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8/22

5歳~3

 この日、祖父と共にやってきたのは王都の東南に位置する港。

 初めて乗せてもらった飛竜は凄く気持ちよかったと同時に怖かった。

 馬のような鞍に乗るのだが、勿論車のようにシートベルトがあるわけではない。

 しかも飛ぶのは空。

 落ちたら即死もいいところである。

 その為、景色を堪能する余裕もなく、祖父の愛竜である“エリザベス”にしがみ付いていた。

 かなりの距離がある筈なのだが、飛竜に乗ればあっという間。

 とはいえ、どのぐらいだろうか、多分小一時間ぐらいは乗っていたかもしれない。

 曖昧な記憶はさて置き、フラフラとした足取りで漸く地面を踏みしめた。


「カルヴィー大丈夫かの?」

「う、うん……」


 大丈夫と言いたかったが、そういえば、前世では元々酷い乗り物酔い体質だったことを思い出した。

 地竜は大丈夫だったが、飛竜は駄目かもしれない。

 項垂れる私の背を祖父が困り顔で擦ってくれた。


「まだカルヴィーには早かったかもしれんな」

「おじいちゃん、ごめんね…」

「何を言っておるんじゃ。帰りは休憩しながら帰ろうかの」

「うん…」


 近くに居た人に水を頼んだのか、祖父がコップに入った水をくれた。

 それを飲んで漸く一息つく。


「よし…!おじいちゃん、もう大丈夫!」

「そうかい?なら、まずはシーシード家に挨拶に行こうかの」


 手を繋いでゆっくりとした足取りで向かったのは、海の直ぐ傍にある大きな屋敷。

 チラリと海を見れば、見事なエメラルドグリーンだった。

 綺麗な海に視線が向くが、今日は施設見学と顔見せ。

 海は後にしようと言い聞かせる。


「後で水竜も見せてもらおうのぅ」

「うん!」


 裏を返せば、後で海を見ても良い、という事だ。

 祖父の気遣いに頷いて。

 まずは祖父の用事を済ませることに。

 屋敷に向かうと、今日私達が来る事が判っていた為、執事らしき人達が出迎えてくれた。

 差しさわりの無いよう挨拶をしつつ、屋敷の中へ。

 所々に貝や海を連想させる調度品があって、海辺の貴族なのだと知れた。


「此方で少々お待ち下さい」


 案内されたのは立派な応接室。

 フカフカのソファーに座ると小さな身体が沈みこむぐらい柔らかい。

 出されたお茶を飲んでいると。


「ロンおじ様、ご無沙汰しております」

「やぁ、シェルジュ。元気そうじゃの」

「えぇ、私含め一族皆元気にしておりますよ。ロンおじ様もご壮健そうで何よりです」


 ドアを開けて入ってきたのは四十半ばの男性で。

 褐色の肌に金髪という出で立ちはこの国でも珍しいと思った。

 というのも、牧場近くの街ではまず見ないからである。

 もしかしたら外国の血かも知れない。


「此方が…?」

「おぉ、そうじゃ。孫のカルヴィーじゃよ」

「初めまして。カルヴィーと申します!」


 ペコリと挨拶すると、男性…シェルジュは片膝を付いて目線を合わせるように挨拶を返してくれた。

 握手も込みで。


「私はシェルジュ・シーシード。シーシード家現当主は父なのだが、実質施設を取り纏めているのは私でね。私だけでなく、私の兄弟や子、甥達も手伝ってくれているんだよ」

「そうなんですね!宜しくお願いします!」

「可愛らしいお孫さんですね」

「そうじゃろう?」


 お世辞でも褒められれば嬉しいもので。

 祖父共々笑みを零した。


「さて、ワシは少しこやつと話をするでな、カルヴィーは外で遊んで来なさい」

「いいの?」

「その代わり、屋敷の敷地からは出てはいかんよ」

