04 Aクラス冒険者チームの脅威
私の森からガクレンの町までは、さほどの距離は離れていない。
一日だけ夜営して、翌日の昼には町に到着した。
ただ、人前でダークエルフだとバレては、余計なイザコザがあるかもしれないので、目深かにフードを被り、一目ではそうだと分からないようにしておく。
そうして、町にたどり着いた私達だけど、何やら賑わいを見せる町の様子に少し戸惑っていた。
はて……この人間達の浮かれて雰囲気は、いったい?
「なんでしょうか……僕達が黒狼の討伐依頼を受けた時には、もっと落ち着いた雰囲気だったんですけど……」
お祭りでもあるのかな?と、ルアンタも首を傾げる。
「あー、ちょっと話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
道行く町人らしき男性に声をかけ、この賑わいは何事かと尋ねてみた。
「ああ、そりゃあここから南にある森に住んでいた、『黒狼』って化け物が討ち取られたおかげさ!」
なにっ!? なんで、その話が……?
「長らく手が入って無かった、黒狼の森の開拓事業に関わって一儲けしようって連中と、そいつらの護衛やらで稼ぐために冒険者連中も集まって来て、この賑わいってわけだ」
なるほど、そういう事か。
私達は町人に礼を言うと、再び町の様子に目を向けた。
言われて見れば、商人や職人、さらには荒れ事に長けてそうな連中が、そこかしこにうろついている。
「先生が黒狼を倒したって話が、どこからか漏れたんでしょうか?」
「さて、どうでしょう……」
私が黒狼を倒したという話を知ってるのは、ルアンタだけだ。
そんな彼とも、ここ一月以上は一緒に過ごしたが、その間に私も含めて他人との接触は無かったはず。
「とにかく、もう少し詳しく話を知りたいですね」
「そうですね。道すがら町の人に話を聞いて、冒険者ギルドへ行ってみましょう」
◆
「……ここが冒険者ギルドですか」
口の中の肉の塊を咀嚼し終えてから、私は呟いた。
さらに、手にした葡萄酒を一口飲んで、肉の脂を胃に流し込む。
ふう、たまらん。
「……建物の中には、荒っぽい人達もいると思いますから、気を付けて行きましょう」
ルアンタも、様々な具材を乗せて焼いた薄焼きのパンを頬張りながら、注意を促してきた。
いや、買い食いを楽しんでいた訳ではないよ?
情報収集のために、色々な物を買ったほうがスムーズだからね。
「でも、こんなにごちそうになって良かったんですか?」
今、私達が食べている物の代金は、私が全て出していた。
自分も少しは持ち合わせがあると彼は申し出たんだけど、ここは師として、また大人として子供に払わせるのはどうかと思うのよ。
まぁ、私の持ってる金銭は、返り討ちにした冒険者から巻き上げた物だから、それほど気にする事もないんだけど。
とにかく、建物の前で購入した飲食物を平らげてから、私達は冒険者ギルドの扉をくぐった。
中に入ると、数人の武装した人間達がこちらにチラリと視線を送ってくる。
女と子供の二人連れということで、大概が見下したような目だ。
んー、なんだか前世で受けた、魔界での扱いを思い出すなぁ。
脳筋の兄弟達からそんな目で見られていたから、一部の配下からも私をそんな風に見下してたっけ。
「……カウンターで話を聞きましょう」
雰囲気の悪さを感じたのか、ルアンタが私の手を取って受付に向かおうとする。
そんな私達の前に、立ちふさがる影があった。
「おおっと、待ちなぁ。ここはガキの遊び場じゃねぇぞぉ?」
「そうだぜぇ。もっとも、お姉ちゃんの方は遊び相手になってやってもいいけどなぁ」
ニヤニヤしながら行く手を塞ぐ、戦士風の男が二人。
わ、わかりやすぅい。
なにこの連中?
そういう仕事でもやってるのかってぐらい、露骨に絡んできてる。
「生憎、口の臭い男と鼻毛が出ている男は好みじゃないんですよ」
軽くあしらうつもりで言い返すと、二人はギョッとした顔になった。
「え、うそ……俺って口が臭いの?」
「あ、うん、実は……って言うか、俺は鼻毛が出てたのか?」
「あー、なんかビローンって出てるわ。しかし、なんだよぅ……口臭がキツいなんて、ちゃんと言われなきゃわかんねぇよ」
「デリケートなんだよ、その辺の指摘は!俺の方こそ、鼻毛が出てるなら教えてくれよ」
「それこそ、言いづらいわ!お前、ただでさえ格好つけたがるのに」
両方、気づいてなかったのかい!あと、仲いいな君ら!
