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48話 奇跡ー柚side

 私は教会の中で時間を忘れるほど祈った。そしてポケットからハンカチを取り出して自分の涙を拭く。席を立ちあがり、教会の礼拝堂を出ようとすると玄関の所に牧師が立っていた。



「つかぬことを聞きますが、あなたは広瀬柚さんじゃありませんか?」


「はい。そうです。なぜ私の名前を知ってるんですか?」


「実はあなたが病に倒れていた時、圭太くんが毎日のように、この教会に来て、今のあなたのように毎日、あなたのことを祈っていたんです。早く柚さんの病が治りますようにと、真摯に祈っておいででした」



 私がストレス性慢性喘息でICUに運ばれていた時も、この教会に祈りにきていたと牧師は説明する。



 圭太!圭太!私のことで毎日、祈りを捧げてくれていたの。ここまで来てくれていたの!圭太、本当にありがとう!



 圭太が毎日のように、この教会に足を運んでいたことを聞いて、私の目には、また大粒の涙が溜まってきた。圭太、そんなこと誰にも一言も話していなかったじゃない。圭太、恰好良すぎだよ!



「今度は圭太くんに何があったようですね。彼は好青年です。神も彼に祝福を与えるでしょう。神の慈悲が彼の上に舞い降りますように」


「ありがとうございます。牧師様、今から圭太に会いに病院に行ってきます」


「神の奇跡があらんことを」



 牧師はそういうと深々と礼をする。私も深々と礼をして教会を後にした。圭太がどれほど私を愛してくれていたのかが、はっきりとわかる。圭太は深く私を愛してくれている。だから私はもっと圭太のことを愛そうと心に誓った。



 駅に着いた私はロータリーで巽総合医療病院行きのバスに乗る。15分ほどで病院に着いた。私は救急搬送用の入り口から入って、受付にいる看護婦に圭太の病状を聞く。



「柏木圭太さんなら、今はICUのベッドで寝ています。広瀬柚さんですね。柏木圭太さんの婚約者として記録があります。今なら面会が可能です」



 受付の看護婦にお願いして面会カードを首にかけてICUの病棟の中へ入る。色々な患者が寝てるベッドの間の通路を通って、看護婦の後ろに付いて圭太の寝ているベッドに着く。



 圭太は酸素マスクをつけて、静かに眠っていた。しかし手には大きな袋上の手袋、腰に固定用のベルト、両足はベッドに括り付けられている。体中に各検査機器の末端が貼られている。心電図が置かれていて圭太の心臓が異常なく動いているのがわかる。



 看護師の1人がやってきた。



「昨日、治療室へ一度入りましたが、朝比奈響主治医が迅速な措置を施してくれて、難を逃れることができました。もう山場を越えましたよ。まだ意識は戻りませんが、強い睡眠薬も投与されているので、そのせいもあると思います。何かあれば朝比奈響主治医が対応してくれますから、大丈夫ですよ」



 それだけ言って看護師は去っていった。良かった!圭太は生きてる!圭太は生きてる!良かったよ!私は圭太が寝ているベッドの脇のガードを両手で握りしめて、力が抜けそうになる自分を必死に支える。良かった!本当に良かった!圭太、早く目を開けてよ。早く私をじっと見つめて!



 眠っている圭太の顔をじーっと見ながら、心の中で圭太に話しかける。看護婦がパイプ椅子を持ってきてくれた。私は圭太のベッドの横にパイプ椅子を置いて座る。そして圭太を見つめ続ける。



 どれくらい経っただろうか。私は圭太が無事だと聞いて、少し精神が緩んだのだろう。パイプ椅子に座ったまま、目をつむってしまっていたようだ。



「柚お姉ちゃん、お兄ちゃん、もう大丈夫って聞いたけど、本当に大丈夫ですか?」



 後ろを振り向くと、今、来たばかりの花楓ちゃんが目を潤ませて私を見ている。



「本当よ。看護師さんから説明を受けたわ。朝比奈響医師の措置のおかげで命が助かったって聞いたわ。もう大丈夫だって。花楓ちゃん、お兄ちゃんは助かるわよ。大丈夫よ」



 花楓ちゃんが私の胸に飛び込んできて、泣きじゃくる。それを見て私も心の中から熱い想いが沸き上がってきて、涙が溢れだす。涙を止めることができない。涙が頬を伝っていく。2人で抱き合って、大泣きする。



