6話 星空の下で
満天の星空の下、柚は鞄を斜めがけにして、両手をプラプラさせて上機嫌で夜空を眺めている。街灯の多い大通りを歩いているので、満天の星空が街灯で霞んでいるのが、少し寂しい。
柚の少し斜め後ろを歩いていく。少し後ろから柚を見ていると、髪がきれいで、頬がピンク色で、スタイルも良くて、とても可愛い美少女だ。僕の隣の席で一緒に勉強しているなんて勿体なく思う。
柚は体を大きく振って、チラチラと僕の様子をチラ見しているのがわかる。すこしは僕のことを気にしてくれてるみたいで嬉しい。
勇気をもって、柚の隣へ歩いていく。柚も僕と50cmほど距離を取って、2人で並んで歩く。大通りなので車の往来が多い。ヘッドライトの明かりが僕達を照らしては去っていく。
「あのさ、私が入院した時のこと覚えてる?」
「ああ、覚えているよ。あの時は焦ったよ。シャッターにもたれて、柚が倒れている時はどうしようかと思ったよ」
でも、あの時、一瞬だけ柚を見なかったことにして通り過ぎようと考えていた僕がいた。今、思えば本当に恥ずかしい。情けない。今は柚を助けて、本当に良かったと思っている。
「あの時ね、呼吸が苦しくなって、すぐに吸引器を吸ったんだけど、息苦しさが止まらなくて、また吸引器を吸っちゃってね。あの吸引器、本当はきつい薬だから、1日2回までしか吸引したらダメだったの。それを数多く吸っちゃったから、余計に病状が悪化しちゃったんだって。お医者さんに怒られちゃったよ」
柚が口を尖らせて言う。その姿もとても可愛い。
「仕方なかったんだよ。だって柚は呼吸困難でパニック状態だったんだから。僕も吸引器を持っていたら、柚をと同じように薬に頼ろうとするから吸引器を何回も吸ってたと思う」
「はじめは軽い眩暈かなと思ったの。すぐに平衡感覚がなくなって倒れちゃって、呼吸が苦しくなって、助けを呼ぶこともできなかった。恥ずかしかったのもあったし」
柚は女の子だもんな。助けを呼ぶのも恥ずかしいよね。それはわかるけど、助けを呼んでもらわないと困るよ。
「今度からは恥ずかしくても、誰かに助けてって言わないとダメだよ。柚の病気は命に拘わることもあるんだからね」
「瑛太お兄ちゃんにも同じこと言われた。いつも瑛太お兄ちゃんは私のことばっかり心配してくれてる」
瑛太さんか、黒のレクサスに乗って、スーツ姿でイケメンだったな。そして優しいんだから、モテるんだろうな。
「柚のお兄さんだよね。すごくイケメンの恰好いいお兄さんだよね。それで柚には優しいんだから、柚は瑛太さんにメロメロだね」
「何言ってんの!私達は兄妹よ。確かに瑛太お兄ちゃんのことは格好いいし、優しいし、イケメンだし、超いいと思ってるけど、私が瑛太お兄ちゃんに恋するわけないでしょ。私もきちんとした彼氏を見つけるんだから」
なぜか、柚の言葉が僕の胸にチクっと突き刺さる。それがどんな気持ちなのかは、はっきりしないけど、柚に彼氏ができるのはイヤだな。
「柚はきれいだし、可愛いし、時々、予備校でも知らない男子から声かけられてるじゃん。良い奴はいなかったの?」
「いたら、こうして圭太の隣で歩いてないわよ。私、予備校でもあんなのキライなの。性格も知らないのに信じられない。私の外見だけで振り向く男子なんて最低」
男性の8割は女性の外見に一目惚れするという統計もあるんだけど、今の柚には言わないほうがいいだろう。
「僕は柚はツンツンした所もあるけど、寂しがり屋で、恥ずかしがり屋で、照れ屋で、臆病で、可愛いと思うけどな」
柚の歩いている足が止まった。そして僕の正面に立つと、思いっきり足を踏まれた。褒めたのに。
「ツンツンしてて悪かったわね」
ああ、ついそれを言っちゃったよ。僕の失敗だ。ごめんよ柚。ツンツンしているのも可愛いと思ってるよ。
口を尖らせて柚はズンズンと歩いていく。僕は慌てて柚に追い付いて、隣を歩く。また少し体の距離を開けられた。まだ僕に慣れていないんだろうな。俊輔だと自然に密着したりしてるもんな。
もうすぐ柚の家があるマンションの近くだ。目印になっている小さな公園が見える。
柚は何も言わずに公園の中へ入っていく。そしてブランコに乗って足をブラブラさせている。まだ帰るつもりがないようだ。僕は公園の手前にある自販機で暖かいコーヒーと紅茶を買う。そして柚の近くまで歩いていって、暖かい紅茶を渡した。小さい声で「ありがとう」と聞こえる。僕の胸がほっこりする。
