3歳~2
牧場には沢山の生き物達が居る。
牧場シミュレーションゲームでもお馴染みの牛や鶏、羊達だ。
それぞれ大きな動物小屋で育てられており、食肉用、副産物用と分けて育成されている。
数的にはかなり居るのだが、それら全て私と祖父で世話している。
普通に考えたら無理だろう。
しかし、驚く無かれ、此処は魔法が存在する世界なのである。
その為、動物達の世話も勿論魔法がポイントになってくる。
私はまだその魔法は使えないのだが、所謂“単純魔法”という魔法で世話が出来るのだ。
“単純魔法”とは聞きなれないと思うが、この世界には大きく分けて二つの魔法が存在する。
一つはこの単純魔法。簡単に言うと、詠唱がいらない魔法だ。
もう一つは判ると思うが、詠唱が必要な“詠唱魔法”である。
違いは詠唱が要るか要らないか、ということなのだが、魔法の威力、内容も大きく異なる。
単純魔法は基本動作一つに対し、詠唱魔法は複数の動作を可能にする。
私も最初は意味が判らなかったが、実際に見せてもらうとよく判る。
単純魔法の代表例は、主に生活で使う動作だ。
“火を付ける(ファイヤ)”“水を出す(ウォーター)”“物を浮かせる(リーブ)”“物を入れる(イン)”“物を出す(アウト)”などなど。
前半は調理等、後半は片付け等に使われる。
他にも多数存在し、単純魔法は無数と呼ばれるほど多いらしい。
場合によっては複数の単純魔法を使う者も居るとか。
そうなると詠唱魔法では?と思うのだが原理がどうも違うらしい。
その辺はしっかりと王都学園で学ばないと判らないのだとか。
逆に詠唱魔法は主に攻撃魔法などの複雑な様式を持っている。
治癒魔法等もこの中に含まれ、要はレベルが高い。
この詠唱魔法を使うには王都学園に入って勉強する必要があり、一般庶民は基本的に使えない者が多い。
私も類に漏れず王都学園には行かないのでこの先大人になっても使える事は無いだろう。
しかし、軍に所属したい、ギルドに所属して冒険者になりたい、という者は頑張って王都学園で勉強する必要がある。
その為、一般庶民でも難題なテストを受けて王都学園に入りたい者も居るのだとか。
私としては勝手に頑張れ、という感じだが。
つまり、その単純魔法を使う事によって動物達の世話がアラ不思議、簡単に終わってしまうというわけだ。
何故なら、餌やり、ブラッシングなどなど、それぞれの動作を単純魔法で行なっていけば身体を動かす必要が無い。
だから沢山の動物達が居ても小一時間ほどで終わってしまうのだ。
初めにロンがしているのを見た時はテンションが上がったのを覚えている。
早く自分も使えるようになりたいと駄々を捏ねた。
しかし、幼い子供はまだ魔力が安定しないらしく、基本的には5歳になってからしか魔法は使わせてもらえないらしい。
その為、私が魔法を使えるようになるにはもう少し先の話になるわけだ。
そして、牧場というからには、動物達だけではない。
広大な畑も勿論ある。
このリヴァイユ王国は、有り難いことに春夏秋冬の四季が存在し、それぞれに旬を持つ野菜が存在する。
しかも野菜の名前もほぼ見知っている物ばかりだった。
一部、この世界特有と言われる作物があるものの、ウチの畑では知っている野菜しか植えてないので問題ない。
野菜だけでなく、花や穀物類、果物も植えている。
果樹園の区域もあるので、四季折々の果物が収獲可能なのだ。
牧場万歳。
ゲームのような世界に本当にテンション上がる。
また、牧場に隣接するような形で中規模の森があり、その先には鉱山がある。
私も数回行った事があるがその全てがあの事故の前なので、あまり覚えていない。
落石事故があった為、現在立ち入り禁止となっているのだ。
追々また入れるようになるらしいが、それはまだ先の話のようで。
その為、牧場からは森までしか入れない。
その森には薬草、野草、野花など採取可能なものが多い。
今の季節であれば、しいたけなどの茸類、甘い木の実も採れる。
