8話 柚からの初めての連絡
花楓と楽しくおでんを食べて、リビングのソファに2人座って、テレビを見ているとインターホンが鳴った。「どなたですか?」とインターホンに出ると、「俺だ」という返事が返ってきた。幼馴染の藤堂達也が来たらしい。僕が玄関の鍵を開けて、扉を開けると、無言で達也が玄関に入ってくる。
達也は僕の幼馴染で、黒髪・ゆるめパーマをかけ、涼し気な二重まぶた、キリっとした鼻筋、形の良い唇が小顔におさまっている。色黒、細マッチョのイケメンだ。
花楓がソファからいきなり立ち上がって「達也さん、こんばんわ」と会釈して、慌てて2階の自分の部屋へ駆け走っていった。部屋着でいたから、私服に着替えにいったのだろう。達也は花楓のお気に入りだ。憧れと言ってもいい。そんな花楓の心を知っているだけに、花楓の行動が微笑ましい。
そんな花楓の心なんて知らない達也は、花楓の突然の行動を不思議な顔で見ている。
「久々に来たんだから、座れよ」
「ああ、ありがとう」
達也は黒のコートを脱いで、きれいに畳んで、ダイニングテーブルにかける。僕がリビングのソファに座ると、達也が僕の隣に座る。達也が僕の家に来たのは1カ月ぶりぐらいだ。いつもふらっと来る奴だけど、本当に気まぐれで来るから、いつ達也が家にやって来るのかわからない。幼馴染の気安さもある。
花楓が2階から降りてきた。薄緑色のワンピースを着ている。髪もしっかりと整えられている。花楓さん、そんなにオシャレをして、これからどこ行く気なのかな。達也のためにそれほどオシャレをしたのかな。男としての敗北感を感じる。心が寂しい。
達也と僕は2人で最近の近況を雑談する。花楓は僕の隣にちょこんと座っている。達也がくると花楓はすごく大人しくなる。緊張しているんだろうか。花楓が頬をピンク色にして、いきなり僕と達也の話の間に割って入ってきた。
「今日、お兄ちゃん、女友達と満員電車の中、一緒に帰って来たんですよ。すっごく女友達と仲いいみたいで、電車の中ですごく近くにいたみたいで、お兄ちゃんのコートやシャツに女友達の香水の香りが残ってたんです」
花楓、達也が来ているから気が動転してるのはわかるけど、なぜそんなシークレットなことを言うかな。それは黙っていてほしかった。
「電車の揺れで女友達と引っ付いたって言ってるんですけど、お兄ちゃんのシャツにベージュのグロスがついてたんですよ。今までのお兄ちゃんにはなかったことなので。お兄ちゃんに女友達ができるなんて嬉しくて、達也さんに報告です」
なぜ、シャツについた柚のグロスのことまで言っちゃうのかな。それを言われると、お兄ちゃんが苦しい立場に立つんだよ。見てみろ、達也の顔がニヤニヤと笑ってる。僕はどうしたらいいんだよ。
「ありがとう花楓ちゃん。それは圭太からは絶対に聞くことのできない、貴重な情報だね。圭太にそんな女友達ができていたとはね。圭太、どうやって知り合ったんだ?俺に聞かせてくれるよな?」
達也の目がキラリと光る。これはもう白状するしかない。道路脇のシャッターにもたれかかって倒れていた柚を、僕が発見して救急車を呼び、巽総合医療病院へ行ったことを説明する。柚はストレス性慢性喘息の発作で倒れていたことを話す。そして柚が同じ予備校の生徒だったので、友達になったと話した。
「そんなことがあったのか。確かに寒暖の激しいこの季節は喘息の人にはキツイかもな。でもお前も人の体のことを気にしてばかりはいられないだろう。自分の体のほうは大丈夫なのか?」
「倒れたのは、あの高校の時の1回だけだから大丈夫だよ。達也も心配性だな」
「お前の病気は倒れたら命に拘わるんだぞ。ストレス性慢性喘息も患うと厄介な病気だと思うけど、お前の心筋症のほうが危ないんだ。花楓ちゃんのためにも体には気をつけろよ。体に異変があったら、すぐに俺に連絡してくるんだ。車で病院まで連れて行ってやるから」
そう僕には持病がある。高校生の時に倒れるまで誰も知らなかった。父親さえ知らなかった。僕は心筋症を抱えている。しかし激しい運動さえしなければ、今の所は問題ないと主治医に言われているから安心して暮らしている。
