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38話 水族館のチケット

 予備校の帰りにバイトに寄る。マスターには僕の体の話をしたことがあったので、僕の病のことを柚に打ち明けたことを説明すると、マスターは僕が柚に自分の体のことを心配させたくない気持ちも理解できるが、柚の立場に立てば、僕の病のことを説明したほうが良かったという。そして「やっと自分で打ち明けることができたんだね」と微笑んでいる。



 自分で打ち明けたというよりも、知り合いの看護婦にバラされたことは、マスターには内緒にしておいた。内緒にしておいても、どうせ柚から話がいくから、マスターもそのことに気づくだろうが、深く追求してくることはないだろう。



 マスターはカウンターの小さな引き出しを開けて4枚の水族館のチケットを僕に手渡した。柚の快気祝いを兼ねて、俊輔と夏希も誘って4人で水族館へ行くように、マスターが説明してくる。



 そういえば柚と最近一緒には行動しているが、柚とデートしたのはミュージカルの時以来になる。柚も喜ぶに違いない。



 夏希と俊輔も柚の体調には気配りしている。この2人がデートに一緒に来てくれるのは正直に嬉しい。僕は水族館のチケットをポケットへ差し込んた。柚と夏希がどんな服を着てくるか、少し興味はあるが、今、通っている予備校に私服で通ってるので、普段着のような気軽さで洋服を着てくるような気がする。



 柚もたぶん、自分のお気に入りの私服を着て来るだろう。僕だけオシャレをしているのもおかしい。僕も柚と相談してなるべく気軽な恰好で水族館へ行くことにしよう。



 柚は水族館が好きだと聞いている。このチケットを見せれば、柚は喜ぶだろう。僕はそのことがとても嬉しかった。



 柚が喫茶店へ入ってきた。いつもお気に入りの一番奥の窓際の4人掛けテーブルへ座る。オーダーを聞きに行くといつもと同じく「モカ」をオーダーしてくる。僕はマスターにオーダーを通して、モカを柚の座っているテーブルの上に置く。



 柚はモカを上品に飲んで、机の上にテキストとノートを出して勉強を始めた。頭をコリコリと掻いている。またわからない問題に当たったようだ。マスターの許可を得て、僕はエプロンを外して、カウンターの下に仕舞う。そして柚の元へ向かっていき、隣に座って柚にテキストの解説をして一緒に問題を解いていく。



 玄関から明日香さんが入ってきた。僕達を見て軽く微笑んで会釈をする。そして明日香さんは店のエプロンを付けてカウンターに立った。



 柚が喘息で倒れた時、僕は柚の面会に忙しくて、喫茶店のバイトに全く入ることができなかった。明日香さんは「純一さんの手伝いをしたかったし、一度やってみたかったの」と言って、ウエイトレスになってくれたのだという。



 明日香さんが頻繁にウエイトレスになるようになれば、僕がここでバイトすることも少なくなるだろう。柚が入院中も明日香さんが気配りをしてくれて、今も僕が柚に勉強を教えているのを見て、ウエイトレスをしてくれたんだと思う。本当に妖艶な美女で優しい人だ。



 僕は明日香さんに軽く会釈をして、柚に勉強を教えていく。柚はウンウンと頷いてテキストをこなしていった。柚と僕は一応、円城寺大学を受験することに決めている。円城寺大学も有名私立大学よりも見劣りするが、一応は一流大学の範囲に入る。この大学なら柚もA判定をもらいやすく、今すぐにでも手の届く範囲にいる。



 だから円城寺大学は滑り止めみたいな感じで僕は考えている。他の某有名私立大学も日程さえ重ならなければ、受験してみるつもりだ。その点は柚も同じ考えでいる。



 入院していたので、最近の柚は勉強ばかりしているが、この冬がラストスパートの時期だ。テキストを教える僕も熱が入る。2人で一緒の大学に合格するためにも、柚には頑張ってもらうしかない。



 僕も柚が入院している間、ほとんど予備校に行けなかったりしたけど、俊輔と夏希にノートを借りて、休んでいた時期のノートは写し終えてあるし、夜に勉強を続けていたので、柚ほどの遅れはない。



 玄関が開いて俊輔と夏希が入ってきた。そして柚と僕の対面の席に座る。僕はマスターからもらった水族館のチケットを皆に配る。マスターからのプレゼントだというと、皆、喜んでマスターにお礼をいう。



