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30話 柚の嬉し涙

 もうそろそろ本格的な冬に入ってきているこの時期、僕達予備校に通っている学生達は進路について本格的に絞り込んでいく時期に入ってくる。最近では、俊輔、夏希、柚、僕の4人もどこの大学へ進学するか話することが多くなってきている。



 俊輔と夏希は予備校には毎日のように通ってきているけれど、模試の点数に伸び悩んでいて、2人共大雑把な性格なのも手伝って、2流大学のどこかに2人一緒に合格できればいいと割り切ってしまっている。1番に大切なことは2人一緒に同じ大学合格することが大事だと、口を揃えて言っている。本当に仲の良い2人だ。



 最近の柚の成績は調子がいい。僕が教えるようになってから模試でも良い成績をあげるようになってきた。確実に学力は上昇している。このまま大学受験まで成績が上昇すれば、結構、良い大学を狙うことができるだろう。



 僕の成績はいつもと変わらないが、模試ではいつも柚達よりも上位の成績を取っている。もう少し頑張れば国公立大学も、有名私立大学も合格水準に入ってくる位置にいる。



 柚と出会う前までの僕はやはり大学なら国公立大学も、有名私立大学を狙わないといけないと思っていたので、結構、自分でも頑張って受験対策をしていた。今でもできることなら国公立大学も、有名私立大学を狙いたいと思う。



 でも、俊輔と夏希の話を聞いていると、一生に1度しかない大学生活を柚と一緒の大学で過ごしたいと思うようになった。



 男性は一生働いていかないとダメだし、女性を養っていくぐらいの甲斐性がないといけないから、国公立大学、有名私立大学に入学しておかないといけないというのも理解はしている。でも柚と別々の大学に合格しても楽しくない。柚と一緒の大学へ入学したい。僕の心の中ではその思いが大きくなってきている。



 柚は僕がそういう風に考え始めていることに勘づいたらしく、最近は「圭太は成績が良いんだから、良い大学に入ってね」と言ってくる。その時は柚を困らせたくないので「うん」と答えるが、僕の心は定まらない。



「圭太、大学受験で一生が決まると言っても過言じゃないんだから、私と一緒の大学に行きたいなんて思わないでね。そんな考えをしていたら、本気で怒るからね」


「わかってるよ。でも柚と同じ大学に合格して、一緒に大学生活をしたいと思う気持ちがあってもおかしくないだろう。僕は柚のことが大好きなんだから。好きな女の子がいたら、一緒の大学に行きたいと思うのは男子として、普通の感情だと僕は思うよ。俊輔と夏希だって同じ大学に行くっていってるし、僕も考えちゃうよ」



 柚は講師の説明を聞いて、テキストやノートに書き込みして、僕の話を無視する。しかし、口を尖らせているから僕の話はきちんと聞いてくれているのだろう。そう思っていると、思いっきり足を踏まれた。



「私は自分がお荷物みたいに、圭太の負担になるのがイヤなのよ。このままだと圭太は絶対に、私が合格するラインで大学を探そうとするでしょう。圭太が自分の行きたい一流大学に行かなくなるじゃない」


「そんなことないよ。柚だって頑張ってるし、このまま柚が頑張れば、柚の模試の点数も上がって、もっと希望大学でA判定をもらえるようになるよ。そうなったら、一流大学も引っかかってくると僕は思ってる。だから僕はそのラインで希望大学を選ぼうと思っているだけだよ。一応、一流大学は狙うつもりだよ」


「でも私に合格ラインを合わせていたら、国公立大学や有名私立大学を狙いに行かなくなるじゃない。圭太だったら、もう少し頑張って勉強すれば、A判定も出るのに勿体ないわよ。私はそれが我慢できないの。圭太には国公立大学や有名私立大学を狙ってもらいたいの。私の気持ちも考えて」



 そこまでハッキリと言われると何も言えなくなる。僕は柚に「我侭を言ってゴメン」と謝って授業に集中する。



 昼休憩が終わると今日の午後は進路相談がある。その進路相談で講師にどんな進路希望の話をするか、柚と相談している内に、柚とは気まずくなってしまった。



 昼休憩になって2人でお弁当を食べている時も、柚は何かを警戒するように僕を睨んでくる。すごくご機嫌斜めだ。俊輔と夏希はそんな僕達を見て、ニヤニヤと笑っている。



「柚の言っていることも正解だし、圭太が言っていることも正解だから、私達は2人がどんな選択をしても応援するわよ」


「そうだな。俺は大学よりも夏希を選ぶだけだ。だから圭太が柚のことを選びたい気持ちもわかる」


「俊輔は黙っていて。俊輔達の場合は夏希が俊輔に学力を合わせてるんでしょ。俊輔がもっと学力を上げれば、夏希ももっと良い大学に一緒に合格することだって夢じゃないのに。俊輔はもう少し頑張んなさいよ」



 柚の言葉を受けて俊輔が撃沈する。夏希はそれを見てケラケラと笑っている。



「圭太はもう少し頑張れば、国公立大学や有名私立大学を狙えるの。A判定をもらえる位置にいるの。彼女としては、彼氏に良い大学に合格してもらいたいと思うのは当たり前のことじゃない」


