3歳~3
ローレスへの餌付けが成功して約一ヶ月。
私の中で、あの一件は見事に“餌付け行為”だったなと思ったわけで。
何故なら、アレから牧場へ来る頻度が上がったからだ。
始めの頃など、三日と空けずに来ててよほど暇なのかなと思っていたがどうやら違ったらしい。
やっぱり貴族っぽいローレスは、毎日色々と勉強があるらしく、その息抜き代わりに牧場へ来ていたようだ。
しかし、あまりに抜け出す為、周囲の目が厳しくなったようで、今では週一が限界とのことだ。
少ししょんぼりと肩を落としていたのが気の毒に思えるほど。
その為、毎回帰り際に手作りのお菓子をお土産代わりに持たせている。
それでまた一週間頑張れ、という気持ちを込めて。
そんな訳で、畑や動物達の世話を手伝いつつ、ローレスが来たら相手して。
すっかりこの世界にも馴染んできたんじゃなかろうかと思っていた所。
祖父が牧場の外へ買い物に連れて行ってくれるという。
そういえば、病院から戻ってきてから牧場の外へは出てないことに気づいた。
森や川へ釣りには行ったが、他人の接したのはリューとローレスのみ。
全然不便に感じてなかったからすっかり忘れていた。
「お前ももう今の生活に慣れたじゃろう。そろそろ街へ出てみようと思うての」
「わー!楽しみ~!」
祖父の言葉に子供らしく答えた。
確かに楽しみではある。
この世界の街がどんなものなのか。
牧場がいかにもな感じだから、街も似たようなものなのだろうか。
とはいえ、此処は王都と呼ばれる大きな街だ。
それなりに人も沢山住んでるし、物流も盛んだろう。
「まずはこの牧場と関係のある店を回ろうかのぅ」
「うん!動物屋さんとか道具屋さん見たい!」
「何じゃ、よく知っとるのぅ。そういえば、その二軒にはお前と同じぐらいの子が居る。仲良くすると良いじゃろう」
「へ、へー!そっかー!どんな子達かなぁ~…あははは!」
笑って誤魔化した。
ヤバイ。
牧場シミュレーションゲームにはお馴染みだからあるかな、と思って口に出てた。
まぁあるらしいが。
とはいえ、どちらかと言うとそこに同年代の子供が居る、ということに興味が引いた。
アレかな、アレっぽい。
「(この手のゲームも結婚候補が居るのが定番だからなぁ)」
そう。
牧場シミュレーションゲームでも男主人公、女主人公に関わらず、結婚相手が何人が居るのが定番なのだ。
それは大体が牧場と関係深い店に居る。
たまに異国の王子だったり流れ者だったりも居るけれど。
どちらにしろ、ありえない話ではないので、見ておくに越した事は無い。
勿論、ゲームではなく此処は現実世界なのだから例え異世界だろうとルールに乗っかるつもりは無いのだが。
「では行こうかの。ブルーノを連れてきておくれ」
「はーい!」
祖父に言われ、母屋から畑を挟んだ向こう側にある小屋へと駆けた。
そこは、この国特有の竜が居る場所。
この世界には大きく分けて三種類の竜が存在する。
人を乗せて走ったり、馬車を曳くのが好きな地竜、空を自由に飛ぶ事が出来る飛竜、海に住む泳ぐのが得意な水竜の三種。
それぞれが国有種として守られており、国の財産の一つと言われているらしい。
彼らは野生ではなく、特定の場所で生まれ育てられる。
その中の一つがウチの牧場だ。
ウチでは、地竜と飛竜を卵から育て、子供を街や王都学園、軍へ卸している。
そして、残りの水竜はその性質柄、海辺でしか管理出来ない為、別の施設で卵から育てられているらしい。
そこはシーシード家という貴族が管理する施設らしく、一度は行ってみたい場所だ。
祖父はやり取りがあるらしいのだが、私はまだ連れて行ってもらった事が無い。
いつかは連れて行ってくれるらしい。
「ブルーノ!今日はおじいちゃんと買い物に行くよ!」
『きゅぅ~!』
大きな小屋の中には、沢山の地竜が居た。
飛竜は隣の小屋に居るが、今日はこっち。
此処には、祖父の愛竜も居るらしく、その内の一匹がこのブルーノ。
紫色と藍色の中間のような鱗をしていて、愛嬌がある子だ。
地竜には、人が乗れるよう専用の鞍を取り付ける事が出来る。
それを魔具を使って取り付けると乗る事が出来るわけだ。
「おじいちゃん!連れて来たよ!」
「おぉ、有り難う」
ブルーノと一緒に母屋の前に戻ると、祖父が私をブルーノの上に乗せると、自身も歳の割りに軽快な身のこなしで乗る。
地竜とは、元の世界でいう所の馬のような扱いだ。
