47話 圭太を助けてー柚side
ICUを出された花楓ちゃんと私を長椅子に座っていた達也さんと瑛太お兄ちゃんが見る。
「ICUのベッドで圭太は寝かされていて、主治医の先生の説明を聞いていたの、すると心電図がおかしくなって、また圭太が治療室へ連れていかれちゃった。主治医の先生は絶対に助けるって言ってくれてるけど、本当はわからない状態だと思う」
私は瑛太お兄ちゃんの隣に座って、さっきまでの状況を必死で説明する。そして私は瑛太お兄ちゃんの胸にすがって泣き崩れた。圭太の笑顔や微笑みが走馬灯のように流れては消えていく。私の目からは大粒の涙が溢れ、頬を伝い流れ落ちていく。涙が止まらない。誰か圭太を助けてよ。
「お兄ちゃんが危ない!お兄ちゃんが死ぬ!そんなのイヤだ!」
花楓ちゃんは達也さんにしがみついて泣きじゃくっている。達也さんは優しく花楓ちゃんの頭をなでているけれど、顔が険しく、言葉が出てこないようだ。
瑛太お兄ちゃんの顔を見ると顔色を青くして、眉間に皺を寄せて険しい顔をして何も言ってくれない。病院の廊下に沈黙が降りる。その中で花楓ちゃんの泣き声と私の泣き声だけが響きわたる。
「とにかく、今日の所は、ここに居ても仕方がない。主治医の先生が大丈夫だと言ってくれてるんだ。その言葉を信じて、今日は帰るしかない。そうでなければ、柚も精神的に参ってしまうし、圭太くんの妹さんの精神も参ってしまう。達也くんはどう思う?」
「俺も瑛太さんと同じ意見です。今日は花楓ちゃんを連れて帰ります。俺、圭太の家に泊まり込んで、病院からの連絡を待ちます」
瑛太お兄ちゃんは厳しい顔で頷いた。
「病院から連絡がはいったら、柚に伝えてあげてほしい。花楓ちゃんも心配しているが、柚も圭太くんのことを心配している。頼めるかな?」
「わかりました。病院に何かの動きがあれば、必ず柚ちゃんに連絡を入れるようにします」
達也さんはそう言って、長椅子の上で泣いている花楓ちゃんを支えて立たせると、「俺達はこれで帰ります」と言って、救急搬送の出入り口から2人そろって出て行った。
瑛太お兄ちゃんに支えられて、私も立ち上がると2人で救急搬送の出入り口をから出て、車まで行き、車に乗って家路に着いた。
上手く言葉が出てこない。頭の中には圭太の笑顔、圭太の微笑み、圭太の温もりが駆け巡る。圭太のことしか考えられない。瑛太お兄ちゃんを見ると、ずっと険しい顔のまま無言で車を運転している。
車の中は始終、お互いに無言だった。私は瑛太お兄ちゃんに何を言えばいいのかもわからなかった。車が家に到着し、地下駐車場に車を止めて、私は助手席から降りる。フラフラと歩いていると、運転席から降りてきた瑛太お兄ちゃんに両肩をしっかりと持たれて、支えられて家まで帰る。
玄関を開けて、靴を脱いで私は自分の部屋へ向かう。部屋に入って自分のベッドの上に倒れこむ。そのまま何もする気が起こらず、手に持ったスマホを眺める。
圭太が無事でありますように!圭太が助かりますように!
