エリオットの場合
「な…な、何で、お前らが居るんだ…!!!?」
滅多に見ないローレスの動揺ぶりに、エリオットもまた驚いていた。
エリオット・クロスは、国内でも無二の家系、王宮専属の最高位魔法使いの父を持つ嫡子だ。
艶やかな黒髪は肩より少し長くいつも後ろで一つに括っている。
黒髪黒目というのは国内でも珍しく、また、特に差別的ではないものの、強い魔力を持ちやすい傾向にある。
類にもれず、エリオットもまた、幼いながらも強い魔力を所持していた。
このまま勉学に励み、修行をすれば父をも越える魔法使いになるだろう、そう言われている。
年が同じだからと、第三王子であるローレスや、公爵家次男のフォルトと友好関係を結ばされた。
正直、当初は交友が面倒に感じていたのだが、何だかんだと二人とは関係が続いている。
ただ、二人共思いのままに突き進む傾向がある為、それを抑制、または阻止するのがエリオットの役割となっていた。
今回もまたローレスが勝手に城を抜け出しているという話を聞き、またそれを聞いたフォルトが後を着けようと言い出した。
フォルトを止めることも出来たのだが、ローレスが何処に行っているのか、それをきちんと確認すべきであると判断した。
自分達は、幼馴染で友人である。
しかし、一方で第三王子であるローレスが無茶をしないよう、身の安全を守る義務も請け負っているのだ。
だから甘んじて彼からの非難は受ける。
「ところで、お二人はどなたですか?ローレス様のご友人のようですが?」
そして、彼が会っていた相手、自分達よりも年下であろう彼女がそう訊ねてきた。
確かに不躾にこの牧場に入ってきたのだから、彼女から言われる前に自ら名乗り出るべきだった。
「これは失礼致しました。僕はエリオット・クロス。貴族位はありませんが、父は王宮直属の魔法使いとして働いております。僕は所謂ローレス殿下の幼馴染、というものです」
相手が貴族令嬢でなくとも、此処は彼女の家。
此方が勝手に入り込んだのだから、多少の非難は否めない。
その証拠に彼女の視線は此方を探るようだった。
幼い容姿とは裏腹に、聡明そうな目をしている。
同年の令嬢達よりは話が出来そうだ。
しかし、彼女よりも彼らの方が言動が幼く見えるのは如何なものか。
目の前でローレスとフォルトが言い合いを始める。
ローレスの趣味とか至ってどうでもいい。
それを指摘する権利もフォルトにはないのだ。
小さく嘆息し、彼らを窘めた。
「フォルト。レディに対して失礼だよ。それに、ローレスの趣味に関して文句を言う立場じゃないだろう?君は」
その言葉に対してまたローレスが反論してきたが、それを一瞥するだけで黙らせる。
口では此方に分があるのだ。
「もういい!お前ら帰るぞ!全く、こういう時だけ目敏いんだからな…!」
すると、ローレスはこの場に居るのはまずいと判断したのか、自分達の背中を押すようにして牧場を出る。
もう少しあの牧場を見てみたかった。
チラリと見ただけだが、畑に実っている野菜などは凄く美味しそうに見えたのだ。
「何なんだ、お前達は!普通此処まで来ないだろ!」
「いいじゃねぇか。そもそもお前がコソコソしているのが悪い」
「まぁ、一応王族だからね。何処に行っているのかぐらいは把握しておかないと」
「……チッ」
舌打ちしたローレスに微苦笑を零し、このまま家に帰るというフォルトとは貴族街で別れた。
貴族街とは別称で、正式名称は特にない。
貴族の家が立ち並ぶ区域、というだけの話だ。
因みに、エリオットの自宅は此処にはない。
同等の地位を持つとはいえ、正しくは“貴族”ではないからだ。
しかし、一般庶民の地区に居るわけでもない。
実は、城と貴族街の中間地点に存在する。
それは魔法での警備も兼ねているからだ。
その為、城の外に出た時は、大抵エリオットが護衛の役目を負う事が多い。
「それにしても、まさか身分を隠して通っているとは思わなかったよ」
「五月蝿い」
溜息混じりにそう問えば、舌打ちと共に短く返された。
相当邪魔された事が気に食わないようだ。
あの、ローレス、がだ。
「……なんだ」
「いや、」
どうやら無意識に笑っていたらしい。
怪訝そうな顔で覗き込まれた。
だが仕方ないだろう。
あの何事にも淡々とこなすようなローレスが、ここまで感情を露わにするのは非常に珍しいからだ。
「確かにあの牧場は魅力的な場所だったな」
「ッ…!」
エリオットが含みを込めて零すと、フォルトは息を呑んだ。
顔が思いっきり強張っている。
それに小さく口角を上げた。
「今後も通うんだろう?」
先ほどの彼女への対応といい、止める気など甚だ無いだろう。
その為、先手を取って訊ねたのだが。
ローレスの眉間に深く皺が寄る。
「まさかと思うが、付いてくる気じゃないだろうな」
「そのまさかだ」
肩を竦めて肯定した。
当たり前だ。
通う事を止められないのであれば、一人で通わせるわけには行かない。
それを言外に込めて言えば、再度舌打ちが聞こえてきた。
「仕方ないだろう?止めないだけ有り難いと思ってくれ」
「………全く面倒だな、王族というのは」
少し悲しげな表情と声色に、その気持ちを痛い程感じ取った。
苦笑い気味に小さく肩を竦めるだけで、それには答えない。
それからは無言で城まで歩いた。
「次に行く予定なのは?」
「……はぁ…。五日後だ」
「黙って行くなよ?」
「判っている。どうせ黙って行った所で今日みたいに押しかけるつもりなんだろ?」
恨めしげに見てきたローレスに小さく笑みを浮かべた。
判っているじゃないか、と。
「判ってるならいい。じゃあ、俺は此処までだ」
「あぁ」
ローレスの自室前まで辿り着くと、中に入るのを見届けて踵を返す。
来た道を戻りながら、改めて思考を廻らせた。
先ほどローレスに言った言葉は冗談ではない。
確かに少ししか見てないが、あの牧場は魅力的に見えた。
「あそこの野菜食べてみたいな…」
基本的にエリオットは食に関心がない。
食べないと生きていけないから義務的に食べているだけで、好きな食べ物もなければ嫌いな食べ物も無かった。
しかし、畑に実っていた野菜はみずみずしく、非常に輝いて見えた。
自分が何かに興味を持つなんて魔法以外初めてかもしれないほどに。
また、同じぐらい記憶に残っているのは、深い群青色の髪。
「群青色……ふむ、」
何か記憶に引っ掛かる気がしなくも無いが、今はそこまで気にする事は無いだろう。
いずれ重要であれば思い出すだろうし、また目にする機会もある。
一先ずは記憶を仕舞っておくことにした。
「そういえば、彼女の名前、………確か、カルヴィー嬢だったか」
実に聡明そうな子だった。
自分達より年下だろうに、受け答えがしっかりとしており、その目は幼子のそれではなかった。
ローレスが興味を持つのも判る気がする。
何故なら、自分も興味を持ちかけているからだ。
その事実に気づき、小さく自嘲した。
「全く、今日はなんという日なのだか…」
エリオットの口元には小さな笑みが浮かんでいた。