「敷地からも海が見えるから、家の者に案内させよう」

「!!有り難う御座います!」


 言うが早いか直ぐに控えていた執事に声を掛けてくれた。

 直ぐに別の執事がやって来て、彼が案内してくれるようだ。


「カルヴィー、くれぐれも一人で海に近づいちゃならんよ」

「はーい」


 ご案内します、という執事の声に頷いて、手を振るシェルジュに振り返して部屋を出た。

 程なくして屋敷の外に出ると、大きな庭を突っ切って海が見えてきた。

 庭もどこか南国を思わせるような感じで、どこか異世界でも異国さを感じる。

 海に程近い位置にあるらしい此処には、直接海に出られるよう防波堤があった。


「近くで見ていいですか?」

「構いませんよ」


 優しげに後ろに控える執事に声を掛けて海に近づく。

 柵が無い為、少し怖々と縁に歩み寄る。

 水面からは約1mほど。

 水質は透き通るような透明で、ジッと見れば底まで見えそうだった。

 覗きこむと危ない為、水面を眺めるように立つ。


「綺麗だなぁ…」


 水平線、とまでは行かないが、水上に浮かぶ船や施設の一部だろう建物を一瞥し、青い空と青い海を眺めた。

 まだ初夏には早い季節なので、肌に当たる風もどこか心地よい。

 潮の香りを堪能しつつ、静かな時間を楽しんだ。

 そんな時だった。


「!!!?」


 ザバァッ…という音と共に視界が水色で覆われた。


「カルヴィー嬢ッ!!?」


 傍で待っていてくれた執事が悲鳴に近い声を発した。

 しかし私の耳には遠ざかる声でしかなく、それを遮るように水音と身体を覆う水圧に意識が持っていかれそうになる。

 ギュッと目を瞑って、必死にもがくが髪や服が邪魔でしかない。

 いつものように一つで髪を結い、オーバーオールならもっとマシだったかもしれない。

 だが今日は先日貰ったワンピースにブーツ、何より髪留めのバレッタを付けるのに髪を背中に流していた。

 サイドの髪を少し後ろで結っただけの髪型は、水の中ではある種凶器だ。

 視界が覆われ、もがく事しかできず息が限界に近づいてきた。


「ゴボッ…!(も、むり、)」


 死ぬ、と覚悟を決めたその時。

 自分の身体を掬い上げる何かが居た。

 でもそれを確認する前にとうとう私の意識はそこで途切れてしまったのだ。




 ふわふわとくすぐったい感触に意識が浮上する。

 ゆっくりと瞼を上げると、目の前に綺麗な青色が。

 それが誰かの瞳だと気づいてはっきりと意識が覚醒した。


「ッ!!?」

「あ、気がついたみたいだね。身体は大丈夫かな?」


 柔和な声色で青い眼を細めた。

 私は瞬きを繰り返し、そして、視線を彼から外す。

 此処が最初に通された応接室だという事に直ぐに気づいた。


「カルヴィー!大丈夫じゃったか!?」

「……おじいちゃん、」


 彼の横に祖父が屈みこむ。

 顔を見ると大分心配させたようだ。

 僅かに笑って大丈夫、と答えると安堵のため息が零れた。


「えっと、」


 身体を起こしながら口を開くと、彼は心得たように手を差し伸べて背を支えてくれた。

 私より幾分か年上だろう彼は微笑むように視線を合わせる。


「初めまして、カルヴィー嬢。俺はサーシェ・シーシード。宜しくね」

「あ、カルヴィーです。宜しくお願いします…!」


 ニコリと笑って自己紹介を受けて、慌てて頭を下げた。

 つまり、彼はシーシード家のご子息。

 しいては、事前に聞いていた“歳が近い末っ子”なのだろう。

 父親譲りの褐色の肌に金髪。

 襟足を伸ばした所謂ウルフカットのような髪型は良く似合っていた。