「柚の言っていることに間違いない。圭太は絶対に柚の言ってることに従っていたほうがいい」



 俊輔の意見が一転した。今の柚には逆らわないほうがいいと判断したようだ。



「でも柚、大学4年間、彼氏と一緒のほうが絶対に楽しいよ。甘い大学生活も憧れよね。私は憧れるわ。そう思わない?」



 夏希が柚を誘惑する。柚の顔が段々、無表情になっていく。



「夏希のそんな誘惑には引っかかりません。だって圭太のためにならないもの。私は圭太のためを思って言ってるの。自分のことは2番目でいいの。私は圭太と一緒の大学でなくてもいい。圭太と別々の大学になってもいいわ。だって別々の大学になっても圭太は私の彼氏だもの」



 2番目でいいということは、少しは僕と一緒の大学生活のことも考えてくれているということか。それも考えてくれているけれど、柚の意思よりも僕のことを考えて、言ってくれているということだろうか?



 柚が感情を表情に出さないようにしているからわからない。



 昼休憩が終わり、進路相談が始まった。1人づつ個室へ呼ばれていく。柚は無言のまま順番を待っている。柚に声をかけたいんだけど、何て声をかけていいかわからない。僕の名前が呼ばれた。僕は教室を出て、廊下を歩いて個室へ入る。



 担当講師が机の前に座って僕を待っている。僕は講師の対面の席に座って会釈する。



「柏木は後もう少しなんだよな。後もう少しで国公立大学や有名私立大学もA判定になる所まで来ている。受験まで、もう一段頑張ったらA判定で受験できるようになる。それを目指していく方向で進路を絞り込むということでいいか?」



 講師は僕がそれを狙っているのが当然だという風に話をして、ノートに何かを書き込んでいる。



「確かに、受験まで、まだ時間がありますから、後、一段階頑張りたいと思います。自分がどれくらいまでA判定をもらえるのか興味はありますから。しかし、希望する大学は別にするかもしれません。僕としては一流大学ならどこでもいいという気持ちも少しあるんです。勉強を怠けたいわけじゃありません。国公立大学や有名私立大学の魅力が今一つ理解できていない感じです。だから頑張りはしますが、志望校は絞り切れていません。国公立大学や有名私立大学を受験しない可能性もあります。それが僕の答えです」



 講師はすごく困った顔をしている。進路相談で進路を絞り込もうとしているのに、僕は進路を絞らないと言っているのだ。講師が悩むのも当たり前だ。



「お前が勉強をもう一段階上げて勉強するというなら、今はこれ以上は望まない。最終的にどこの大学を入試するかはお前次第だからな。わかった。今回は絞れていないということにしておく。教室へ戻っていいぞ」



 僕は教室へ戻って、柚の隣に座った。柚が僕の顔を見てくるが、僕はテキストを見て、柚から顔を逸らした。



 柚の個室に呼ばれる。15分ほどで柚が興奮したように帰ってきた。



「今の調子で成績が伸びれば、一流大学の端っこの円城寺大学ぐらいには余裕でA判定出るかもしれないって言われた。私、その方向で頑張るって講師と相談してきたわ。圭太は何て講師と相談したの?」


「頑張って、もう一段階上までA判定がもらえるように勉強するけど、志望校は絞れないと言った。講師との話はそれで終わり。柚と一緒の大学にいきたかったから」


「バカ」



 柚が教室を飛び出していく。僕も急いで柚の後を追う。柚は予備校を飛び出して、予備校の目の前の公園の中を走る。柚にやっと追いついた僕は柚を後ろから抱きしめた。柚は僕の腕の中でクルリと体を回転させて僕のほうを向くそして僕の脛を思い切り蹴る。そして僕の胸を何回も叩く。



「何回も、国公立大学や有名私立大学を目指してって言ってるじゃない」


「僕は柚がいないとダメなんだ。柚と一緒の大学に行きたいんだ。我侭なのはわかってるけど柚のことが大好きなんだ。愛してるんだ。一緒にいたいんだ」



 僕の腕の中で柚の動きが止まった。そして柚が目に大粒の涙を溜めて頬を濡らしていく。僕は柚をギュッと抱きしめて「ゴメン。柚と一緒にいたいんだ」と呟いた。



 柚は小さな声で「バカ」と言って僕の背中に手を回してギュッと抱きしめてくる。「私を選んでくれて本当は嬉しい」と微かに聞き取れる声で言う。柚が顔をあげて僕を見る。柚は泣きながら嬉しそうに微笑んでいる。


「とても嬉しい。不安だった。私を選んでくれて嬉しい」



 柚はまた泣き出した。嬉し涙が止まらない。



 薄曇りの空の下、色のない風が僕達を周りを通り抜けていく。僕と柚は2人でギュッと抱きしめ合ったまま、2人で一緒にいる温もりを確かめ合った。



 僕はどんなことがあっても柚の傍のいる。

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