46話 緊急治療室ー柚side
救急車が巽総合医療病院に到着する。救急車の後ろのドアが開き、搬送用ベッドに乗せられた圭太がICUの緊急治療室の中へ入っていく。圭太と一緒にいたくて、私も一緒に中に入ろうとしたが、看護婦に止められた。今は緊急治療中なので、治療室には誰も入ることができないと説明を受ける。
私は長椅子に座って、鞄からスマホを取り出して花楓ちゃんに連絡をし、圭太が倒れたことを伝えると、花楓ちゃんは慌てた様子だったが、段々と落ち着いて「わかりました。大至急で達也さんに連絡をして、病院に向かいます」と言って電話が切れた。
スマホが振動する。俊輔からだ。私がスマホを取って、今、巽医療総合病院のICUの治療室へ圭太が運び込まれたことを伝える。俊輔は圭太の体に一体、何が起こったのか、興奮した様子で聞いてきた。私は圭太の心筋症について俊輔に説明する。すこしの間沈黙が流れた。「なぜ、俺達にも相談してくれなかったのか」と言われたが、俊輔と夏希に心配されたくないと圭太に口止めされていたことを話すと、俊輔は「水臭いこというなよ」と鳴き声のような声を出す。私も「ゴメンなさい」と謝る。
俊輔と夏希も巽医療総合病院へ来ようとしていたが、今は治療中で面会謝絶であることを言い、今は親族でも会うことができないことを説明すると、「俺と夏希は家に帰るけど、圭太に変わった様子が見られたら、すぐに連絡してきてくれ」と頼まれた。私は「うん」とだけ答えてスマホが切れる。
私から瑛太お兄ちゃんへ連絡をする。圭太が心筋症で倒れたことを話すと、圭太の心筋症を知らなかった瑛太お兄ちゃんは少しの間、無言だったが、「圭太くんが心配だ。それに、柚も家に帰らないといけないだろう。迎えに行く」と言ってスマホを切った。
これで一応、圭太と私の関係者のほとんどに連絡をすませたことになる。後は圭太が元気になるのを待つだけ。私は1人鞄を抱えて長椅子に座っている。
看護婦がやってきて、「さっき救急隊員から概要は聞いているわ。もっと詳細な情報がほしいの。どんなことがあったか教えてもらってもいいかしら」と聞いてきた。私も1人で待っているのが苦痛だったので、圭太が倒れるまでの経緯を看護婦に説明をする。看護婦はバインダーに挟んだメモに経緯を書いていく。
暫くすると花楓ちゃんと達也さんが病院の緊急搬送用出入り口から入ってきた。私は咄嗟に長椅子から立ち上がる。花楓ちゃんが涙を流して私に抱き着いてくる私は花楓ちゃんの頭を何度もなでる。達也さんは黙って私の顔を見つめている。
「圭太が倒れた時に、近くにいてくれてありがとう。もし圭太1人だったら、今頃は圭太の命もなかっただろう。本当にありがとう。柚ちゃんも顔色が悪いけど大丈夫か?花楓ちゃんが泣き止んだら、椅子に座ろう。圭太はまだ緊急治療室に入ったままだ。俺達にできることは待っていることしかない。辛いだろうが、頑張るしかない」
花楓ちゃんがICUの受付に行って、私を圭太の婚約者として説明をしてくれている。しかし、今は治療室で治療中なので、親族も入ることができないという。治療室を出てICUに運び込まれたら、私と花楓ちゃんは少しの間、面会することができると、花楓ちゃんから説明を受けた。
どれくらいの時間が経っただろうか。まだ治療中という文字が光っている。私は花楓ちゃんを抱いて長椅子に座る。すこし距離を置いて達也さんが座っている。周りはシーンと静まり返っているのに、心の中がざわついて、落ち着くことができない。どうしても悪い方向へばかりイメージが膨らんでいきそうになる。それを必死で抑え込む。
瑛太お兄ちゃんが緊急用搬送口から入ってきた。顔色は悪く、沈痛な面持ちで私の元まで歩いてくる。そして治療中と光っている文字を確かめる。私は瑛太お兄ちゃんに達也さんを紹介する。達也さんは深々とお辞儀をする。瑛太お兄ちゃんは軽く会釈した後に「一体、どういうことになっているのか、教えてくれないかい?」と聞いてくる。