「ちょうど、明日が検査日なんだ。月に1度の定期健診日。巽総合医療病院へ行ってくるよ」
「そうか明日か。大学がなければ、俺が連れて行ってやるんだけどな。残念だが、明日は大学だ」
達也は大学受験に合格して今は十文字大学に通っている。来年こそ僕も大学に合格するからな。
暫くするとポケットに入れていたスマホが振動する。僕はソファから立ち上がって、達也と花楓から距離を取って、スマホに出る。
《圭太の電話よね?私、柚。今いいかな?》
《いいけど、どうしたの?》
柚からの初めての連絡だ。心臓がドキドキする。妙に緊張して声が裏返りそうだ。
《今ね、明日の予備校の予習をしてるんだけど・・・・・・わからない所があって・・・・・・圭太ならわかるかなと思って、別に忙しいならいいわ》
《柚、勝手に電話を切ろうとしないでよ。勉強を教えるのは大丈夫だよ。さっき約束したばかりだし》
柚の声がパッと明るくなる。
《本当に?チョー助かる。私のマンションの近くにファミレスあるの知ってる?》
《ああ、いつも柚を送った帰りにファミレスの前を通るから知ってるよ》
《じゃあ、ファミレスで待ってる・・・・・・プー・プー・プー》
勉強に協力するとは言ったけど、いきなりファミレスに呼び出されるとは思わなかった。僕は慌てた顔で達也と花楓のほうへ振り向く。2人は何が起こったのか不思議な顔で僕を見ている。
「さっき話してた女友達なんだけど、明日の予備校の予習をしていて、わからない所があるから勉強を教えてほしいって言われて、ファミレスで待ってるって言って、電話が切れた」
達也が僕を見てニヤニヤ笑っている。花楓が嬉しそうに微笑んでいる。
「花楓ちゃんの面倒は俺が見てるから、早く女友達の所へ行ってやれよ。女友達の名前ぐらい、俺に教えろ」
「広瀬柚って言うんだ」
階段を登って、自分の部屋に行き、私服に着替えて、コートを羽織る。そして1階に降りて、2人に手を合わせて謝って僕はすぐに玄関を出た。あんまり激しく走れないけど、柚が待ってるから、早くファミレスに行こう。
ファミレスのドアを開いて中へ入ると、頬を薄ピンク色に染めた柚がテキストを見ながら、ペンで頭コリコリとしている。また問題につまづいているようだ。
僕は急いで柚の対面の席に座る。柚は少しテキストから顔を上にあげて、時計を見る。
「ぎりぎり合格点ね。もう少し遅かったらOUTよ」
OUTだったら、僕はどんな目にあってたんだろう。また足を踏まれていたんだろうか。ウエイトレスが来たのでドリンクバーだけ頼む。
「圭太、そっちに座ってたら、私のテキスト見えないじゃん。もうわからない問題ばかりで大変なの。早く隣に来て助けてよ」
え、柚の隣に座ってもいいのか。俺はすごく嬉しいけど、たぶん柚はテキストの問題がわからなくて、自分が今何を言ったのかわかってないと思うけど、とにかく柚の隣に座って、早く問題を解いてあげよう。
柚の隣に座ると爽やかで優しい甘い香りが漂ってくる。やっぱり柚の香りだ。柚の横顔を見ると、口を尖らせて、ペンで頭をコリコリさせて、頭を悩ませている柚の横顔が見える。その姿もきれいで可愛い。
「圭太、早く、教えて。もう私の頭は限界よ」
僕はテキストを見て、柚からペンを借りて、丁寧に柚に解説をしながら問題を解いていく。そしてテキストの要点の場所を丸で囲む。柚はウンウンと頷いていたが、やがて花が咲いたようにパァっと顔が輝いて笑顔になった。理解できたようだ。
「やっぱり圭太の解説が一番わかりやすい。ありがとう圭太。理解できたよ」
ウキウキ顔で柚が答える。僕はその笑顔を見て嬉しくなった。
「わからない所、いっぱいあるの。圭太、もうちょっと付き合ってくれるかな?」
「大丈夫だよ。柚がわかるまで付き合うよ」
柚が恥ずかしそうにプイとテキストに顔を向ける。柚が納得するまで僕は柚の勉強に付き合う。一瞬、柚が僕の横顔を見て、すごく嬉しそうに微笑んだ。視線に気づいて僕が振り向くと、慌てて柚は顔を赤くして、テキストへ顔を逸らした。