「俺が丁度ハーネストと一緒に水中を泳いでいた時に君が落ちてきたんだ」

「ハーネスト?」


 あ、もしかして、と続ければ。

 サーシェは目を細めるように微笑む。


「俺の愛竜」

「水竜?」

「そうだよ。会ってみる?君になら紹介するよ」


 思わず身を乗り出した。

 だってまだ水竜だけは見た事が無いのだ。

 地竜と飛竜は牧場に一杯いるけれども。


「会って見たい!」

「今からでもいいけど、本当に身体は大丈夫?一応引き上げた時に治癒魔法は掛けてもらったけど…」

「全然大丈夫!」


 実際に身体を動かすが特に問題は感じられなかった。

 起きた直後は少しダルさもあったものの、それは寝起きの時によくあるようなダルさで。

 決して不調というわけではなかった。

 しっかりと治癒魔法を掛けてもらったのだろうし、濡れたはずの衣服も身体もしっかりと乾いている。

 何の問題があろうか。


「おじいちゃん、サーシェ様の水竜見に行ってもいいよね!?」

「む…しかしじゃな…。まだ目を覚ましたばかりじゃというのに…」

「ロンおじ様、決してカルヴィー嬢に無茶な事はさせません。僕の育てたハーネストを見てもらいたいんです」


 私から祖父へ視線を変えてそうサーシェが説得すると。

 祖父は小さく嘆息した後、仕方ないのぅ、と頷いた。

 それについガッツポーズをする。


「見るだけじゃぞ?良いな?」

「はーい!」


 海に落ちて心配掛けたのは事実。

 あまり我侭を言うつもりはない。

 でも水竜は見たい。

 自然とワクワクしだした。

 それが顔にも出ていたのだろう、祖父は苦笑いを零し、サーシェはクスクスと笑っていた。


「さ、ご案内しましょうか。カルヴィー嬢、お手を」

「お、ぅ!?」


 思わず変な声が出た。

 サーシェがエスコートするように恭しく手を差し出したものだから。

 そんな令嬢のような扱いを受けたことなんて無いから戸惑うのも仕方ないだろう。

 手とサーシェの顔を見比べる私に、再度、お手を、と言われた。

 愛犬に対するお手、じゃないよなーと変な事を思い浮かべつつ。

 恐る恐るその手のひらに自身の手を乗せた。


「では失礼して、」

「へ、えぇっ!!!?」


 すると、徐にサーシェがその手を軸に私の身体を抱え上げたのだ。

 文字通り。

 勿論、肩に担ぎ上げるような野蛮なやり方ではない。

 片手で子供を抱くような格好だ。

 確かに私は歳相応の身体のサイズだし、サーシェはそんな私より頭二つ分ぐらい大きい。

 とはいえ、彼も子供と呼べる年のはず。

 子供が子供を抱え上げるなんて、と非常に反応に困った。

 拒否すべきなのか、大人しくしておくべきなのか。

 チラリと祖父を見ると苦笑いを浮かべているだけで、特に言及は無い。

 一方、彼の父であるシェルジュは額に手を当てるように項垂れていた。


「カルヴィー嬢は病み上がりですから。先ほども無茶はさせないと言ったでしょう」

「そ、そりゃぁ言ったけど……え、えぇ…?」

「では、ロンおじ様、父上、行ってまいりますね」


 ニコリと微笑んでサーシェは私を抱えたまま危なげの無い足取りで部屋を出て行く。

 勿論、部屋の扉を開けたのは何とも言えない顔をしている執事だ。


「えっと……サーシェ様?私自分で歩けますけど…」

「サーシェでいいよ。畏まられたくはないかなぁ。将来的に対等な立場になるんだし」

「……あー…うん?…いいのかな…?」


 一応サーシェって貴族だよね?という意味を込めて顔を見ると。

 見上げるように微笑まれた。

 その笑顔に少しう、と言葉を詰まらせると。


「本人が良いって言ってる以上、誰にも文句は言わせないから安心して」

