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閑話:ローレスの場合

※ローレス視点。


 ローレス・リヴァイユ。

 リヴァイユ王国の第三王子である。

 透き通るような金髪に肌も色白、瞳は碧眼と見目麗しい王子なのである。

 それでいて、二つ上の兄と三つ上の兄二人に引けを取らない優秀さも持ち合わせていた。

 物心ついた時から既に王室家庭教師の教育を受けており、将来的に王位を継ぐことは無くてもその聡明さ故に支える側として期待されている。


 そんな周囲を他所に、本人は面白みを欠いていた。

 何を学んでも、何をしても出来てしまう。

 色んなことを学ぶのは嫌いではない。

 それでも簡単に感じてしまう事に段々と興味が薄れていくのだ。


 父親は国王として尊敬できる存在だ。

 しかし父親としてはあまり子供に構うような人ではない。

 少なくともローレスはそう思っていた。


 あの日、までは。




「ローレス、出かけるぞ」

「……はい?」


 突然部屋に押し入ってきたと思えばそんな事を言う。

 生まれて五年、今までそんな事を言われた事が無い。

 それが突然その言葉だ。

 一体どうしたというのか。

 父親の変化振りにローレスは首を傾げた。

 しかし、有無を言わさず手を取られ、周りに気づかれないように城を出た。


「お父様、一体何なんです?僕、まだ勉強があるんですが」

「いいではないか。どうせお前は優秀なんだ、一日二日サボった所で変化は無いだろ」

「………」


 コレが本当に父親の言葉だろうか。

 子供に対する言葉、というよりも、これまで父親が自分に対してこのような言い方をしたことは無い。

 昨日まではいつも通りだった気がするんだが、気のせいだろうか。

 まさか偽物にすり替わっていて騙されているのか。

 もしそうならこのまま黙って付いて行くのはどうなのだろう。

 とはいえ、現状此処で逃げようにも悪手になる可能性もある。

 相手の出方を見よう。


「ところで何処に行くのですか」

「ん?牧場だよ。ローレスはまだ行った事がないだろう?あそこには私の尊敬するおじさんが居てね」


 手を繋いで向かうのは牧場らしい。

 牧場と言うと、王都の敷地内に唯一あるあの牧場だろうか。

 行った事はないが存在は知っている。

 わが国の固有種と言われる、地竜と飛竜を育成している牧場だ。


「何故突然牧場に行こうなんて思ったんです?」


 そう尋ねた時、僅かに父親の肩が跳ねた気がした。

 これは何かある。

 しかし、今の自分に問いただす知恵はない。

 ならばいずれ、とローレスは気づかないフリをした。


「あー…それはだな、お前に会わせたい子が居るんだ」

「僕にですか?」

「あぁ。おじさんの孫でね、可愛い女の子だよ」

「………(面倒な…)」


 思わず口に出しそうになったが我慢した。

 どうやら父親はその女の子の紹介がしたいらしい。

 どこぞの令嬢ならともかく、牧場の孫娘。

 わざわざ自分に会わせる必要がどこにあるのだろうか。

 面倒以外の何物でもない。

 出したい溜息を飲み込んで、仕方なく父親に付き合うことにした。

 今日我慢すればいいだけだろう。

 そう思って。


「この間鉱山で事故があっただろう?」

「はい?…あぁ、確か犠牲者も出たとか」

「そうだ。その事故で唯一生き残った女の子でね、怪我はもう問題ないという話だが自分の目で確かめたくてね」

「そうだったんですね」


 市街地を抜けて暫く歩くと前方に牧場へと続く入り口が見えてきた。

 木で出来た趣のある門だ。

 この先からは牧場の敷地となり、基本的に私有地となる。

 此処まで来るとさすがにこの父親が偽物という説は薄れてきたが、無事に城に帰るまでは注意しておこうと決める。


「さぁ着いたぞ」


 あえて不服そうな表情で付いて行く。

 牧場の敷地内に入ると、其処は別世界のようだった。

 目の前に広がる広大な畑、動物の鳴き声がする小屋もあれば実際に牛などは外で悠々と寛いでいた。

 初めて見る光景に少し心が躍る。

 しかし、父親の目的が完全に読めない以上、油断は出来ない。


「やぁリュートス、久方ぶりじゃのう」

「おじ様、ご無沙汰しております」


 ローレスが辺りを見ていると、老人が一人現れた。

 どうやら彼が父親の言う“尊敬できる”牧場主らしい。

 最低限の挨拶を交わすと、後は適当に父親達の会話を聞いていた。

