外に出たらだめかな。
でも、もう盗まれるようなものも何もないから大丈夫だね。」
そう言って、オジサンは鍵を開けたまま、食事に行きました。
そして、お腹がいっぱいになったオジサンは、家に戻ってきました。
「今度は、眠くなったら財布を首からかけて眠るようにしよう。」
1日目は、クツシタカクシは出てきませんでした。
2日目も、クツシタカクシは出てきませんでした。
3日目は、オジサンは寝たふりをして待っていました。
すると、カサカサと何かがこすれるような音がして、お風呂場のトビラの隙間から、何かが出てきました。
黒く、平たい蛇のような形でした。
頭は丸くなっていて、ゲンコツくらいの大きさでした。
平べったい体に2本の尻尾がついています。
オジサンはそれを見たことがありました。
「毛糸の靴下じゃないか。キミがクツシタカクシだったのか。」
履き口を折り返して、まとめられた靴下が、床を這いながら財布に向かっていたのです。
クツシタカクシは、財布にあと少しの所まで近付いた時に、財布に飛びかかりました。
寝たふりをしていたオジサンも一緒に飛びつきました。
オジサンは空中で、上手にクツシタカクシをつかまえました。そして、2つに分けました。
オジサンは裸足だったので、クツシタカクシを履きました。
「うん。やっぱり毛糸の靴下は、とてもあたたかい。」
オジサンは、この日からは、クツシタカクシに何かを隠されることはなくなりました。