祖父曰く、森の女神様に感謝して採取するように、と言う話だ。
森の女神というと、この手のゲームに必ずと言っていいほど出てくる泉の女神様を想像する。
しかし、残念な事にこの森には泉は存在しないのだ。
水辺といえば、牧場、森、鉱山の外側に一手に流れる大きな川がある。
其処には淡水魚が居るので、何度か祖父と一緒に釣りをした事がある。
因みにここでも単純魔法が活躍したのは言うまでも無い。
魚はしっかり食べられたよ。
更に牧場内を詳しく説明すると、牧場の敷地入り口付近に母屋、倉庫がある。
そして、脇の柵に沿う様に動物小屋が連なる。
それらの目の前には大きな牧草地があり、天気がいい時は動物達を遊ばせるのだ。
畑は大きく分けて四つ。
一つは穀物類の畑、一つは水田、残り二つが野菜の畑で、単作と連作に分かれている。
単作は一度収獲したら終わりの作物、連作は何度も収獲できる作物だ。
しっかり分かれているので収獲や世話もし易い。
また、畑とは別にリンゴやミカン、他多数の果樹園と、花を育てるハウスもある。
このハウスも優れもので、中が魔法で常に適温に保たれているらしい。
そして、ハウスは他にもあって、管理が難しいメロンなどの一部の果物はハウス内で育てているのだ。
他にも茸や茶畑まで存在するのだから凄すぎる。
本当に牧場のゲーム内に入り込んでしまった気がするぐらい。
とはいえ、そう思い込めない要素が盛りだくさんなので現実はしっかりと見るが。
「また来たんだ?」
「…来たら悪いのかよ…?」
畑で収獲していると、先日出会ったローレスがいつの間にか近くに来ていた。
この間も思ったが硬そうなブーツに畏まったようなジャケットで堅苦しいと思わないのだろうか。
それともそれが本人の趣味なのだろうか。
趣味なら文句を言う訳にもいかないので黙っておく。
私の言葉に、ローレスは口元をへの字に変えて何とも言えない視線を向けてきた。
とはいえ。
こんな場所にまた来るとは思ってなかったので仕方ないだろう。
「悪くは無いけど、まぁ来ないだろうなぁとは思ってた」
「そうかよ」
「リューさんも一緒?」
「いや、今日は俺一人だ」
「へー」
何の気紛れだ?と口に出しそうになって押し留める。
まぁ相手は貴族様っぽいし、庶民の生活に興味を持つことはいいことだろう。
にしても、何を話すわけでもなく、人の作業をジーッと見てるのは面白いのだろうか。
否、面白いかは兎も角、興味があるから見ているのだろうけれど。
「見てて面白い?」
「まぁな」
今は春野菜の絹さやを採ってるのだが、それが面白いらしい。へー。
「収獲してみる?」
「…いいのか?」
「うん、この辺全部もう収獲可能だからね」
指で差した先には、沢山の絹さやがぶら下がっていた。
今日はこれで煮物でもしようかな。
ハサミを渡すと最初は怖々と採っていたが、暫くするとパチンパチン、と収獲していく。
私は絹さやを入れるザルを手にローレスが収獲したのを次々に入れていた。
「折角だし、採れたて食べてみる?」
「食べ、れるのか…?」
「食べれるよ!失礼な!!」
一杯採れた絹さやを見て、ローレスがあからさまに顔を顰めた。
野菜が嫌いなのか、それともコレを食べ物と思ってなかったのか。
いや、食べ物と思ってなかったら何と思って収獲していたのか。
私は小さく嘆息して、おいで、と言って母屋へ誘う。
「直ぐ出来るからちょっと待ってて」
キッチンへ向かい、鍋に水を入れてお湯を沸かす。
ちなみに、この世界、ガスや水道という概念は無い。
全て単純魔法で賄うようで、そういったライフラインは整っていないようだ。
その為、魔法がまだ使えない私は多少不便があって。
キッチンに置いてある“魔具”を使って調理をする。
“魔具”というのは、所謂魔力が込められた道具で、自身で魔法が使えない者でも仕える代物だ。
その魔具を使って水を入れて火をつけたわけだが。
