36話 柚、退院
一般病棟に移って1週間経った。今日は柚の退院日だ。瑛太さんが来て、荷物をまとめて車の中へ入れて、退院の手続きをしている。柚は赤のコートを着て、白いマフラーをして、メイクもしている。
この1週間の間に、俊輔と夏希は2回も見舞いに来てくれた。俊輔と夏希は体の調子が悪いのをわかっていて、繁華街に柚を誘ったことを何度も謝っていた。そして、夏希は柚が予備校の給湯室で吸引器を吸っていたのを見ていたのに、柚の体を気遣わなかったことを柚に詫びた。
柚は自分が繁華街に皆と遊びに行きたかったから行ったのであり、ゲーセンのプリクラ、クレーンゲーム、カラオケ、全てすごく面白かった。体調管理を怠ったのは自分の管理ミスだから、俊輔と夏希が謝ることじゃないと、俊輔と夏希に説明する。
それを聞いた夏希は目に大粒の涙を浮かべて、頬を涙で濡らして、柚に抱き着いて「柚、大好きだよー!」と言って泣きじゃくった。柚も夏希に抱き着いて「夏希のこと大好きだよ」と言って、夏希の体をギュッと抱く。柚と夏希は本当に仲が良い。お互いに親友と言うだけのことはある。俊輔は何も言えず頭を掻いていた。僕は俊輔の肩を軽く叩いて、微笑んだ。俊輔は「この借りは必ず返すから」と言っていた。
僕もそうだが、夏希と俊輔も予備校の講義のノートを柚に写させるつもりだったらしい。いつもよりも丁寧にノートにキッチリと書かれていて、柚はそのノートを見比べて、自分のノートへ自分が解りやすいように写していく。そして、柚は解らないところがあれば、僕に質問し、テキストの問題を僕と一緒に解いていき、回答をだしていく。そして、僕の解説と要点の説明もノートにまとめて書いていった。退院前の3日ほどはテキストとノートを持ち込んで予備校に行くための準備に追われた。
マスターと明日香さんも見舞いに来てくれた。マスターが蝶ネクタイをやめて、普通のネクタイをして、ダークグレーのスーツを着てきた時は、それを見て僕も柚も思わず噴き出して笑ってしまった。一緒に見舞いに来た明日香さんも「純一さんがきちんとスーツを着るなんて珍しいことなのよ」と笑っていた。
マスターは真顔で、「柚ちゃんのご家族の方に会うかもしれないじゃないか。僕も一応は大人だし、柚ちゃんは僕の店をよく利用してくれている常連のお客様だ。柚ちゃんの家族に会った時にきちんと挨拶しないといけないじゃないか」と明日香さんに反論をしていた。しかし、マスターの反論は明日香さんの艶やかで魅力的な微笑みによってかき消された。すでにマスターは明日香さんに敷かれているようだ。結婚した後の2人の関係が垣間見えたような気がした。
マスターと明日香さんは瑛太さんと会って挨拶をしていたが、瑛太さんはマスターのナイスガイぶりに驚いて、明日香さんの妖艶な大人の魅力的な魅惑に驚いていた。しかし、マスターと明日香さんも瑛太さんの超イケメンぶりに驚いていた。お互いに距離を取りながら大人の挨拶をしている3人の姿が、僕と柚はすごくおかしくて、3人の前で笑ってしまって、後で瑛太さんに怒られた。
花楓は僕に付いて来て、何回か柚を見舞っていた。やはり花楓を見た時の柚の反応は迅速、花楓の頬に自分の頬をこすりつけて、花楓に抱き着いている。そして、花楓をベッドの上に座らせて、花楓をずっと抱っこしていた。
花楓も柚のことが好きなので、柚の好きなように花楓はされるがままになっていた。柚の顔にも笑顔の花が咲き、花楓の顔にも笑顔の花が咲く。本当の姉妹のようで、僕は少しだけ戸惑った。
花楓は柚を僕の家に招待していた。花楓は自分の料理で柚の快気祝いをしたかったらしい。しかし、柚は花楓に自分の料理を食べてほしいと言い張った。そして今度、2人で仲良く夕飯を作ってくれることになった。その料理を僕に食べさせてくれるらしい。誰の快気祝いかわからなくなってしまった。
瑛太さんと出会った花楓は瑛太さんの超イケメンに恋に落ちた。顔を赤くして体をモジモジして僕の後ろに隠れては瑛太さんを見ている。瑛太さんは中学生の花楓のことを可愛い子として気に入ってくれたのだろう。すぐに花楓の頭を撫でて、優しい言葉をかけてくれる。その度に花楓は顔を真っ赤にして、体中を緊張させて固まっている。瑛太さんの超イケメンは中学生にも通用するのかと僕は驚きを隠せなかった。でも花楓って達也のことも好きじゃなかったけ?兄としては意味がわからない。
瑛太さんは可愛い妹がもう1人できたように喜んでいる。瑛太さんはどうもシスコンの気があるような気がする。柚のことをすごく大事にするわけだ。柚にとって面倒見の良いお兄さんだが、柚にとっては瑛太さんの長い説教に辟易しているらしく、自分からターゲットが花楓ちゃんに移るのではないかと密かに柚は喜んでいる。しかし花楓は他人だ。柚は肉親だ。瑛太さんは柚の病気のことが心配だし、可愛い妹だし、柚から目を離すわけがないと思う。柚の密かな野望が叶うことはないと僕は思ったけど、柚のガッカリする顔をみるのがイヤだったから、柚には黙っておいた。
