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04 私達、師弟になりました

           ◆◆◆


 なるほど……。

 ルアンタの話を聞き終えて、私は彼の事情を理解した。というか、私を殺したクーデターが起こってから十五年もたって動き出したあたり、ボウンズール()も魔界の掌握には手こずっていたみたいだな。

 だが、魔族が一枚岩となって攻めてきたのでは、確かに人間達は不利だろう。

 よくこの森に来る冒険者という連中も、私ひとりに手も足も出ないくらいだしね。


 しかし、彼……いや、『七勇者』とかいう彼等(・・)が討伐しに来た、この森の『黒狼』とはどんなモンスターなんだろう?

 生まれ変わってからずっとこの森に住み、今では森の主となってはいるけれど、そんな奴は見たことがない。

 もしかして、私の知らない間に魔界の手の者が侵入してきている……とか?

 だとすれば、私も安穏とはしていられない。

 よし、ルアンタからその辺りの詳しく話を聞いてみよう。


「……それで、貴方達が倒しに来た、『黒狼』とは何者なのですか?」

「え?あっ、はい!……こ、黒狼は正体がはっきりしていない、謎のモンスターです!」

「正体がはっきりしない……?」

「はい。襲われた冒険者は数多くいるんですが、みんな一様に口を閉ざして語ろうとしません。ですが、『倒した冒険者の身ぐるみ剥がして、全てを奪っていく』とか、『獣を従えた黒い人影』とか、そんな特徴だけはわかっています」


 ふむう……。

 獣を従えて冒険者を襲い、身ぐるみ剥がして持っていく……それってもしかして、私の事じゃない?

 えっ?森の外で私、そんな呼ばれ方してるの!?

 た、確かに、縄張りに入ってきた冒険者から略奪するのは、日課みたいな物だったけどさ。


 たぶん私にやられた冒険者達が、たかがダークエルフの女一人に成す術なく身ぐるみ剥がされたとは言えず、話をどんどん盛っていった。

 そうしてその内、『黒狼』なる架空のモンスターの話が生まれたんだろう。


 しかし、これはマズい。

 今までは、せいぜい冒険者のパーティ単位だった討伐者が、今度は国の代表とも言える、勇者一行になったのだ。

 ここで、彼等までやられたなんて話が広がったら(実際にはゴブリンにやられた訳だけど)、下手をすると軍を出して来るかもしれない。


 普段なら、魔物一匹ごときにと大きな動きはないと思う。

 しかし、今は魔族との軋轢もある状況だし、面子と戦意高揚のためにそうならないとも限らないわ。

 うう……さらに、謎のモンスター黒狼の正体が、麗しいダークエルフだなんて知れたら、まさかの十八禁な展開に巻き込まれる可能性が……はっ!

 その時、悩む私の脳裏に、素晴らしいアイデアが浮かび上がった!


「……申し訳ありません、ルアンタさん」

「え?」

 突然、謝罪の言葉を口にした私に、ルアンタ少年は戸惑いを見せる。

「貴方達が目的としていた、黒狼なるモンスターですが……私がすでに討伐していました!」

「ええっ!?」

 驚愕するルアンタの様子に、私は密かにほくそ笑んでいた。


 そう!

 私が黒狼を倒した事にして噂の正体を誤魔化し、尚且つ名声も得てしまえという、一石二鳥の作戦である!

 なんだか酷いマッチポンプな気もするけれど、独り歩きした私の噂を私が払拭するのだから、ある意味正しい。

 うん!絶対に正しい!


「…………」

 しかし、ルアンタはなんとも言えない顔で、私を見ている。

 ……やっぱり、無理があったかな?

 確かに、ついさっき出会ったばかりの奴が、手練れの冒険者でも手に負えなかったヤバいモンスターを、「すでに倒しましたよ、てへっ♥」なんて言ったところで、にわかには信じられないだろう。

 さらに疑われたら、どうやって取り繕おうかなどと思っていたら、ルアンタはガクリと膝から崩れ落ちた。


「ぼ……僕達がモタモタしてる間に、エリクシアさんが倒してしまったなんてっ!」

 あ、信じた。

 大丈夫かな、この子は。なんだか悪い奴に騙されそうで、ちょっと心配になってくるわ。


 しかし、愕然と膝をついて項垂れているルアンタの姿が、とても痛々しく、少しばかり罪悪感が沸いてくる。

 考えてみれば、勇者に抜擢されたのに、最初の一歩で躓いた訳だから、落ち込むのも無理はない。

 話を聞くに、ゴブリンに蹴散らされただけだし。


 なんだか申し訳なくなってきて、ともかく落ち込んでいる少年を慰めてあげようと、私はルアンタに声をかける。

「あー、ルアンタさ……」

「エリクシアさん!」

「はいっ!?」

 うおっ!急に大きな声で名前を呼ばれて、ビックリした!

 なんとか平静を装って返事を返したけど、どうしたっていうのかな……。


「どうか……どうか僕を、貴女の弟子にしていただけないでしょうか!」

 決意のこもった顔で、私を見上げたルアンタは、突然そんな頼み事をしてきた。……って、なんだって?


「弟子……ですか?私の?」

「はい!先程、ゴブリン達を一掃した腕前といい、黒狼を倒したという話といい、素晴らしい実力をお持ちと見受けました!」

「はあ……それはまぁ……」

「そ、それに……貴女のような……素敵な方に……」

 うん?