「……それで、これ以上私達に何かご用でも?」
「あ、いや……歯を磨いてから出直すわ」
「俺も、鼻毛とか整えてくる……」
豪胆そうな見かけで割りと繊細だったらしい彼らは、すんなりと道を譲ってくれた。
だが、しょんぼりした様子の戦士達が立ち去ろうとすると、別の方向からヤジが飛んでくる!
「おいおい、お前ら。そんなんで、うまい仕事にありつけると思ってんのか!」
「そうだぜ、今のギルドは冒険者の飽和状態なんだからよぉ!」
「新人やら後から来た奴に、譲ってやる席なんざありゃしねえんだぞ!」
「冒険者が……飽和状態?」
気になった言葉に、つい問い返すと、「その通り!」とまた別の方向から声をかけてくる者があった。
「うおっ!あ、あいつは!」
「間違いねぇ!Aクラスチーム『折れぬ魂』のリーダー、ザックだ!」
丁寧にその辺のモブ冒険者が解説してくれる。
ほう、彼が例のAクラス冒険者とやらか……。
なるほど、他の有象無象と違って、装備も整っているし、立ち振舞いも自信に溢れている。
しかし、目の前の彼と同等らしき奴等が、他にもいるようだけど……。
私が、頭ひとつ抜けてる連中に視線をやると、ザックと呼ばれた冒険者は「ほぅ……」と声を漏らした。
「なるほど、力量を見抜くくらいはできるようだ。俺以外の、Aクラスの存在に気づいくとは」
そう言われて、回りの連中がキョロキョロした後に声をあげた。
「ああっ!あの隅にいる男は、チーム『地獄の猟犬』のムドーだ!」
「お、おい!あっちには『不落』のギーヤンがいるぞ!」
それぞれ名前を呼ばれた奴等が、小さく笑ってみせる。
ふーん、まぁどのくらい凄いのかは知らないけど、周囲の驚きようからするとかなりの使い手なのだろう。
でも、ルアンタの武器の師に選ぶには値しないかな。
しかし、なんだろう……この連中、どこかで見た事があるような?
「女と子供ね……お前らの冒険者クラスは?」
小首を傾げる私を無視し、値踏みするようにこちらを見ながら、ザックとやらが尋ねてくる。
「クラスも何も、私達は冒険者ではありませんから」
「はぁ!?」
呆れたような声が周囲から漏れると、それは大きな笑い声に変わっていった。
「な、なんだよ!迷子かなんかか?」
「それとも、護衛冒険者の下働きでもさせてもらいに来たのかよ?」
「ガキと女じゃ、使い物にならねーよ!」
回りの連中がゲラゲラと笑う中、Aクラスの連中は心底うんざりとした表情になった。
「今、この町は黒狼が討たれた事で、森の開拓護衛の仕事で溢れてるんだがな、お前らみたいな食い詰め連中がノコノコ現れてキリがない」
「お前らみたいなのが、森のモンスターやらに襲われて、俺達の負担を増やされても困るんだよ」
「そういう事だ。せめてBクラス程度の実力がないなら、首を突っ込むんじゃねぇよ!」
いや、別に仕事を探しに来た訳じゃないんだけど。
私としては、あまりにも的はずれな指摘ばかりされて呆れるばかりだったが、ルアンタはそうではなかったらしい。
「先生を馬鹿にしないでください!」
「なんだぁ、ボウズ?先生?」
私とルアンタを姉弟と思っていたのだろう、ザックが怪訝そうな顔をした。
「先生こそ、黒狼を倒した張本人です!あなた達よりも、ずっと強いんですから!」
珍しく怒りを顕にするルアンタに、私は胸が熱くなる。
師を馬鹿にされたと思って怒るなんて……なんていい弟子なんだろう。
「ハハハ!馬鹿を言え!」
「黒狼を倒したのは、七大国から派遣された勇者達だよ!」
「えっ!?」
Aクラス冒険者の言葉に、ルアンタが驚きの声をあげる。
そして、私もまったく同感だった。
あの日……ルアンタを弟子に取ってから、配下の獣達に探索させて、森の外に誘導するように指示しておいた、各国の色物勇者達……。
奴等が、黒狼……つまりは、尾ひれが着きまくった空想上の私を、倒したと吹聴していたの?