足も速いし二足でも走れるから馬車も手で曳ける。
買い物するらしいので、小さな荷台車を曳いて牧場を出た。
牧場を出ると、街との境目に大きな広場がある。
其処を突っ切ると商業区域へと入るわけだ。
「まずは動物屋じゃの」
竜に乗るという現代ではまずありえない事にテンションも上がる。
実はこれまで餌やりや世話などはしてきたが、一度として背には乗せてもらえなかったのだ。
理由としては危ないから。
基本的に竜はどの種でも認めた人間しか乗せないのだという。
だから、今日は祖父と一緒だから乗れたのだという訳だ。
「此処がウチの牧場と取引しとる店じゃよ」
牧場からそんなに離れた位置ではないが、街に入って直ぐの所にその店はあった。
街は、異世界っぽい雰囲気そのままの感じで。
家の材質は、大体石積み。
カントリー風とも言えなくも無い。
とはいえ、全体的に好みな街で、ゆっくり見て回りたい気分だ。
だが、年齢も考慮して、今は我慢しておこう。
もう少し大きくなって一人でも出歩けるようになってからにしようと心に留めた。
「へー!」
動物屋は大きな牛の看板を付けたお店で、他の店と比べても大きい店舗だった。
建物の奥に牛舎小屋のような建物が見えるから、其処に動物が居るのかもしれない。
祖父から下に降ろしてもらうと、ブルーノを入り口に置いて中へと入っていく。
中は大きな木のカウンターを中心に、動物達に関係のある商品が所狭しと棚に並べられていて。
見るだけでも楽しかった。
「ロンさん、いらっしゃい。珍しいね~今日はお孫さんも一緒かい?」
「邪魔するよ。あぁ、孫のカルヴィーだ。そろそろ皆に顔見せしようと思ってね」
連れて来たんだよ、と続けた祖父に、カウンターに居た男性が朗らかに笑った。
どうやら彼が店主らしい。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。ゆっくり見てっておくれ。あぁ、ウチにもカルヴィーちゃんぐらいの息子が居てね、よかったら友達になってやっておくれ。少々元気が良すぎるのが玉に瑕だがね」
そう言うと、カウンター奥、扉を開けて声を掛けた。
すると、暫くして元気な声が聞こえてくる。
「父ちゃん呼んだー?」
「あぁ、こっちおいで。ロンさんと孫娘のカルヴィーちゃんが来てるんだよ」
「ロンじぃ!?」
巷では“ロンじぃ”と呼ばれてるのか、と思いつつ。
奥から出てきた男の子をよく見た。
歳は同じぐらいだろうか。
茶髪の髪が無雑作に逆立っていかにもやんちゃ、という感じだった。
「やぁ、オルト。今日も元気そうじゃのぅ。こっちはワシの孫での、カルヴィーじゃ。宜しく頼むよ」
「カルヴィー?俺、オルト!よろしくな!!」
「宜しくね!私、3歳なの。オルトは?同じぐらい?」
「おう!」
ニカッと笑うオルトに、カルヴィーも頷く。
素直で良い子そうだ。
歳も同じらしいし、牧場繋がりで仲良く出来ればいいなと思った。
「今度、牧場にも遊びに来てね」
「おう!またな!!」
祖父と動物屋のおじさんが色々と買付注文している間、店奥の納屋を見せてもらった。
凄く動物が好きらしいオルトは、まだ小さいというのに店の手伝いをしながら色々と学んでいるようだ。
こう言うとお前もだろと言われそうだが、私の中にはアラサーの記憶があるので一緒にしてはいけない。
「仲良くできそうかい?」
「うん!」
店を出てブルーノに乗る。
荷台にはいくつかの木箱と布袋が乗せられていた。
いつの間にか買い物も済ませたらしい。
動物を買い付けた場合、基本的には牧場まで連れてきてくれるそうだ。
とはいえ、よほど数が減ったり新しい種を仕入れたりしない限りは動物は買わないとのこと。
その代わり、種付けなどをしてもらうらしい。
そういう所もなんだかゲーム寄りで判り易いなと思った。
次に向かったのは、道具屋。
動物屋からそんなに離れてなかった。
そして、祖父曰く、此方にも子供が居るらしい。
歳は私より一つ下とのことだ。
オルト同様良い子だったらいいなと期待する。
「ここは夫婦で別の店をやっておってのぉ。旦那の方が道具屋、嫁が雑貨屋をやっておるんじゃよ」
「雑貨屋!?行ってみたい!!」
ゲームでの雑貨屋だと色んな種は元より、調味料なんかも置いていたからかなり期待できる。
もしかしたら、カレー粉なんかも手に入るかもしれない。
