23話 柚のお弁当
柚のお弁当はとても美味しかった。料理も花楓と同じぐらい美味しい。僕に柚が作ってくれたことだけで、このお弁当はとても心から嬉しくて、柚の愛情が詰まっているお弁当。最高です。
僕が一口一口を大事そうにおかずを食べていると、隣から俊輔がおかずを盗みにくる。僕は必死に俊輔を追い払う。俊輔が悪ふざけで、またおかずを狙ってくる。夏希が笑って俊輔を止める。
「やめときなよ。初めて柚が圭太に作ってきたお弁当なんだから。圭太からすれば宝物だよ」
「だから、面白いんじゃないか。俺も柚の作ったおかずなんて食ったことないし、俺も少しは味見したい」
僕は手で俊輔の手を払いのけて、必死にお弁当を食べる。男子2人のやり取りを見て、柚の目が吊り上がる。
「2人共、止めなさいよ。みっともない。今回は圭太にお弁当を作ってきたの。俊輔は圭太をイジメたらダメじゃん」
「おお、柚が圭太を庇ったぞ。圭太、良かったな。柚がお前を庇ってくれてるぞ」
俊輔はそういって、僕のお弁当からウインナーを取って口の中へ入れて、モグモグと食べる。
「このウインナーうまいな」と俊輔がいうと、柚は不機嫌そうに「ウインナーなんて、誰が作っても同じ味じゃん」と口を尖らせていう。
「柚のお弁当、本当に美味しいよ。おかず、全部美味しかった。ほら、全部食べちゃったよ」
僕は空になったお弁当箱を柚に見せると、柚が素早くお弁当箱を取り上げる。そして蓋を閉めて、立ち上がると、教室を出ていった。夏希も柚の後を追いかける。
「俊輔、あんまり柚をからかうなよ。柚ってあんまりからかわれるのに免疫なさそうだし、すぐに怒っちゃうからさ」
「柚は怒ってない。いつも恥ずかしくて照れているだけだよ。付き合いの長い俺が言うんだから間違いない。今頃、夏希に愚痴っているに違いない。恥ずかしいって」
夏希と柚が帰ってこない。俊輔もすこし浮足立つ。僕は教室を出て給水所へ行くと、柚と夏希と柊梢と橘梓が言い合いをしていた。夏希が大声で言い返している。
「柚が誰と付き合おうと、誰と遊ぼうとあんた達に関係ないでしょ。これ以上、拘わってこないでよ」
「私達、2人も柏木と仲良くしたいんだよ。それを横取りしたのはそっちだろう」
柊梢と橘梓はまだ、僕のことを諦めていないらしい。
僕は柚と夏希の前に回り込む。そして、柊梢と橘梓の2人を睨みつけた。いい加減に頭にくる。
「さっきも言ったと思うけど、柚に因縁をつけてくるな。それに僕はお前達と全く遊ぶ気持ちなんてないし、関心もない。これ以上付きまとうなら、予備校の講師や教員に相談しないといけなくなるけど、いい加減にしてくれ」
「・・・・・・」
柊梢と橘梓の2人は「チッ」と舌打ちをして去っていった。柚はまだ目を吊り上げて顔を真っ赤にして怒っている。夏希も廊下を去っていく2人を睨みつけている。
どれぐらいの間、あの2人に捕まっていたのか、わからないが良い気分ではないだろう。僕は何と柚に声をかけたらいいんだろう。
夏希が表情をコロっと変えて、柚に笑いかけて「もうお弁当も洗い終わったし、教室へ帰ろう。圭太も一緒に教室へ行こう」と声をかけてくれた。助かった。僕1人では、何と声をかけていいのかわからなかったよ。
柚は頭にきているのか、まだ怒りが収まっていないらしい。夏希の後を柚が歩いていく。いきなり柚が僕の手を握った。僕も柚の手を強く握り返す。絶対に柚とのつながりを離したりはしない。
僕と柚が教室へ入ると、先に戻っていた夏希が俊輔に今までの状況を説明している。俊輔もイヤな顔で聞いている。
「あいつ等もしつこいな。あんまりうるさいようなら、予備校の教員に言うしかないな。次、何かあったら、俺からも予備校側へ言うわ。あいつ等、超面倒くせー。ああいう面倒なのは大嫌いだ」
「私も何あったら、予備校側へチクっちゃうもんね。柚ばっかりに言ってきて、大嫌い」
俺も柊梢と橘梓がああいう性格だとは思わなかった。柚を狙ってくるなら容赦する必要はない。僕も予備校側へ迷惑をかけられていると言ってやる。あいつ等、柚が美少女だから気に入らないに違いない。嫉妬だ。
「柚は僕が守る。だから柚は僕から離れないでね」
「バカ、恰好つけ過ぎ」