「……証拠は有るのですか?」
「あん?……まぁ、確かに黒狼の死体は無かったよ。だが、奴の活動が無くなった事は間違いない」
そりゃ、ここの所ルアンタの修行に付きっきりだったからね!
「それに大国の威信も背負う国家公認の勇者が、つまらん嘘をつくハズもないからな」
あー、そういう意味では、確かに信用はあるのか。
ルアンタの話を聞くには、とんでもない連中ばかりだけど。
「まぁ、勇者達が殺らなかったら、今度こそ俺達が仕止めていただろうがな」
「ああ、黒狼といえど、さらに修行して装備も新たにした、今の俺達の敵ではない」
「ははっ、なんなら土下座して命乞いでもすれば、許してやったかもな」
ん……?こいつら、黒狼の事を知ってる?
あ!そうか!
何か見覚えがある気がしたのは、私が身ぐるみ剥いだ連中の内の何人かだったからか!
つまり、ダークエルフの女一人にやられたと言えなくて、話を盛りまくり、黒狼なんて架空のモンスターの話が生まれたのには、コイツらも一枚噛んでる訳ね……。
「はぁ……まさか、こんな奴等のせいで……」
「あ?何か言ったか、ねーちゃん?」
つい漏らした私の呟きを聞き、Aクラスの連中が睨みを効かしてくる。
「なんでもありませんよ。それより……」
「人に話しかける時は、顔くらい見せやがれ!」
そう言うが早いか、男は私が被っていたフードを跳ねあげた!
「おおっ!?」
「あれって、ダークエルフ!?」
フードの下から現れた、予想外であろう私の風貌に、周囲の人間達がざわめく。
だが、そんな中で一際高い悲鳴が室内に響いた!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
絹を裂くような絶叫!
その声の主は、目の前のAクラス冒険者達!
あまりの喧しさに、私が眼鏡の奥から軽く睨むと、『折れぬ魂』のザックは、心が折れたように股間を濡らして膝から崩れ落ちる!
「げえっ!あ、あのザックが失禁しながら失神したぁ!?」
「お、おい!『地獄の猟犬』のムドーが、部屋の隅でチワワみたいに震えてるぞ!?」
「ああっ!『不落』のギーヤンが、全裸土下座してるっ!?」
突然のAクラス達が見せた醜態に、ギルドの中は混乱の渦に巻き込まれていた。
いや、こいつらどれだけ私がトラウマになってるんだ?
「あ、あのダークエルフの女は何者だ!?」
「ザック達に、何をしやがったんだ!」
どうやら、彼等が混乱しているのは私のせいだと気づいたらしい何人かが、私の方を恐々と見ている。
ううん、今は別に何もしていないんだけど……。
そんな時、一人の老冒険者が前に歩み出てきた。
「むぅ、間違いない!あれこそ、伝説の『威圧首斬流』!」
「な、なにぃ!知っているのか?じい様!?」
「かつて達人達の間では、無駄な争いを避けるために、自らの覇気を相手に当てて、己の力量を知らしめたという。相手より力量が低ければ、首を斬られたような感覚を受けた事から、その名がついたそうな」
「そんな技が……だけど、俺達はなんともないぜ?」
「一流は一流を知る……相手の強さが分かるのも、強さのうちというからのぅ。ワシらでは、修行が足りんという事じゃ」
「な、なるほど……」
……なんか、もっともらしい事を言ってるけど、私は何もしていないからね?
こいつらが、勝手にビビっただけだからね?
とにかくAクラスがこんな状態になり、ざわめく他の冒険者達の収拾がつかなくなりそうになってきた。
騒ぎが大きくなっては、私達も困るんだが……。
いっそ、この場にいる全員を気絶させてしまおうか……と、そんな事を考え始めたその時!
「いったい、なんの騒ぎだ!?」
奥の部屋から、威厳のある髭の男が怒鳴りながら姿を現した。




