03 かくして少年は勇者となる
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今から五年前……人間の世界は、魔王ボウンズールを名乗る王が率いる、魔族達からの宣戦を布告され、侵略が開始されました。
敵の力はとても強くて、いくつかの小国が瞬く間に滅ぼされてしまったんです。
事態を重く見た人間界にある七つの大国は、敵の首魁である魔王を討つために、各々の国から『勇者』を選抜して、魔界へ送り出す事になったのですが……。
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「ぼ、僕が……『七勇者』に選ばれた!?」
ある日、突然僕を呼び出した兄上は、苦々しい表情でそう告げた。
「……すまない。まさか、こんな事になるとは」
「どういう事ですか、お兄様!私の可愛い弟が、なぜそんな危険な任務につかなくてはならないのです!」
僕と一緒に兄上の話を聞いていた姉上が、抗議の声をあげる。それに対して、兄上は「俺も辛いんだ!」と机を叩いた。
「……ルアンタが、極大級の魔法を使える事が、王の耳に入ったらしい。それで、今回召集される、『七勇者』の一人としてこの子が指名されてしまったんだ」
「そんな……」
兄上と姉上が、悲痛な表情で言葉を失う。
それもそのはずで、僕は確かに極大級の強力な魔法が使える。
だけど、それは生まれつき高い魔力を持っているけど、魔力のコントロールが出来ないが故の副産物みたいな物だったからだ。
要するに、僕は極大魔法を一発撃てば、ほとんどの魔力を使い果たしてしまい、その後ろくに動くことも出来なくなってしまうのである。
いくら強い魔法が使えるからって、それでは長丁場に耐えられるはずが無い。
「で、でもどうして僕が極大級魔法を使えるなんて話が、王様の耳に入ったんだろう……」
我が家は七大王国のひとつ、ミルズィー国に仕える地方の中堅貴族だ。
王様と直接話す機会なんてそうそう無いし、中央の大貴族と違って権力闘争とも無縁だから、わざわざ売り込む必要も無い。
「……すまない。俺が、貴族の集まるパーティーで、めっちゃ弟自慢してしまったから……」
兄上!?
思わぬ話の出所に僕がビックリしていると、慌てた姉上が兄上に噛みついた!
「な、何をしてるんですか、お兄様!」
「軽率だったとは思ってる!だが、こんなに可愛くて優秀な弟を、自慢する事ができないはずが無いだろう!」
「っ……確かにっ!私もお茶会などでは、絶対に弟自慢をしてましたわ!」
えっ!? 姉上も!?
二人は感極まったように僕を挟んで抱き締めると、すりすり頬擦りをしてきた。
「すまない、ルアンタ!兄がお前を自慢してしまったばっかりに!」
「ごめんなさい、ルアンタ!姉である私が、守ってあげなければならないのにっ!」
ううん……愛が重い。
兄上も姉上も、万事この調子で僕を甘やかそうとする。
でも、二人とも悪気があってやっている訳じゃないし、僕だって二人が自慢してくれるような弟でありたいと思う。
だから僕は、この話を受けようと思うんだ。元から、拒否権は無いかもだけど。
「大丈夫です、兄上に姉上!僕は立派に『勇者』の役割を果たしてきます!」
一発しか使えなくても、極大魔法は極大魔法。戦力になるのは間違いない。
それに、他の国の『勇者』達から、魔力のコントロールなんかも教えてもらえるかもしれないもんね。
そうすれば、きっと一行の役に立てるはず!
そんな決意を込めて兄上達へ頷くと、再び感極まった二人は涙ながらに僕を抱き締めた。
「ルアンター!必ず生きて帰って来るんだぞ!お前に何かあったら、俺が魔王を殺してやるからなぁ!」
「そうよ、ルアンタ!『大きくなったらお姉ちゃんと結婚する』って約束を果たすためにも、絶対に帰って来るのよぉ!」
興奮常態の兄上達に無抵抗で撫で回されながら、僕はやっぱり二人の愛が重い……と少しだけ辟易していた。
◆
それから数日後、ミルズィー国の王都をスタート地点として集結した各国の代表、通称『七勇者』が各々の王からの命を受けて旅立つ事になった。
でも、やっぱり子供は僕ひとりだけで、他の国からはベテランの風格が漂う人達が任命されている。
よ、よし!この人達の足を引っ張らないように、頑張ろう!
とはいっても、いきなり魔界に乗り込むのは、ただの自殺と変わらない。
なので、まずは人間界で魔族に侵略されている場所を取り戻し、そこを足掛かりにしようという事で、話はまとまった。
それで、もっとも近い人間以外が支配する地域……黒狼とあだ名される主が巣食うという森へと、僕たちは足を踏み入れたのである。
だけど『勇者』に任命されたとはいえ、冒険者のように旅慣れていない僕達は、かなり疲れがたまっていた……。
そのせいもあってか、突然のゴブリン軍団の襲撃を受けて、僕たちは散々になってしまったんだ。
みんなとはぐれて、ひとり追われていた僕は、虎の子の極大魔法を使って、追ってくるゴブリンの一団を吹き飛ばす!
全部を倒す事はできなかったけれど、爆発に巻き込まれるのを免れたゴブリン達は、粉々になった仲間の肉片に夢中で貪りだす。
逃げるなら、今しかない!
だけど、魔力が切れて動けなくなった僕は、そんな余力も無かった。
やがて、仕留め損なったゴブリン達が邪悪な笑みを浮かべると、僕を目指して近付いてきた。
(もうダメだ……)
諦めかけて、兄上や姉上に心の中で謝っていた、その時!
僕の目の前に、空から女神が舞い降りてきたんだ。
地母神を思わせる褐色の肌に、月の光をまとめあげたような銀に輝く髪をなびかせて、フワリと降り立った彼女は、クールな表情ながらも優しく僕に声をかけると、敢然とゴブリンの群れに挑んでいく。
彼女に襲いかかるゴブリンを、まるで舞うように蹴散らしていく姿は、神話の英雄のように恐ろしいながらも美しくて、僕は胸のドキドキが止まらなかった。
あっという間にゴブリンを殲滅した彼女は、「エリクシア」と名乗って僕に手を伸ばしてきた。
僕はその手を……胸のドキドキが伝わらないように祈りながら、ソッと握り返す。
華奢で柔らかい手。
こんなにも優しい手なのに、まるで伝説の名刀みたいな切れ味で、ゴブリン達を切り裂いていた。
一体、どういう原理があったんだろう……そんな疑問を抱いたけれど、今はエリクシアさんの手を握れるトキメキで、頭がうまく回らなかった……。
それから僕はエリクシアさんに問われ、この森へと来た経緯の一切合切を話す。
ただ……さすがに本人を目の前にして、『女神様かと思った』とか『ドキドキしてる』なんて思った事は説明しなかった。というか、恥ずかしくて言えないよね、そんなこと。
でも……僕はもっと彼女の事が知りたい。
それだけは、強く思ったんだ。