 暫くすると、畑に向かって老人が誰かを呼ぶ。

 名前と状況からして、その子が父親の言う“会わせたい女の子”なのだろう。


「おじいちゃん、どうしたの?」


 駆け寄って来た子は、自分よりも小さい女の子。

 群青の髪色は緑黄色の畑の中でも直ぐに目に付いた。

 きょとんとして見上げてくる彼女に父親が自己紹介する。


「初めまして。私の事は“リュー”と呼んでくれ。此方に居るのは私の末息子のローレス。君の二つ上だな。仲良くしてくれると有り難い」


 行き成り偽名を名乗った父親にぎょっとしたがそれを表に出す事はしない。

 内心で何を考えているのか、と不審には思うが。

 父親に挨拶を促されて渋々すると、彼女はその内心に気づいたのか苦笑い気味に笑みを浮かべた。

 思わず気まずくなって視線を逸らす。

 年下の、それも女の子に気遣われた。

 そう感じた瞬間に少し自分が情けなく思えて。

 余計に顔が強張る。


「さて、カルヴィーや。折角じゃ、ローレスを牧場内に案内してあげなさい」


 少し内心でグルグルと考えている間も、父親達の会話は続いて。

 途中、鉱山での被害者が彼女の両親だったりとか、両親が死んだにも関わらず気に病んでないとか色々と驚く事があったものの。

 老人の言葉にハッとする。

 牧場の案内なんて必要ないのに。

 否、確かに心を躍らされはしたが。

 とはいえ、初対面の女の子と二人っきりだなんて何をどうしたらいいのかわからない。

 しかし、話はトントンと進む。


「じゃぁ、」


 行こうか、と言わんばかりに手を差し出してきたが、それを手にする気にはなれなくて。

 ふい、と視線を逸らして擦れ違うように歩き出した。

 背後で父親が何か弁明していたようだが、わざわざそれに振り返って言い訳する方が格好悪い。

 気づいてないフリしてそのまま畑の方に歩いてくと直ぐに追いついてきた。


「ねぇ、えっと、ローレス君?」

「お前とは身分が違う」


 伺うようにそう名前を呼ばれて思わずつっけんどんに言い返したのを後悔する。

 さすがに言い方があったはずだ。

 確かに王族と牧場主の孫娘なのだから、身分は違う。

 どうやら父親とあの老人は遠い親戚のようだが、かといってあの老人が王族とは思えなくて。

 貴族の中にも王族の血筋が居たりするからその手の縁だろうと決め付ける。


「じゃぁ…ローレス様?何か見たいのはありますか?」

「……別に」


 少し距離を広げられた気がしたが、これが当然だろう。

 僅かに心が咎めたが、先ほど同様撤回も格好悪い。

 このまま押し通す事にした。

 彼女も我侭な貴族だと思っているだろうし、当たり障り無く事が済めばいい。

 自分はさっさと城に戻りたいのだから。

 これからどうするかと問われ、適当に時間を潰すと言えば、彼女は突飛も無い行動に移した。


「あっそ。じゃぁまぁ、とりあえず案内だけするけどね。此処畑ね。あっち動物小屋、あっち加工場、その向こうが倉庫。はい、終わり」

「………」


 思わず唖然と絶句した。

 行き成りぱぱっと言うだけ言った彼女にローレスは取り繕う気もなくなっていた。

 先ほどまで身分差というモノで距離があったはずだが、それを行き成りぶち壊した感じだ。

 彼女は言うだけ言ってすっきりしたらしいが、此方の反応が気に入らなかったらしい。

 何だ、という怪訝そうな表情を浮かべた。


「おじいちゃんから案内しろって言われたからね。行く行かないは別にしてとりあえず案内したから。後はご勝手に」


 彼女は確か自分より二つ年下という話だった。

 つまり、物心が付いて自立しだしたばかりの三歳児だ。

 にも拘らずこれだけ物事をはっきり考えられるというのはどういうことか。

 否、そういえば自分も似たようなものだった。

 だからか少し親近感が湧く。

 しかし、彼女はもう自分の役目は終わったとばかりに少し歩いた先の畑の隅にしゃがみこんでしまった。

 思わずジッと彼女の行動を見つめてしまう。


「…お前、何してるんだ?」


 ついそう訊ねたのは仕方ないと思う。

 何故なら彼女は生えている草を取り出したのだから。


「見て判らんか。草むしりですよー。ローレス様。雑草を取らないと作物の栄養を取られるでしょ」

「…そういうものなのか」


 へぇ、と彼女の説明を感心して聞く。

 こういった雑事は勿論王族がする事ではない。

 だからこそ、ローレスもまた興味を引く。

 この場から去る選択肢もあるだろう。

