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31話 マスターの照れた顔

 今日は早くから柚、夏希、俊輔の3人がバイト先の喫茶店に来ている。俊輔がマスターの婚約者である明日香さんの顔を是非、見てみたいと言って、柚に付いて来た。僕は予備校で俊輔に明日香さんのことを妖艶で素敵な大人の美女と説明していたので、俊輔はウキウキした顔をして浮かれている。夏希は俊輔の背中をポカポカと叩いて、ご機嫌斜めになっている。柚はそんな俊輔を見て「男ってどうしようもないわね」と呟いた。



 明日香さんが何時頃に喫茶店に現れるのか、マスターに聞いたが、顔を赤くするだけで、マスターは教えてくれなかった。



 俊輔は「こうなったら持久戦だ」と言って、1人気合を込めている。柚はテキストとノートを出して、今日の予備校の復習をしている。進路相談のあった日から後、柚は気合を入れて勉強するようになった。少しでも模試で一流大学のA判定をもらうためだ。



 大学については僕の我侭が実って、柚と同じ大学に行けることになった。やはり大学の4年間という時間は長い。心筋症を持つ僕としては、いつ自分が倒れるかもしれないし、柚と少しでも一緒にいたいという気持ちが強い。柚もストレス性慢性喘息を持っている。僕の知らない時に、不意に柚に倒れられても危ないし、倒れた時には傍にいて彼女を助けてあげたい。こんな気持ちを僕が持っていることを柚には言っていない。柚には心筋症のことをまだ話せていないし、僕が彼女の喘息を心配していることを気づかれたら、柚のことだから絶対に意地を張ると思ったから話せていない。僕の心の中だけの秘密にしておくつもりだ。



 柚と同じ大学に行けるかと思うと自然と僕の顔も綻んでしまう。カウンターの端の定位置に立ち、柚の顔を眺めていると、柚が気づいて、僕を睨む。また見惚れてしまっていたようだ。



 最近、寒くなってきたこともあり、柚は僕に隠しているつもりらしけど、吸入器を使う頻度が増している。やはり冬は喘息者にとって暮らしにくい季節なんだろう。これらかはもっと柚の体を気遣っていかないといけないな。柚と付き合うようになってから、僕も気温の寒暖の差には敏感に気を付けるようになった。



 僕もあのモールで喧嘩騒ぎがあって以来、少し心臓がチクチクと痛い時がある。気のせいだと思ってやり過ごすようにしているけれど、少しでも体がおかしいと思ったら、予備校を休んで達也を呼んだほうがいいだろう。柚に説明しておくように達也に言われているが、説明する時期を逸してしまった。今更、柚に僕の体のことを説明するのも、柚を心配させるだけだし、大学合格するまでは黙っていようと思っている。


 喫茶店の扉が開いて明日香さんが入ってきた。明日香さんは黒っぽい茶髪・ニュアンスロングの髪形、大きな二重の涼しげな目元、きれいな鼻筋、ぷっくりとした唇、シャープな頬、長いまつ毛が小顔の中に端正に収まっている。肌は色白で、きめ細かくて、まるで絹のようだ。少し長身でモデル体型の妖艶な大人の美女だ。



 俊輔は明日香さんが喫茶店に入ってくる姿を見て、既にデレデレ顔になっている。夏希に頭を叩かれても無視して明日香さんに見惚れている。



 明日香さんは僕に微笑んで会釈をすると、カウンターが見える窓際の中央の4人掛けの席に座って、マスターに小さく手を振った。マスターは顔を赤くして俯いたまま手を振っている。マスターがベタ惚れなのがわかる。



 僕がトレイを持って明日香さんの元へ歩いていき、お辞儀をするときれいな甘い声で「モカとイチゴのタルトにしようかな」と明日香さんがオーダーを言う。僕は「かしこまりました」とお辞儀をしてカウンターに戻ってマスターにオーダーを通す。



 明日香さんに出すイチゴのタルトはいつもお客様に出す倍の厚さがあった。思わずマスターを見て微笑んでしまう。モカとイチゴタルトをトレイに乗せて明日香さんの元まで行き、テーブルの上にモカとイチゴのタルトを置くと「純一さん、またサービスしてくれたのね。本当に純一さんは優しいわ」と明日香さんが魅惑的な微笑みを浮かべる。