達也さんが圭太の病状について説明する。その後に、私が今日の出来事を説明し、一緒に救急車に同乗してきたことを、瑛太お兄ちゃんに説明する。瑛太お兄ちゃんの顔が引きつる。
「圭太くんもそんな病気を患っていたのか。心筋症といえば特定疾患の難病じゃないか。俺にも教えておいてほしかったな」
圭太は自分の病気を知って、皆に心配をかけてしまうことをイヤがっていたと達也さんが説明してくれた。瑛太お兄ちゃんは黙ってそのことを聞いている。眉間に皺が寄り、険しい顔をして座っている。
治療中のライトが消えた。看護婦が近づいてくる。
「親族の方だけ、面会していただいてもいいです。ですが、できるだけ静かにお願いします」
私と花楓ちゃんは面会カードを首にかけてICUの中を歩いていく。看護婦が先導してくれて、カーテンを開けて達也のベッドを見せてくれる。
「お兄ちゃん、花楓だよ。わかるー!お兄ちゃん、花楓だよー!」
花楓ちゃんが泣きながら、圭太の体を触りに行こうとするが看護婦に制止される。圭太の体は仰向けに寝かされていて、手首をグローブのような手袋に包まっれて、手首を固定されている。腰もベルトで固定されている。そして足首も紐で固定されていた。
胸には心電図のパッドが取り付けられていて、腕には血圧を測る装置が巻かれている。指先には酸素濃度を測る装置がはめられていて、顔には酸素マスクがされている。腕の血管には何本も注射器の針が刺さっていて、点滴と薬が投薬されている。
圭太の変わり果てた姿に茫然となる。さっきまで大学合格を祝って、一緒に喫茶店でケーキを食べていたのに、なぜ、こんなことになってしまったんだろう。
圭太と過ごし1月中旬から2月中旬までの大学受験の日々を思い出す。2人で毎回、受験会場へ向かって行き、受験会場で、受験番号によっては違う教室で受験を受けて、待ち合わせて家に帰る日々。
大学の合格通知が届いた時、お互いに連絡をしあって、私の家のマンションの近くの小さな公園で、お互いの合格通知を見せ合って、抱き合って喜んだこと。
色々なことが走馬灯のように私の頭の中を流れる。そして圭太の笑顔、微笑み、いつも私を見守ってくれていた優しい瞳を思い出す。これからどこまでも幸せに行くんだと思っていたのに、なぜ、こんなことになってるの。
「圭太ー!返事してー!圭太ー!私に微笑んでよ!圭太ー!圭太ー!」
私は圭太のベッドのガードを掴んで、必死に圭太に呼びかけるけど、圭太は全く無反応で、無表情のまま酸素マスクをして眠っている。
朝比奈響主治医がやってきた。
「今回は救急車の到着が早かったのが良かった。それに救急車の中で除細動器を使った措置が早かったのも良かった。後10分も遅れていたら圭太くんは死んでいただろう。助かって良かったよ。それに措置も良かったから、脳に軽い後遺症が残ることもないだろう。今は強い睡眠薬で眠っている。絶対安静状態だ。いつ状態が悪化してもおかしくない。ICUで24時間体制で看護にあたる。圭太くんは強い子だ。絶対に生きて返ってくる。だから、信じて待っていてあげてほしい」
朝比奈響主治医から生きて返ってくるという言葉を聞いて、私は体の力が抜けて倒れそうになり、その場でしゃがみそうになった。看護師の1人が支えてくれる。花楓ちゃんも力が抜けてしまったようで、床の上にぺたりと座り込んでしまっている。
朝比奈響主治医と話している間に心電図の波形が乱れた。朝比奈響主治医の顔が険しくなる。
「身内の方は外に出てもらってくれ。もう一度、圭太くんを治療室で治療する。圭太くんを死なせることはしない、全力を尽くす。だから、信じていてほしい。」
花楓ちゃんは看護婦に抱きしめられて、胸の中で泣いている。
圭太はベッドのまま、看護師に治療室へ運ばれていった。目の前のベッドで寝ていた圭太がまたいなくなった。私は圭太のベッドの後を必死で追いかける。
「圭太ー!圭太ー!しっかりしてー!死なないでー!」
治療室のドアが閉められ、治療中のランプがつく。朝比奈響主治医も必死の顔をして治療室へ入っていく。私は治療室の扉の前でドアに縋り付いて泣き崩れた。