 圭太はこんなに近くで私達が大泣きしていても、指1本動かさない。それでも生きている。それだけでも嬉しい。本当に嬉しい。ありがとう神様。



 花楓ちゃんとひとしきり泣き終えて、2人で圭太のベッドに近寄って、2人で圭太の顔を覗き込む。圭太は無表情な顔で呑気そうに眠っているように見える。顔色も頬が少しピンク色をしていて、私をホッとさせる。



 花楓ちゃんの顔からも緊張が解け、圭太を見て優しく微笑んでいる。



「こんな可愛い妹と婚約者を泣かすなんて、お兄ちゃんは罪な人です。意識を取り戻したら、2人でお説教をしないといけませんね」


「本当だね。圭太が意識を取り戻したら、2度と激しい運動をしないように、うんと2人でお説教しようね」


「はいなのです!」



 花楓ちゃんから冗談が飛び出すぐらいに、花楓ちゃんも元気になった。私も元気にならなくちゃ。花楓ちゃんは冗談でも、私を泣かせた分の説教は圭太にはきちんと受けてもらいますからね。



 面会終了時間が近づく。私と花楓ちゃんは手を繋いでICUの通路を通って外に出て、受付で面会カードを返却する。長椅子には達也さんと瑛太お兄ちゃんが座っていた。



 2人に圭太は山場を越したことを報告すると、2人共、ほっと安堵の息を吐いて、表情を少し和らげた。



「柚、他に連絡しておいたほうがいい人達がいるだろう。皆、圭太くんが戻ってくるのを待っているはずだ。連絡を早くしてあげなさい」



 私は頷いてスマホを取り出してマスターへ連絡をする。スマホの向こう側でマスターの渋い低温ボイスの声が聞こえる。私は圭太が山場を越して、今はICUで安静に眠っていることを説明すると、マスターは「本当に良かった」と一言漏らした。



 そして明日香さんと電話を代わる。明日香さんに事情を説明すると「良かったわね。圭太くん、ムチャしちゃダメだよ。本当に心配をかける子なんだから」と言って、泣き出した。



 またマスターに代わる「明日香もずいぶん心配していてね。山場を越えたと聞いて、緊張の糸が切れてしまったみたいだ。まだ泣いているけど、大丈夫だ。連絡してきてくれてありがとう。また一般病棟になれば見舞いに行くと伝えておいてください」とマスターは言い終わる。私も「ご心配をおかけしました」と言ってスマホを切った。



 そして俊輔へ連絡をする。俊輔は家で私からの電話を待っていたらしい。近くに夏希もいるという。圭太が山場を越えたと説明すると「ウォオオーーー!ヤッターーー!圭太が助かったーーー!」と言ってスマホの向こう側で泣いている。



 あまりに俊輔が興奮しているので会話にならない。代わりに夏希が出た。「俊輔、感激しすぎて泣いているから、私が聞くわ。圭太は山場を乗り越えたんだって、おめでとう。良かったね。私達もあれからほとんど眠れていなかったの。なぜ圭太が走っていくのを止められなかったのかって悔んじゃって、2人でしょんぼりとしてたんだよ。圭太が助かって本当に良かった。本当に嬉しい。これで安心して眠れるわ。また見舞いに行けるようになったら連絡を必ずちょうだいね。連絡待ってるから」と夏希は冷静に話す。俊輔が興奮し過ぎたので、夏希は逆に冷静になってしまったようだ。本当に良いコンビだと私は思う。「心配してくれてありがとう、また連絡するね」と言って私はスマホを切った。



 瑛太お兄ちゃんが私の肩を優しく叩く。そして静かに「今日の所は一旦、帰ろう」と言われ、私も「うん」と答えた。花楓ちゃんは達也さんが腰を持って支えている。



「俺達も今日はもう帰ります。また明日、見舞いにきます」



 達也さんは瑛太お兄ちゃんと私に会釈をする。私達も会釈を返した。そして4人で救急搬送用出入り口のドアを開けて、それぞれの車に乗り込んで家路に向かった。

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