瑛太さんが退院手続きを終えて戻ってきた。瑛太さんは柚を車に乗せて連れて帰るつもりだったらしい。しかし、柚は僕と一緒に帰りたいと我侭を言い出した。瑛太さんは体の調子が悪いから入院していたわけだし、今日は退院日だから、今日の所は大人しく一緒に車で帰ろうと、柚を諭したが、柚はイヤがって僕の体の後ろに隠れてしまった。瑛太さんはじっと柚を見つめて、そしてため息をつく。
「圭太くん、俺は一足先に車で家に帰るよ。柚の入院中の荷物を家に運ばないといけないから。圭太くんは柚の我侭につきあってあげてくれないか。どうも、俺と一緒に帰るより、君と一緒に柚は帰りたそうだから。頼めるかな?」
「はい。もちろんです。どこにも寄らずに柚と2人で、柚の家にまで帰ります。任せておいてください」
瑛太さんは「くれぐれも圭太くんに迷惑をかけちゃダメだよ」と柚に念押しをして、病室から去っていった。
ガラーンとした病室の中で柚が僕に抱き着いてくる。僕も嬉しくて柚をギュッと抱きしめた。お互いにギュッと抱きしめ合う。どれくらい抱き合っていただろうか。僕が手を離すと柚が僕を見て優しく微笑んで、僕の頬を両手で触って、嬉しそうにしている。本当にここまでよく回復したね。退院おめでとう柚。
「やっと邪魔な瑛太お兄ちゃんがいなくなった。これで圭太と2人きりだね。圭太と早く2人きりになりたかったの」
柚はそう言って花が咲いたように嬉しそうに微笑んでいる。瑛太さんと柚ってもっと仲が良いイメージがあったんだけど、この入院している間に何が起こったんだろう。たぶん、瑛太さんが今回の入院の件で、無理して柚が遊びに行ったことを説教したことが原因なような気がする。瑛太さんの気持ちもすごくわかる。今回の件は説教されても仕方ないと思う。しかし柚にとっては瑛太さんの説教は常に長くてイヤらしい。
僕と柚は病室を出て、ナースセンターに寄って、「お世話になりました」と2人で挨拶をしてエレベーターに乗って、1階へ降りた。僕が手を繋ごうとすると、柚が僕の腕に自分の腕を絡めてきた。そして僕に寄り添ってくる。こんなこと今まで1度もなかった。僕は戸惑う。本当にこれが柚なのか心配になる。まだ元も性格に戻っていないようだ。
2人寄り添って、巽総合医療病院から駅前までのバスに乗る。柚は病み上がりだ。1つだけ空席があった。僕は空席に柚を座らせて、僕は手すりを持って、バスは駅前まで走っていく。
駅前のターミナルでバスを降りて、2人で寄り添って微笑みを交しながら歩く。とても柚は楽しそうだ。
「あー外の世界が全て新鮮に感じる。すごく懐かしい。ホッとする」
柚は僕の隣で喜んでいる。そして僕の腕から離れず、寄り添い歩く。空にはうろこ雲が広がっていた。
「圭太、私ね、本当は圭太と電車に乗るのが好きだったの」
「それは知らなかったな。なぜなの?あんなに揺れるのに」
「だから揺れると自然と圭太と引っ付くことができるから、本当は電車の揺れにワクワクしてたの」
今まで、そんなことを考えて電車に乗っていたのか。いつも僕が近寄ると足を踏まれたり、蹴られたりしていたのは何だったんだ。でも嬉しい。
「体が引っ付くのは嬉しいんだけど、その後から恥ずかしくなっちゃって、圭太の足を踏んだり、蹴飛ばしたりしていたの。本当にごめんなさい」
謝ってくる柚のほうが素直なんだけど調子が狂う。どうか踏んでください。蹴ってください。元の柚と違って調子が狂う。
「今日から堂々と圭太と腕を組んで電車に乗るわ。電車が揺れたら私を抱きしめて、守ってね」
柚が上目遣いで目をウルウルと潤ませて迫ってくる。この可愛さに誰が勝てるだろう。僕は可愛いさに負けて、柚を思わず抱きしめた。柚が「皆見てるよ。恥ずかしいよ、圭太」と訴えてくるが、僕は柚を抱き続ける。柚のことが愛おしい。僕が手を離すと顔を真っ赤にした柚が「恥ずかしいよ」と言って僕の胸に飛び込んでくる。可愛すぎる。
僕達は改札を入って、人で埋もれているホームに並び、人の波と電車の中へ入っていく。人の波に従って、柚は僕と寄り添って、お互いに嬉しそうに微笑んで、電車の中へ吸い込まれていった。
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この話にて第2章恋人編が終了いたします。
次話から最終章 絆編に突入いたします。
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