 しかし、自分に対して突飛も無い言動をした彼女に興味が沸いたのも事実。

 もう少し付き合うことにした。

 屈んでいる彼女に近づくと、習うように隣に屈みこんで手を伸ばす。

 しかしどれが抜いていいものなのか判らない。


「どれが雑草なんだ?」


 彼女がビクッと驚いて声を出したが、気にせず問うと。

 少し悩んだ様子で徐に口を開いた。


「…この辺に生えている細いのが雑草です。こっちは苗なので間違っても抜かないように」


 そう説明されて、苗と呼ばれた方へ視線を向けた。

 確かに雑草と教えられたものより葉が大きく、土に植わっていると言う感じだ。

 雑草をどう抜くのが正解なのか判らなかった為、2本3本掴んで抜いてみる。

 意外とあっさり抜けた。

 これをどうするのか判らないものの、何だかいつもと違う事に興味が沸く。


「そうか。これは何の苗なんだ?」


 抜いた雑草をぶら下げたまま、苗についてを訊ねた。

 すると、これは蕪の苗だという。

 拳ぐらいの実がなるようだ。

 どう実が付くのか気になった。


「??」


 すると彼女は徐にローレスが手にしていた雑草を取る。

 そして、根っこに付いていた土を地面に叩きつけるように落としたのだ。

 思わず面白い、と思ってしまった。

 その行動が。


「土を落とさないと色々面倒なので」


 そう言って、土を落とした理由を淡々と説明してくれた。

 根っこの土を落とす事によって雑草の重さを軽減させる狙いがあるらしい。

 確かに少量ならば兎も角、沢山抜くならば土は邪魔でしかないだろう。


「なるほど」


 彼女の話に納得しつつ、習うように先ほどと同様に雑草を引き抜く。

 そして今度は自分で土を落としてみた。

 これは面白い。

 チラリと彼女を見ると、黙々と雑草を抜いている。

 その手際はよく、無駄も無い。

 日々行なっている事なのだろう。

 思わず感心しつつ、こういうのも悪くないと思った自分に自嘲する。

 しかし、悪くないと思っているのは確かなので、ローレスもまた黙々と雑草抜きを手伝った。




 その後、結構な時間ずっと雑草を抜いていたらしく。

 父親と老人がやって来た時には二人の脇には小さな山が出来ていた。

 これをどうするのかも気になったが口にするのは憚れ、ローレスは雑草抜きを手伝う姿を見られた事に少し気恥ずかしさも感じていた。

 だから、彼女が礼を述べた時もやっぱりつっけんどんになってしまった。

 しかし。


「ローレス様、もう少し子供らしく出来ないんですか」


 そう言われて。

 つい、お前に言われたくない、と口に出しそうになった。

 どの口が言うか、と。

 だが、彼女は見本を見せるようににこーっと笑ってみせる。


「ほらほら、愛嬌大事!」

「…馬鹿か。お前」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんですよー」

「はぁ!?俺を誰だと思って、」


 るんだ、と続けようとして父親に口を塞がれた。

 何をするんだと言う視線を向けるが、父親の視線は彼女へと向かっている。

 知らないとはいえ、仮にも王族相手に馬鹿とは、不敬罪も甚だしい。

 そう言いたかったのに、父親に上手く話を流されてしまった。


「あの話はまた後日、ということで」


 そう話を締め括った父親は、老人と彼女にきちんと挨拶をして牧場を後にした。

 勿論ローレスは不満でしかない。

 結局、城に着くまでの間にアレコレ問いただしてはみたものの、全てはぐらかされてしまった。

 終いには、


「あの牧場が気に入ったならいつでも顔を出してあげなさい。カルヴィー嬢も喜ぶだろう」

「………何言ってるんですか」


 どうやったらそういう話になる。

 父親の言葉にローレスははっきりと言い返した。

 しかし、父親は本当にそう思っているようで、機嫌よく歩いていく。

 ローレスを部屋まで連れて来ると、今日のことは内緒だぞ、と言い置いて去って言った。

 一体何なんだ。


「偽物、ではなさそうなんだが……よく判らないな…」


 父親の突然の変化に付いていけない。

 首を傾げても答えは出ず。

 ローレスは誰が二度と牧場へなぞ行くか、と一人ごちて、机へと向かった。

 しかし、後日今度は一人で城を抜け出して牧場へと向かうローレスの姿がそこにはあった。


 

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