私は心の中で叫ぶように祈るしか方法はなかった。何もする気が起こらない。私はフラフラと立ち上がって、何とか外着と私服を着替えて、部屋着になりベッドの中へ潜り込んだ。そのまま意識がなくなった。
◆
どれくらい寝ていたんだろうか、気が付けば朝だった。手に持っていたスマホを確かめると花楓ちゃんからの連絡はまだない。私が部屋を出ると瑛太お兄ちゃんが朝食の準備をしてくれている。
何も言わずにトースト、目玉焼き、ウインナー、コーヒがダイニングテーブルの私の席の前に置かれる。私は椅子に座って、コーヒを飲む、何も食べる気がしなかった。
「これだけでも食べておきなさい。柚が倒れないように、とにかく医者を信じよう。圭太くんが助かるように」
瑛太お兄ちゃんの顔を見ると目の下に隈ができている。昨夜は一睡もしていないのかもしれない。私は瑛太お兄ちゃんの指示に従って、朝食を食べていった。
マスターと明日香さんにも報告しておいたほうがいいと思う。私、マスターと明日香さんの連絡先を知らない。巽総合医療病院に向かう途中で降りる駅だし、少し喫茶店に寄って、マスターと明日香さんに報告するほうがいいだろう。
私は自室で戻って、私服に着替えてコートを着てマフラーを首に巻く。私が外着に着替えたのを見て、瑛太お兄ちゃんがテーブルに座ったまま、私をじっと見つめる。
「私、巽総合医療病院に行く。その途中で圭太のバイト先だった喫茶店に寄ってマスターに圭太のことを報告してくる」
「俺が車を運転して行こうか?」
「ううん、瑛太お兄ちゃんも昨日は一睡もできていないみたいだし、家でゆっくりと休んで。何かあったら、必ず瑛太お兄ちゃんに連絡するから」
瑛太お兄ちゃんの申し出を断って、私は家を出て、駅から電車に乗り、3つ目の駅で電車を降りて、喫茶店に向かう。私が喫茶店に着いた時には、まだ喫茶店はオープン前で中でマスターがカップを拭いていた。
私は喫茶店の扉を開けて、玄関先でマスターの顔をジーっと眺めてしまう。マスターは私の様子が変なことに気づいたようだ。
「圭太くんに何かあったのかい?」
「昨日、繁華街へ行く途中で、圭太が倒れました。心筋症の発作です。今はICUの治療室に入っています。マスターと明日香さんだけには報告しておこうと思って、朝からお邪魔しました。それじゃあ、私は巽総合医療病院へ向かうので失礼します」
「ちょっと待って、柚ちゃん。モカを飲んで行くぐらいの時間はあるだろう。少しコーヒーでも飲んで落ち着きなさい。僕も圭太くんから心筋症の話を聞いていたから、バイト中は気を配っていたんだけどね。まさか、繁華街へ行く途中で倒れるとは驚きだよ。病院に運ばれているなら、後は主治医の仕事だ。僕達は圭太くんが元気な姿で帰ってくるのを祈るしかない。柚ちゃん、落ち着いて、モカでも飲んでいきなさい。今、用意するから、座りなさい」
マスターは優しい目で私を見つめてくる。私は頷いて、カウンターの椅子に腰をかけた。すぐにマスターがモカを淹れて、私の前に置いてくれた。マスターの顔も厳しい。
「僕から明日香には連絡しておくよ。僕達では何の役にも立たないけど、圭太くんが無事に戻ってくることを祈っているよ。だから、圭太くんの体調をまた教えてくれるとありがたい。これが僕の携帯番号だ」
マスターが名刺を1枚くれる。そこにペンで自分の携帯番号を書き込んでいる。私は名刺を鞄の中に大事に仕舞った。そしてモカを一口飲む。いつもマスターのモカは美味しいんだけど、今日は何の味もしない。
マスターは黙ってカップを拭いている。私は黙ってモカを飲む。何を話していいかわからない。無理に話をすることもないと思う。マスターも心の中ではショックを受けているはずだし、私も今の圭太の状況がわからない。
「マスター、また来ます。明日香さんによろしくお伝えください。何かあったら携帯へ連絡します」
「柚ちゃんも大変だと思うけど、自分の体も大事にしないとダメだよ。何かあったら連絡を頼むよ」
マスターにお辞儀をして、喫茶店を出る。喫茶店を出て大通りを出て周りを見渡すと、小さな十字架が見えた。私は別に信仰心が篤いわけではない。でも、今は圭太のことを祈るしかない。私はまるで十字架に惹きつけられるように、トボトボと十字架を目指す。そこには一軒の教会があった。朝から牧師らしい人が掃除をしている。
「おはようございます、初めまして。病で倒れている人がいるんです。私の彼氏です。彼氏のために祈りたいんですけどいいですか?」
「構いませんよ。神はいつ何時でも、あなたの祈りを待ってくださっています。中へ入って十分に満足するまで祈ってください」
玄関を開けると礼拝堂だった。私は前に歩いていき、一番前の席に座って両手を握りしめて、圭太の無事を祈る。
神様、こんな時にしか祈らないのをお許しください。今、圭太は一生懸命に生きようとしています。どうか圭太をお救いください。圭太が心筋症に負けないように守ってください。お願いします。圭太さえ助かれば、私は何でも捧げます。どうか助けてください。神様。
私の心の奥から熱いものがこみ上げてくる。涙が自然と溢れて止まらない。頬を涙が伝い落ちる。どうか圭太を助けてください。私はそのことばかりを一心に祈った。