 ルアンタが何かを言っているようだけど、エルフの聴力を持ってしても、その小さな呟きは聞き取れなかった。

「と、とにかく!貴女ほどの強者を、僕は見たことがありません!ぜひ、弟子にしてください!」

 再び弟子入りしたいと告げると、彼は頭を地面に擦り付けて土下座してきた。


 うーん、参ったなぁ。

 弟子というからには、私の『エリクシア流魔闘術』を学びたいという事なのだろうけど、これはかなりの先天的な素養が必要になるのだ。

 最低限でも、極大級の魔法を使える程の魔力が無ければ……って、魔力持ってたわ、この子。

 だとすれば教える事は可能ね。しかし、人間にか……。

 まさかの展開に考え込んでいた時、再び私の脳裏にナイスなアイデアが浮かんだ!


 そうだ……今の私なら、ボウンズールと対等に戦える自信がある。

 そこに、私と同等の使い手が加われば、確実に勝てるんじゃないだろうか?

いや、勝てる!

そうなれば、あの異世界の書物達を回収する事ができたり、場合によっては城ごと奪って、これから流れ着いてくる物まで入手できるようになるかもしれない!

 やだ、素敵!

 素晴らしい未来の展望が開けた気がして、私は小躍りしたい気分になった。


 そんな未来へのキーパーソンである、ルアンタの様子をチラリとうかがうと、長考する私に不安になったのか、プルプルと小刻みに震えている。

 むむ、そんな弱気な事では困るな。


「……顔を上げなさい」

 そう声をかけると、おずおずと頭を上げて、潤んだ瞳で私を見てきた。

 その表情が、まるで「拾われてきたその日に、もう一度捨てられそうになった子犬」のようで、妙な哀れみを誘う。

 だが、ルアンタのそんな姿を見た瞬間、私は胸の奥から激しい庇護欲が沸き上がって来るのを感じた!


 男だった時にはほとんど感じた事の無い、この衝動……こ、これが母性本能というものなのかっ!?


 考えてみれば、彼は勇者という称号を背負ってしまっている以上、戦い続けなければならない。

 そして、このまま放っておいたら、高い確率ですぐに死んでしまうだろう。

 私を頼る、目の前のか弱い少年の末路を思うと、キュッと胸が締め付けられるような気持ちになった。


 ずっと一人だったが故に感じた事のなかったこの感情は、先程の計算とは別にしても、彼を弟子にしてあげなさいと私を駆り立てる。


「ルアンタさん……いえ、ルアンタ。私の教えは厳しいですよ。それでも、ついてこれますか?」

「はいっ!」

 あえてキツめに言ってみた私の言葉に、ルアンタは間髪入れずいい返事を返してきた。

 うん、いい返事!そして、めっちゃ可愛い!


 喜びが溢れる少年の笑顔があまりにも眩しく、私はにやけそうな顔を取り繕って平静を装うのに精一杯だ!

 ああ……必ず彼を一人前の男にしてあげよう……私は自分の我欲を叶えるのと平行して、固く心にそう誓っていた。


           ◆◆◆


 やった!弟子にしてもらえた!

 エリクシアさん……ううん、先生の許しを得た事に、僕は感動で全身が震える!


 さっき、先生が黒狼をすでに倒したという話を聞いて、愕然とした僕は、ずいぶんとみっともない姿を見せてしまっていた。

 その揚げ句、強引過ぎるくらいに弟子入りを希望するなんて、なんて図々しい奴と思われたかもしれない。

 でも、こんなにも形振り構わない気持ちになったのは、初めてだった。


 もちろん、先生の強さに感動したのもあったんだけど、一目見たあの時から……僕は彼女と離れたくないと、強烈に思ったんだ!


 顔を上げなさいと言われた時は、不安でかなり情けない顔をしていたと思う。

 先生はあまり感情を表に出さないクールな眼差しで、そんな僕を見下ろしていた。

 値踏みされている間は、本当に泣きそうで、さらにダメダメに映ったかもしれない。


 だから、「ついてこれますか?」と聞かれた時には、即座に返事をした!

 使命を全うするために、もっと強くなりたいという気持ちも、確かにあるんだけれど、先生と一緒にいられる……というそちらの喜びの方が大きかったのは、僕だけの秘密だ。


「さて……なんにしても、初めての弟子を歓迎するとしましょう。ひとまずは、私が寝床にしている場所に案内しますよ」

 そう言って、先生は着いてきなさいと僕を促す。

 初めての弟子……その言葉に少し頬が弛むのを覚えながら、僕は急いで荷物を集めると、先生の後に着いて歩き出した。


 ──獣道ですらない森の中を、先生は平然と進んでいく。

 そんな彼女を見失わないよう、着いていくのがやっとだった。

 時々、僕の方を振り返ってペースを合わせてくれる先生の優しさが、嬉しくもあり悔しくもある。

 それは(当たり前だけど)、僕が彼女の実力の足元にも及ばないと、思い知らされるからだ。


 でも……絶対に着いていってみせる!

 そして、いつか先生に一人前の男として認められたい!

 そんな、ささやかな野望を胸に抱いて、僕は一心不乱に彼女の背中を追っていった。


           ◆◆◆

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