 マスターはにこにこ笑って「喜んでくれて安心したよ。皆で一緒に遊びに行ってくるといい」という。夏希と柚が嬉しそうに水族館へいつ行こうか話している。俊輔も参加して楽しそうだ。これでダブルデートに決まりだな。



 明日香さんがエプロンを付けてオーダーを取りに来てくれた。僕はモカを頼み、夏希と俊介はブレンドコーヒーを頼んだ。明日香さんは優しそうに微笑んで会釈すると、優雅に歩いてカウンターに戻る。そしてマスターに甘い声でオーダーを言う。



 マスターは明日香さんの声を聞いただけで緊張するのか、顔を真っ赤にしてサイホンを操っている。出来立てのブレンドコーヒー2つとモカをトレイに乗せて明日香さんが、僕達のテーブルの上に置いてくれた。カウンターに戻り際、「ゆっくりと勉強していってね」と甘い声で優しい言葉を付け加えてくれる。それだけで俊輔は顔をデレデレにして「はい」と答え、夏希に呆れられながらも頭を叩かれている。



 そんな俊輔と夏希の2人を見て、明日香さんは上機嫌に笑い、カウンターへ戻っていった。



 夏希と俊輔もテキストとノートを出して、今日の講義の復習を始めた。2人共、解らないところがあると僕に質問してくる。僕はテキストを見て、2人にも丁寧に簡単な日本語でテキストの問題の解き方を教えていく。そして要点のところに赤ペンで丸く囲んだ。



 時間を見れば2時間ほど経っていて、その間、僕は3人に質問されるがままに勉強を教えていた。マスターにバイトを途中で放り出したことを謝ると「明日香さんが喜んで手伝ってくれているからいいよ。もう今日のバイトは終わっていいから、皆で一緒に帰りなさい」と優しくマスターが言ってくれる。僕はマスターに感謝した。



 明日香さんも微笑んで「圭太くんのバイトを取っちゃってごめんなさいね。でも大学受験はこれからがラストスパートの時期よ。だから頑張って。それに私も純一さんの婚約者だから、純一さんの役に立ちたいの」と言った。マスターは明日香さんに純一さんと呼ばれる度に、顔を赤くしてカウンターの奥へと隠れてしまう。その姿がすごく微笑ましい。



 マスターの言葉に甘えて、僕はバイトを途中でやめて、4人で勉強をして、喫茶店を後にした。もちろんマスターと明日香さんに会釈することは忘れない。後の3人は大きく手を振って、喫茶店の玄関を出る。



 電車に乗り込んで3つ進んだ先の駅で、電車から降りて改札口を通る。「俺達、家がこっちだから」と言って俊輔と夏希は仲良く腕を絡ませて、2人寄り添って家へと帰っていった。



 2人がいなくなると柚が腕を絡ませて、僕に体重を預けてくる。2人寄り添って柚の家があるマンションへ向かう。柚と僕は車が行きかう度に風が巻き起こる道路の歩道を2人寄り添って歩いていく。



 柚の家のあるマンションの玄関に到着する。柚が僕の袖を引っ張って、僕が帰るのを止めるので、近くにあった自販機で温かいコーヒーと紅茶を買って、柚に紅茶を渡す。柚は温かそうに紅茶のペットボトルを頬に当てる。



 僕も温かいコーヒーの缶を手の中で転がす。そしてプルトップを開けて、一口づつ飲む。柚も紅茶の蓋を開けて少しずつ飲んでいく。コーヒが喉の奥を通る度に体の中が温かくなる。柚を見ると、頬が暖かそうにピンク色に染まり、美味しそうに紅茶を全て飲んでしまった。僕もコーヒを一気に飲む。そして柚から紅茶のペットボトルをもらって、缶と一緒にゴミ箱へ捨てた。



「今度の水族館、楽しみだね。俊輔と夏希と一緒に行くのも楽しみ。あの2人、面白いんだもん」


「そうだね。あの2人がいると騒がしくって、確かに楽しい。今度は楽しい水族館デートになりそうだね」



 柚が僕の胸の中へ飛び込んでくる。僕はしっかりと柚を抱きとめて、腰に手を当てて柚の細い腰を抱き寄せる。一瞬だけ柚が僕に唇を重ねて、顔を真っ赤にしている。とても可愛い。僕も一瞬だけ柚に唇を重ねた。



 空をみると見事な三日月が輝いていた。

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