いつの間にか、道具屋よりも雑貨屋の方に興味がシフトしていた。
「先に道具屋に挨拶してから行こうの」
「はぁい」
心を読まれたのか、そう祖父に言われて少しガッカリしながら返事をする。
とはいえ。
道具屋にも友達になれるかもしれない子供が居るのだから、別に楽しみが無いわけではない。
沢山友達が欲しいわけではないけれど、将来的に牧場を継ぐのならば、それぞれの跡継ぎ達と仲良くしておくに越した事はない。
「おじいちゃん、何か良いのあったら買ってもいい?」
「良いぞ。カルヴィーは初めてじゃからのぅ」
「うん!」
ほっほ、と笑う祖父に笑顔を浮べた。
勿論だがお金が無い為である。
コレがゲームなら作物収獲して出荷して~とお金を稼ぐ所だが、コレはゲームに似ていてもゲームではない。
だからそう簡単に収入は得られないのだ。
其処に私自身の今の年齢も関係しているのだが。
「邪魔するよ」
「おぉ、ロンさん!いらっしゃい!今日はお孫さんも一緒なのか!」
「カルヴィーじゃよ。そろそろお前さんらを紹介しようと思ってのぅ」
「そうか!宜しくな、嬢ちゃん!」
「宜しくお願いしまーす!」
道具屋の店主は体格の良い男で髭面が特徴的だった。
にしても、動物屋でも似たような会話をしたな、と思いつつ。
きょろ、と店内を見渡す。
道具屋という事で、店内、カウンターの奥に鍛冶場が見えた。
ここでも鉱石を渡して道具を改良する、という感じなのだろうか。
「今日、テオンは居るかい?紹介しようと思ってね」
「テオンならいつものトコに居るよ。まだ2歳だってぇのに、離れりゃしねぇ」
がはは、と笑う道具屋の旦那に付いて行くと。
鍛冶場で安全の為だろう、離れた椅子に座ってジィッと職人を見ている小さな男の子を見つけた。
名前はテオン、といったか。
「テオン!ロンじぃが来たぞ」
「!!?」
よっぽど集中して見ていたのだろう、声を掛けられてビクッと肩を跳ねたかと思うとガバッと音がしそうなぐらいの勢いで振り返った。
歳相応のぷっくらとした頬と銀髪のような灰被りのような髪色が目に付いた。
少し気弱そうな顔立ちだが、その目には強い気持ちが見て取れた。
「ろんじぃ!」
舌足らずな口調で手を振る。
祖父と共に歩み寄ると、私を見て小首を傾げた。
「だれ?」
「ワシの孫じゃよ。カルヴィーじゃ。仲良くしておくれ」
「よろしくね。テオン」
「…う、うん!よろしく…!」
へら、と笑って声を掛けると一拍遅れて頷いた。
弟みたいで可愛い。
前世では一人っ子だったから、ちょっと嬉しいかもしれない。
「テオンは何してるの?」
「しょくにんさんみてる!」
「そっか」
座って、と言わんばかりに椅子にスペースを開けられた。
大人用の椅子だから子供が二人座っても問題ない。
遠慮なく隣に腰掛けると、テオンが指差すように鍛冶場を見た。
「あれ!」
「好きなの?」
「うん!」
どうやら鍛冶場の光景が好きなのか、それとも道具作り自体が好きなのか。
とはいえ、まだ幼いから見ているだけなのだろう。
すると、道具屋の店主が苦笑い気味に教えてくれた。
「テオンは道具作りが面白いみたいでなぁ。毎日鍛冶場に入り浸って見てるんだ。こりゃぁ、もう少ししたら作らせろって言ってきそうだ」
「ほっほっいい事じゃないかね。良い跡取りができてのぅ」
「いやぁ。確かに嬉しいですがね?まだ小さいのに怪我でもしたらと思うと気が気じゃなくてねぇ」
職人連中も気を張ってまさぁ、と続けた。
確かにこんな火を扱うような場所に幼い子供がずっと居るのは気が気じゃないだろう。
心中お察しする。
「あぁ、判る、判るよ。ワシものぅ、この子がキッチンに立って居るのを見ると気が気でなくてのぅ。まぁ料理に興味があるのは女の子としては嬉しい限りなんじゃが…」
「ほぉ!そりゃぁすげぇ!まだ3つだってのに、エライもんだねぇ。さすがロンさんのお孫さんだ」
「いやいや、買い被りすぎじゃよ。まぁ、誰に似たのか料理の才能はあるみたいでねぇ。まぁ、じじぃの贔屓目もあるがね」
「そんなことないさ!」
あ、何か変な方へ話が行ってしまったなぁ、と遠い目をする。
そんな感じで二人が話しだしてしまったので、私はテオンと共に色々と話をしてみた。
勿論此処ではどんな道具を作っているのかとか、どうやって作るのかとか、材料は何を使うのか、とかそんな話。