「……えっと……判った。じゃぁ、サーシェって呼ぶ…」

「うん」


 ふわりと浮べた笑みは本当に嬉しそうだった。

 何がそんなに嬉しいのか不思議だったが、あえて問う事はせずこの話は終わらせた。


「ハーネストはサーシェが育てたの?」

「そうだよ。初めて卵からずっと育てた俺の相棒」

「いいなぁ。私も早く地竜か飛竜育ててみたい」

「まださせてもらえない?」

「そう。おじいちゃんがもう少し大きくなるまで駄目だって」


 知らず知らずの内に溜息が零れた。

 それにサーシェが笑う。


「大丈夫だよ。俺だってハーネストの卵を貰ったのは7歳になった時なんだ」

「そうなの?」

「うん。だから、カルヴィー嬢がもう少し大きくなったらきっとロンおじ様も卵をくれるよ」


 そう零すサーシェをジッと見て、うん?と一つの疑問が浮かんだ。


「ねぇ、サーシェ」

「何だい?」

「何で、サーシェはサーシェで私はカルヴィー嬢なの?カルヴィーでいいよ」


 可笑しくない?と怪訝そうな顔をすると。

 サーシェは面食らったように目を見開き、そして、ふ、と笑みを零す。


「それは駄目さ。レディを敬称抜きで呼ぶなんて、俺には出来ないよ」

「………そういうもん?」

「そうだね。勿論そう考えない貴族も居ると思うけどね」

「へー…貴族って大変だねぇ」

「あはは、貴族の子息より、貴族の令嬢達の方が大変じゃないかな」


 笑いながらそう説明されて、ふと、前世での記憶を手繰り寄せる。

 貴族令嬢が主人公の漫画や小説を読んだ事があった。

 その中で描かれていた彼女達は確かに色々と大変そうだった気がする。

 正直、牧場主の孫という一庶民に生まれてよかったとさえ思う程には。


「良かった、私唯の庶民で」


 ついそう零したのだが、その言葉にサーシェは否定する事も肯定する事もなかった。

 ただ、曖昧な笑みを浮かべるだけで直ぐに視線を前方へと移す。


「あ、海が見えてきたね」


 屋敷から出ると、直ぐに広々とした庭がある。

 そこを突っ切って、海へと移動する。


「サーシェ、そろそろ降りるよ」

「そうだね」


 後少しで海、という所でそう声を掛けると。

 サーシェは直ぐに地面に降ろしてくれた。

 ゆっくりと優しい仕草で。


「もう大丈夫だとは思うけど、一応手を繋ごうか」

「うん?判った」


 そうサーシェに言われて手を繋ぐ。

 確かに一度海に落ちた身だし、安全を期すのは仕方ないだろう。

 同じ子供とはいえ、サーシェは10歳。

 5歳の私にしてみれば十分頼りになる存在だ。


「ハーネストを呼ぼう」

「水竜って基本的に海の中に居るの?」

「そうだよ。悠々自適に泳いでいて、必要な時に呼ぶんだ」

「へー」


 防波堤を少し歩いて、桟橋が見えてきた。

 その先まで進むと、サーシェが海に向かってハーネストの名を呼ぶ。

 それで聞こえるのかな、と少々不審に思っていたら、水面の下、揺ら揺らと影が見えた。

 ジッと見ているとキラキラと鱗が光るのが見えて、目を奪われる。


「さぁ来たよ」


 ゆっくりと浮上してきた水竜、ハーネストは静かに水面に顔を出した。

 地竜がひょうたん型で愛嬌のある顔立ち、飛竜が首長なひょうたん型で羽のある竜なら、水竜はいわば蛇型と言うべきか、胴の長い竜だった。

 手足は短く、尻尾が長い。

 ハーネストはキラキラと光に反射し虹色に光るような鱗を持っていた。

 水竜はこういう色合いが多いのだろうか。

 それをサーシェに聞いてみると。


「そうだね…。地竜や飛竜に比べたら水色や銀色みたいな薄い色合いが多いかもしれないね」

「なるほど。綺麗だね」