暫く2人で静かに黙って夜空を眺めていると、柚がぽつりぽつりと話し始めた。
「私ね。小さい頃、小児喘息だったの。とても苦しかった。皆が外で遊んでいる時も私だけは外気の気温が体に悪いって、家で遊ぶことが多かった。だから小さい時の親しい友達っていないし、覚えてないの。それでね。中学になって、急に小児喘息が治ったの。その時は嬉しかった。やっと友達と遊べると思って、普通の体になったんだと思って、いっぱい遊んだ」
幼少時代も喘息で苦しめられていたのか。辛い幼少時代だ。僕なんて朝から夜まで外で遊んでいた記憶しかない。子供の時って、外で遊びたいし、友達とも遊びたい時期だよね。柚は我慢していたんだろうな。
「それでね。遊びすぎちゃって、中学生の頃から成績があまり良くなかったの。それでね、瑛太お兄ちゃんがこのままだと柚の成績が危ないって言い始めて、瑛太お兄ちゃんが私に勉強を教えてくれて、なんとか皆と同じレベルになって、授業もついていけるようになって、高校受験に合格したんだ。高校に合格した時は俊輔と夏希と3人で合格パーティをカラオケボックスでしてね。楽しかったー」
柚の目が遠くを見ている。昔を思い出しているんだろう。俊輔と夏希とは本当に仲良い友達だったんだな。少し羨ましいよ。
「それで、今度の大学受験では失敗しないように、高校1年生の終わり頃から頑張ったんだよ。私、人よりも頭の回転が悪いのか、先生の言うことが理解できなくって、いつも夏希に教えてもらってた。家に帰って瑛太お兄ちゃんにも勉強を手伝ってもらってさ。結構、真剣に勉強してたんだよ」
柚は頑固で思い込みが激しい所がある。だから本気で一生懸命に勉強したんだろう。
「それなのに、高校2年生の時から、ストレス性慢性喘息が始まって。また、小さい頃みたいな苦しい時間が始まって、それでも私、頑張って勉強したんだ。でもね受験の当日の日、朝から眩暈がしてたんだけど、無理に試験会場へ行ってね。眩暈で頭はグルグルするし、頭はボーっとするし、頭の中から答えが出てこないの。頑張ったけど、落ちちゃった。それが今の私」
眩暈と頭が霞んでいるのによく大学受験をしようと試験会場まで行って、試験を受けたと思うよ。それだけでも、僕は柚のことを偉いと思うよ。
「悔しかった。悲しかった。不合格通知が来た時は、1日中、部屋に閉じこもってた。悔しくて涙が出た。あんな思いはもうしたくない。だから来年は絶対に大学に合格するんだ」
柚の気持ちと努力があれば、大学合格できると思うよ。
「柚の頑張りならできるよ」
「私のことを何にも知らないのに気休めなんて言わないで」
しまった。そうだよな。柚に聞くまで、僕は何も柚のことを知らなかったんだ。気休めに聞こえるよな。
「ごめんな柚。柚の言う通りだ。僕は柚の何も知らない。なのに勝手なことを言ってゴメン」
柚は顔を真っ赤にして、ブランコから降りると僕の真正面に立って、上目遣いで僕を見る。
「圭太にお願いがあるの。私、今の予備校の講師のしている講義を上手く理解できない。夏希に教えてもらっても、上手く理解できない。でも圭太に教えてもらうと頭にスーッと言葉が入ってくる。だから、勉強をこれからも教えてほしいの」
柚からこんな頼み事をされるとは思わなかった。柚は恥ずかしいのか、僕に背を向けてしまった。はじめて柚が僕に気を許してくれたような気がした。少し、心の扉を開けてくれたような気がした。すごく嬉しい。
「僕でよければ、いつでも柚の勉強に付き合うよ。柚、嬉しいよ」
「・・・・・・」
柚は小さく「ありがとう」と言って、公園の外へ走っていく。僕は慌てて柚を追いかけて、隣を歩く。柚が僕から体の距離を取らなかった。僕のすぐ隣を柚が照れて俯いたまま歩いてく。
柚との距離が少し縮まったように感じた。僕は夜空を見上げて柚に声をかける。
「柚、今日は満天の星空だよ。柚のようにきれいだね」
「バカ」
そう言いながら、柚も夜空を見上げている。その横顔は少しだけ綻んでいるように見えた。
今日の更新はここまでといたします。
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