相手は自分より幼いテオンなので、要領を得ない所もあったが総括すると、大体ゲームと同じような感じっぽかった。
鉱山で獲れる鉱石を使用して道具を作るらしい。
そして、鉄や金、その他の貴重な鉱石を使えば魔具も作れるようになるのだとか。
魔具を作るには才能が要るようで、どんなに修行しても普通の道具になってしまう者もいれば、あっさりと魔具を作れてしまう者も居るらしい。
テオンはその才能があるないはまだ判らないが、どうやら普通の道具を作る鍛冶職人になりたいようだった。
「もうすこし大きくなったらすこしずつしゅぎょうしていくんだ」
「頑張ってね。そしたら、私が使う農耕具作ってくれたらいいな」
「うん!!がんばるね!」
にぱっと笑うテオンが可愛い。
もう少し大きくなったら牧場にも遊びに来て欲しいな、と零すと、絶対に行く!と言ってくれた。
そんなこんなで時間が過ぎて。
今日は顔見せと、新しい魔具の発注だけだったようで、何も引取らずに店を後にした。
そして。
「雑貨屋は直ぐ隣じゃよ」
「うわぁ!」
道具屋から出て直ぐ隣の建物が雑貨屋らしかった。
店内は昔ながらの商店、のような感じで。
木製カウンターが良い味している。
そこに恰幅の良い女性が立っていた。
どうやら彼女がテオンのお母さんらしい。
「あら、ロンさん!」
「邪魔するよ」
そんな感じでまた同じやり取りが繰り返され。
無事に自己紹介を経て、店内の商品を見て回る。
結果として、割と想像通りだった。
念願だったカレー粉なんてものも、商品名は“スパイス”という紛らわしい名前だったがあった。
匂いがカレーだったからカレー粉で間違いないだろう。
他国からたまに紛れて入荷されるらしい。
向こうからしたら商品を広めたい、という販売促進らしく、仕方ないので入ってきた時は割安な価格で店に並べているのだとか。
ただ、あまり買う客は居ないらしく物珍しいと言うだけで買ったり、商品を知っている異国の旅人が買っていったり冒険者が買ったり、という感じらしい。
実に勿体無い。
「おじいちゃん!これ買って!!」
「ん?気に入るのがあったかい?」
「珍しいの一杯あって吃驚しちゃった!」
私が手にとってカウンターの上に置いたのは、カレー粉、油、レシピ本だ。
カレー粉はさっきも記述した通り“スパイス”という商品名で、油も“オリーブ”という商品名だった。
レシピ本はこの世界の一般家庭の料理が沢山載っていたので勉強の意味も兼ねて購入希望。
牧場でも油はあるのだが、それはチー油やラードなどの動物性のものばかりで。
このオリーブは、間違いなく植物性のオリーブオイルだろう。
という訳で厳選に厳選を重ねて祖父を伺うと。
直ぐに快諾された。
「また変わったのを選んだのぅ。お前のことじゃから、種なんかを選ぶと思ったんじゃが…」
「種も一杯あって欲しいのあったけど、それはまた今度にする!」
「そうかい。なら、今日はコレを貰うとするかね」
「やった!」
また来ておくれ、という声に手を振って。
祖父と共に店を後にした。
その後、ザッと店構えだけ教えても貰ったのが、薬剤屋と魔物屋、宝石屋だ。
薬剤屋は薬屋さんで、どうやら診療所も兼ねているらしい。
人間から動物、魔物の治療もしてくれるのだとか。
そして、魔物屋はギルド経由で生きた魔物を取り扱っている店らしく、竜達の餌は此処で調達するらしい。
同時に魔具を改良する時の素材も此処で買えるとの事。なるほど。
最後に宝石屋は鉱石を売買するとこらしく、鉱山で採掘される宝石の原石を取り扱っているらしい。
此処に持ってくれば買い取ってくれるとのことだ。
初めて牧場の外に出たが、やっぱりというか、改めて異世界なのだなと感じた。
そこかしこに地竜は居るし、街の人達も普通の人間から所謂獣人という人まで沢山居た。
髪や肌の色も多種多様で。
人間観察するだけでも時間が潰せそうだった。
街並みという点だが、牧場からも見えていたが大きなお城を中心にこの街はドーナツ型のような形をしていると気づいた。
城の周りには貴族達が住まう居住区があり、其処と一般庶民を分けるように中壁がある。
そして、城と同じく目に付いたのは王都学園。
十分にその存在を示していた。
とはいえ。
根本的に私の行動範囲は牧場の中のみ。
後は、隣接する森や、今日のように近場の街へ出るぐらいのもの。
いずれ、飛竜に乗ってこの街を上から見てみたい、そう思った。