「有り難う。僕のハーネストみたいに鱗が虹色というのは珍しいんだ。過去にも居たみたいだけど今はハーネストぐらいだね」

「じゃぁ、サーシェは凄いね」


 つい自然にそう告げたら。

 サーシェは瞬きを数回して小首を傾げた。

 至極不思議そうに。


「だって、そんな珍しいハーネストが最初に育てた水竜なんでしょ?凄い当たり引いてるじゃん」

「…そういう考え方もあるのか」


 ふむ、と少し考えてサーシェは笑った。

 面白い考えだと。


「個人的にね。竜の卵って生まれるまでどんな竜か判らないでしょ?だからある意味、そういう綺麗な子を引き当てたのはサーシェの才能だと思うよ」


 種族の差はあれど、卵から生まれる各個体は、生まれてくるまで色合いや個性がわからない。

 だから、世界に一匹だけのような珍しい個体を愛竜として孵したのはひとえにサーシェの運や才能なのだと思う。

 勿論水竜を沢山管理する施設なのだから、数打ちゃ当たる、というのもあるかもしれない。

 それでも、初めての卵でハーネストのような個体が生まれたのは奇跡ではなかろうか。

 それを引き当てたのだ、サーシェはもっと誇っていいと思う。


「有り難う。君からの言葉、誇っておくよ」

「いやいやそんな大袈裟な!」


 何言ってるの、とサーシェを見れば、凄い慈愛に満ちた視線を向けられてた。

 なまじっか男前だと10歳という年齢でもドキッとしてしまう。

 誤魔化すように視線をハーネストに向けた。


「ねぇ、触れる?」

「構わないよ。ハーネスト、カルヴィー嬢だ。ご挨拶を」


 そうサーシェが促すと、ハーネストは恭しく頭を下げてきた。

 手を伸ばせば触れれるほどの距離まで縮まる。


「カルヴィーだよ。宜しくね、ハーネスト」


 鼻の上辺りを撫でた。

 ハーネストは大きく、体長だけでみれば地竜や飛竜より断然デカイ。

 相対して顔も大きいから小さい私ぐらいならパクリとやられそうだ。

 やられたくはないけれど。


「鱗がすべすべしてる。やっぱり手触りも違うね、…って、サーシェ?どうしたの?」


 地竜や飛竜の鱗と比べて滑り気のような実際に滑っているわけではないのだが、多分水中での抵抗をなくすためだろう、かなり滑々する手触りだった。

 そんな感想を告げながらサーシェを見ると。

 少し驚いたような顔をしていて。

 小首を傾げる。


「私なんか変なこと言った?」

「いや、……そう言うわけじゃないよ……ただ、」

「ただ?」


 その表情のまま、今度はハーネストへ視線を向けた。


「ハーネストが自分の顔を触らせるなんて…滅多に無いんだ。特に今日会ったばかりの人になんて絶対に触らせないよ」

「…そうなの?」


 至って普通に触ってしまったが。

 食べられたらどうしようとか考えていたが、もしかしなくても、結構凄い事をしてしまったか。

 私もついハーネストへ視線を動かすと。


「ハーネスト?どうしたんだい?」

「??」


 ハーネストは少し頭を持ち上げて自分の胴を擦りだした。

 しいて言うなら動物が毛繕いをするような感じで。

 二人で不思議そうに見ていたら終わったのかハーネストがまた顔を寄せてきた。

 そして。


「え、」


 グイグイと鼻先を寄せてくる。

 なんだ、と思って両手を差し出すと。

 そこにぽい、と薄っぺらい何かを落とされた。

 それが鱗だなんて誰が思おうか。


「これって…鱗?ハーネストの?」


 私の小さな手のひらぐらいサイズ。

 光に反射して虹色にキラキラ輝いていた。

 丸い形ではなく少し涙のような貝殻のような形。

 綺麗な鱗だった。