柚は足を軽く踏みつけたが、まだ僕と手を繋いだままだ。俊輔と夏希が僕と柚が手を繋いでいるのを見て、クスクスと笑っている。柚はそのことに気づいていない。
昼休憩の終わるチャイムが鳴る。僕たちはいつもの席に座って、準備をして講師が来るのを待つ。講師が入ってきた。講師はすぐにテキストを開いて講義を始めた。
柚がペンで頭をコリコリとする度に、講師の説明を簡単な日本語に訳して解説して、要点を〇で囲んで、一緒に問題を解いていく。問題が解ける度に、柚は嬉しそうな顔をする。その顔が見たくて、僕も柚の勉強の手伝いに熱が入る。そんなことをしている間にあっという間に午後の授業が終わった。
授業が終わると俊輔と夏希は繁華街で遊んでから帰ると言って、先に教室を出てしまった。毎回、どこへ遊びに行っているのだろうか。それとも僕達に気を遣ってくれているのだろうか。
僕と柚はコートを着て、マフラーを巻いて教室を出る。予備校の外へ出ると、柚から手を繋いでくれた。僕も手を握り返す。2人で手を繋いで寄り添って、駅まで帰る。帰り道にバイト先の喫茶店がある。外から覗くと、お客様が1人しかいない。今日は僕のバイトの日じゃないけど、一応、気になるので中を覗いて安心する。本当はもっとお客様が入ってくれたほうがいいんだけどな。
駅の改札を通って、電車のホームに立つと、今日はサラリーマンの数が多いような気がする。ラッシュアワーより時間は早いはずなのに、今日は混んでいるみたいだ。
ホームに電車が入ってくる。サラリーマンや他の人々が乗り降りする。閉まりかけ前、最後に僕と柚が電車に乗る。そして柚の背中に電車のドアがくるようにする。そして僕が両手を伸ばして、柚のスペースを開ける。
「こんなの毎回、圭太が大変だよ。私、大丈夫だから、そんなに頑張んなくてもいいよ」
「これくらい、僕でも大丈夫だよ。これくらいさせてよ。柚に何かしてあげたいんだ。お弁当も作ってもらったし」
僕がそういうと柚は俯いて僕の脛を軽く蹴飛ばして「ありがとう」と小さい声で言った。その小さな声がすごく可愛い。それにこの体制だと、柚の顔を正々堂々と見惚れることができる。役得なんだ。このことは内緒。
電車が横揺れする。僕の後ろのサラリーマンが、体制を崩して、僕に体当たりしてくる。それを僕は必死で耐える。電車の揺れぐらいで体制を崩すなよ。こっちには柚が乗ってるんだ。別の方向へ倒れろ。思わず、心の中で、僕は愚痴をいう。
後ろのサラリーマンはスマホでゲームをやっているみたいで、手すりにもどこにも捕まっていない。手元のスマホに集中しているから揺れに任せて、フラフラしている。いい加減にしてほしい。きちんと何かに捕まってほしい。
電車がまた大きく揺れた。後ろのサラリーマンが思いっきり勢いよく僕に体当たりしてくる。サラリーマンはそのままの体制で斜めにコケていく。僕もサラリーマンの勢いに巻き込まれて柚のほうへ倒れこむ。目の前に柚の顔が、鼻と鼻が引っ付きそうだ。形のよいふっくらとしてベージュのグロスで唇が濡れている。僕は自分の体を支えて、柚の上に倒れこまないように、腕に力を入れる。しかし遅かった。
僕の唇と柚の頬が偶然にも重なる。目を真ん丸に大きくして驚いている柚。僕も心がドキドキする。目の前がチカチカする。早く柚から離れないと、柚に迷惑がかかる。腕の力で上半身を柚から離す。柚はまだ目を大きく見開いたまま動かない。
柚がハッとした顔になる。意識が戻ったようだ。両手で顔の下を押さえている。見る見るうちに段々と顔が赤く染まっていく。耳まで真っ赤に染まる。
僕達が降りる駅に着くと、僕は柚の手を握って一緒に電車から降りる。そして改札口を通って、柚が落ち着くまで一緒に走る。柚の速度が段々と落ちて、歩くスピードになり、立ち止まった。そして僕のほうへ振り替える。
「あのサラリーマンのせいで、びっくりしたじゃない。圭太も大丈夫?」
「ごめん。柚を守っていたんだけど、後ろからサラリーマンが倒れこんできて、僕も巻き込まれて。本当にゴメン。僕は大丈夫だから」
柚は僕を心配して、手を伸ばしてくると両手で僕の頬をなでた。柚の顔が間近に迫る。僕の心はドキドキして温かくなる。柚はふわりと優しい微笑みを浮かべた。