 僕がカウンターの定位置に戻って立っていると柚が立ち上がって明日香さんの元へ向かう。



「明日香さん、この間は楽しいお話、ありがとうございました。とっても楽しかったです」


「柚ちゃん、今日はお友達も来ているのね。とっても楽しそう」



 俊輔が立ち上がって明日香さんの元へ歩いていく。そしてお辞儀をする。



「司馬俊輔です。圭太と柚と一緒の予備校に通っています。マスターの婚約者さんですか?柚から少しだけ話を聞いています。よろしくお願いします」


「あら、元気な男の子ね。柚ちゃんの言う通り、私は純一さんの婚約者で水樹明日香というの。この近くの美容院で美容師をしているわ。今度、私のお店にも来てちょうだいね。私、美容師の腕はいいのよ。ウフフ」



 明日香さんは俊輔と話をして、艶やかな微笑みを浮かべる。本人を目の前にしているのに俊輔の顔がデレっとする。それを見た夏希が席を立って、俊輔の元へ歩いて行き、背中を思いっきり叩く。



「私、柚の親友で八幡夏希と言います。俊輔の彼女もしています。初めまして。柚から聞いていたより、ずっときれいなお姉さんでビックリしています。本当にマスターの婚約者さんですか?」


「柚ちゃんの親友なのね。夏希ちゃんね、覚えておくわ。俊輔くんも彼女を放りっぱなしは感心しないな。女の子は誰でも男性に大事にされたいものよ。純一さんは私の婚約者よ。私を1番大事に想ってくれているわ。そうよね?純一さん」



 いきなり明日香さんが話題をマスターにフッてきた。マスターは顔を真っ赤にして何度も頷いているが、まともに明日香さんの顔をみることができない。照れっぱなしだ。そんなマスターを見てウフフと嬉しそうに明日香さんが微笑む。



 俊輔は明日香さんともう少し話をしたそうだったが、夏希に耳を引っ張られて自分達の席に戻っていった。明日香さんは「柚ちゃん、お話しましょう」と言って、柚を引き留める。対面の席に座って明日香さんと柚が楽しそうに話をしている。この2人は出会った時から仲がいい。波長が合ったんだろうか。



 明日香さんが僕を手招きする。明日香さんの席にいくと、柚が顔を赤くして座っている。一体、柚は明日香さんに何の話をしたんだろう。



「この間、柚ちゃんと2人でデートでミュージカルを観に行ったんですってね。柚ちゃん、その時の圭太くんのスーツ姿がすごく気に入っていたみたいよ。また圭太くんのスーツ姿をみたいんだって。私も圭太くんのスーツ姿を見てみたいわ。機会があったら、是非、私にもスーツ姿を見せてね」



 柚が僕のスーツ姿を気に入っているなんて、今まで柚から聞いたことなかったよ。スーツに着られてるとか、馬子にも衣装みたいに、散々な言われ方をしていたのに、気に入ってくれていたのか。僕は自然に柚の頭をなでていた。いつもなら足を蹴られるのに、明日香さんの前だから、今日は足を蹴られなかった。



「柚ちゃんの髪の毛、とってもきれいだから、今度、毛染め、カット、パーマ、全て、私がさせてもらうことになったの。圭太くんも一緒に来て。圭太くんの髪もカットしてあげるから。私、とっても楽しみなの」


「私から、明日香さんに頼んだの。圭太も一緒に行こう」





 そんな約束をしたのか。僕はいつも行きつけの美容院はあるけど、どこで髪を切ってもかまわない。柚が誘ってくれるなら、僕は柚と一緒に行くよ。柚がどんな髪形になるか楽しみだな。柚はきれいで可愛いから、どんな髪形でも似合うような気がするけど、やっぱり1番に見てみたい。



 夏希の制止を振り切って、俊輔が明日香さんの元へ歩いていく。



「明日香さん、俺も髪を切ってもらってもいいですか?流行りの髪形でお願いします」



 夏希は呆れて自分の席で座っている。柚も呆れた顔をいしている。



「明日香さんはきれいで美女ですね。恰好いいです」


「ありがとう俊輔くん。褒めてくれて嬉しいわ。でもこれ以上、私に付きまとってると純一さんが怒っちゃうかもしれないわよ。そうなるとこの喫茶店、俊輔くんが出入り禁止になっちゃうけどいいのかな?」



 明日香さんがウフフと優しいく笑いながら、キツイことをいう。僕と俊輔がマスターのほうを見ると、マスターはにっこりと笑顔だったけど、目の奥が笑っていない。目の奥が怒っている。俊輔はマスターの顔を見て、大急ぎで自分の席に戻った。夏希はそれを見てケラケラと大笑いしている。俊輔と夏希は本当に仲が良い。



「俊輔くんのおかげで珍しいものを見ることができたわ。純一さんが嫉妬している姿なんて初めて見たわ。私、嬉しい」



 それを聞いたマスターは顔を真っ赤にして背中を向けて、必死にカップを拭き始めた。



 そんな姿を見て僕も柚も夏希も俊輔も明日香さんもにっこりと微笑んだ。

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