「もしかして私にくれるとか?」


 驚きのままそう訊ねると、ハーネストはコクリと頷いた。

 マジか。

 口をあんぐりと開けて驚いていると、サーシェも吃驚なのか二の句が告げないでいた。


「凄い綺麗な鱗だね!大事にする!有り難う!!」


 私はそんなサーシェを他所に、ハーネストから直接鱗が貰えた事が嬉しくて嬉々として礼を述べた。

 大体竜にしろ魔物にしろ動物にしろ、主人以外に何かを渡すというのはかなり珍しい上に、主人とは別に認めた、と言われているようなもの。

 これを喜ばずして何を喜べというのか。

 大事に鱗を撫でて、バッグに入っていたハンカチを取り出して丁寧に包み込む。

 失くさないよう、割らないようにバッグに入れた。


「水竜の鱗って加工できるんだよね?」

「…え?…あ、あぁ、うん、そうだよ」


 サーシェに声を掛けると、彼ははっとしたように慌てて視線を向けてきた。

 水竜の鱗は綺麗で加工にも使える。

 カルヴィーもそれは知っていた。

 だから、折角ハーネストに貰ったのだから、何かしら加工したいと思ったのだ。


「あ、そうだ。良かったら僕に加工させてもらえないかな?」

「サーシェ、鱗加工も出来るの?」

「まだ勉強中だけど、絶対に良い物を作るよ。約束する」


 どこか真剣に、必死そうに言われれば頷かないわけにはいかない。

 何より素人がやるより鱗加工に覚えがある人がする方がきっと良い物が出来るだろうから。


「判った。じゃぁサーシェにお願いする。私が気に入るような物作って」

「うん、有り難う。頑張るよ」


 バッグに仕舞ったばかりの、ハンカチに包まれた鱗を取り出す。

 そしてハンカチごと彼に渡した。


「因みに私、あんまりアクセサリーとか付けないからね。派手なのは無し。畑仕事してても失くさないようなのにしてね!」

「……行き成り凄いプレッシャーだね…!?」


 思わず、あは、と笑った。

 怒涛のリクエストにサーシェが頬を引き攣らせて、それが苦笑いに変わる。


「きっと、カルヴィー嬢が気に入る物を作るよ。ずっと身に着けてもらえるようにね」

「期待してる」


 にこりと笑ってサーシェの言葉に頷いた。

 綺麗な鱗だから、きっと素敵な何かに生まれ変わるだろう。

 最後にこんな素敵なプレゼントをくれたハーネストにもう一度礼を述べた。


「また私に会ってくれる?」


 滅多に此方へは来ないが、次また来た時に。

 ハーネストが姿を見せてくれたら良いなとそう思って。

 すると、ハーネストがいいよ、と言わんばかりにスルリと顔を寄せてきた。


「やれやれ、どうやらハーネストは君を気に入ったみたいだね」


 その言葉に今度は私が面食らって、そして、顔を綻ばせる。

 気難しく、気に入らない相手は背にも乗せない、という水竜だ。

 そんな水竜のハーネストに気に入られたら嬉しいに決まってる。


「有り難う!またね!」


 そう言って。

 名残惜しげに手を振って、祖父の待つ屋敷へと踵を返した。

 勿論来た時同様サーシェがまた抱えたのは言うまでも無く。

 それを一応は断ったのに何だかんだと理由をつけて抱え上げられた。


「鱗の加工が終わったら牧場まで持って行くよ」

「ホント?え、遠いけど大丈夫?」

「ウチにも飛竜は居るから大丈夫だよ。待ってて」

「判った。楽しみにしてる」


 別れ際にそんな会話を交わして。

 これまた来た時同様、飛竜のエリザベスに乗って牧場へと戻ったのだった。

 因みに、行きと違って何度も休憩したのは言うまでも無い。



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