「お前、まだ魔法使えないのか?」
「は?だって私3歳だし。魔法は5歳からなんでしょ?」
「あー…そういえばそうだったな」
「え、何が言いたいの」
湯が沸く間、そんな会話になって。
じとりとローレスを見ると、スッと視線を逸らされた。
「…いや、あまりにしっかりしてるからつい忘れてたんだ。すまん」
「あぁ…(そりゃぁ中身アラサーだからねー)」
はは、と内心で笑って。
ローレスの言葉を流す。
そうこうしている内に湯が沸いたので頭や筋を取りながらポイポイ鍋に放り込んでいく。
その動作にもローレスが興味津々に見ていたことには気づかず、サッと10個ほど茹でた。
それに酢醤油と胡椒を和えたらちょっとした前菜の出来上がりである。
本当はポン酢にラー油が一番なのだが仕方ない。
「はい。食べてみて」
盛り付けも何もせず、ざっくりと皿に入れてフォークと一緒に渡した。
ローレスはこういった料理は初めてなのか、少し動揺を見せている。
「まぁ騙されたと思って食べてみなよ。採れたて野菜は美味いから」
そう言ったものの、もしかしたら異世界だから此方の常識が通用しないのかもしれないと思い直した。
人から貰った物は安易に食べちゃいけないとか。
いや、それは此方の世界でも一緒だった。
なら、立場上、お貴族様だから毒云々を疑ってるのかな?と頭を巡らせる。
そして、ならば、と安心させるように私もフォークで一つパクリと食べてみせた。
うん、美味い。
「うん、美味く出来てる。大丈夫、毒とか入ってないから」
「!!?」
私がそう言うとギョッとしたように目を見張った。
そして、少し迷ったように口を開く。
「…悪かった。毒とか疑ってない。ただ、」
「ただ?」
「その………」
「??」
言い淀むローレスに小首を傾げて伺っていると。
意を決したように予想外の事を告げた。
「俺、……野菜、苦手なんだ…。これも、食べた事が無くて……」
少し頬を赤くして視線を逸らすようにそう小さく零した。
それに思わずポカンとしていると。
余計に恥ずかしくなったのか、それを誤魔化すようにフォークで三つほど突き刺して口に押し込んだ。
あ、と思う間もなくごくん、と飲み込んでいた。
「……美味い…!」
ぽつり、と零した言葉に自然と笑みが零れる。
きっと食べず嫌いも多いのだろう。
それに、この世界の食生活がどの程度のモノか判らないが、食べ方も私が知っているモノとは違う可能性もある。
ならば、知らないもっと美味しい食べ方を教えてあげたいと思った。
「ね?美味いでしょ」
「凄いな…。手間なんて殆ど掛けてないのに、何でこんなに美味いんだ?」
「んー……やっぱり素材がいいからじゃない?本当に美味しい野菜ならそのまま食べても美味しいし、ちょっと塩を振り掛けるだけでも美味いって言うよ」
「……そうなのか…。なら、いつも食べてる野菜は…」
と、其処まで言いかけてハッとした顔をする。
そして、言い辛そうに続けた。
「…でも、確か普段食べてる野菜はこの牧場から仕入れてるはずなんだが…」
「あぁ、ならアレじゃない?レシピが悪いか、野菜の保存方法や調理方法が下手なのかも」
「何だって…!そんな馬鹿な…!」
「え、いやいや、もしもの話だって!やっぱり採れたてが美味いってことだよ!」
ヤバイヤバイ。
ローレスの顔が予想以上に険しくなった。
慌てて話を終わらせると、残っていた中身ごと皿を押し付けた。
すると多少憤慨しているものの、特に何を言うでもなく黙々とあっさり食べ終える。
「美味かった」
「どういたしまして」
空になった皿を受け取り、これまた魔具を使って綺麗にする。
その後、野菜に目覚めたのか、他にも収獲できるのはないのかと聞いてきたので、畑を見て、収獲できそうなのを一緒に採って回った。
それにしても、傍から見ると3歳児と5歳児のはずだが、ローレスも年齢の割にしっかりしていると思う。
自分の事は棚上げして、貴族の子はそういうものなのかな、と決め付けた。