21話 報告
映画を観て柚を家まで送って、自分の家に帰ると、花楓がいつものようにエプロン姿で待っていた。時計を見て、にっこりと笑う花楓。
「いつもと帰ってくる時間より、すこし帰るのが遅かったけど、どこで寄り道していたのかな?」
「ああ、柚と話し込んでいてね。少し帰りが遅くなったんだ。帰りが遅くなってごめんよ」
花楓がじーっと僕の顔を見る。そしてにっこりと笑った。目の奥が笑っていない。
「なぜ、そんなに今日のお兄ちゃんの顔は嬉しそうなのかな?花楓に隠してることあるよね?何か嬉しかったことがあったはずよ。お兄ちゃん、隠してないで、本当のことを話してくれないかな?本当のことを話してくれないと夕飯が抜きになるけどいい?」
花楓、笑顔で僕に迫ってくるのはやめてください。夕飯抜きなんて罰でしかないよ。花楓は小さい頃から勘がいい。特に僕に関することだったら100%見抜かれる。僕は世間では無表情だと言われるけど、花楓には通用しない。
「わかったよ。白状する。今日、昼から予備校をサボって、柚と映画を観てきたんだ。そして映画が終わった時に、僕から柚へ告白した。柚は小さい声で「いいよ」と言ってくれたんだ。お兄ちゃん、柚からOKをもらったんだよ。すごく嬉しくて、顔に出ちゃってたかな。あんまり表情に出さないようにして帰ってきたんだけど」
「ううん、表情には出てなかったよ。でもお兄ちゃんが嬉しそうにしている雰囲気が出てたから、おかしいなと思ったの。柚お姉ちゃんと正式にお付き合いするようになったんだ。お兄ちゃんの初めての彼女だね。大事にしないといけないよ。お兄ちゃんに彼女ができたんだから、今日の夕飯は期待しててね」
花楓は自分のことのように喜んでくれて、台所で夕飯の支度をしながら、鼻歌を歌っている。そんな花楓の姿を見て、妹に良い報告ができてよかったと、僕は安堵した。
僕の人生で初めての彼女か。文字で考えると結構インパクトあるな。今ままでの学生生活で彼女がいなかった暗い歴史は記憶の奥へ封印しよう。
僕は自分の部屋でコートを脱いで、部屋着に着替えて、1階へ降りると、ダイニングテーブルにはトンカツ、クラムチャウダー、野菜サラダ、コーンスープが並べられていた。
「お兄ちゃんが告白に勝ったから、今日はトンカツです」
花楓、それは勝負に勝つ前に縁起かつぎで食べるもんだと思うよ。花楓の料理は何でも美味しいから文句は全くないけどさ。2人で「いただきます」を言って、夕飯を食べる。クラムチャウダーが体を芯から温める。それにサクサクのトンカツも美味しい。花楓の料理はいつも最高です。本当にありがとう。
僕達が夕飯を食べていると勝手に玄関が開いた。玄関の鍵をかけておくのを忘れてた。姿を現したのは達也だった。この間も来たのに、今日も来るなんて珍しいな。
達也は僕と花楓が夕飯を食べているところを見て驚く。マズい時間帯に来たかというように頭を掻いた。
「僕と花楓は夕飯を食べてるところだけど、達也は夕飯は食べてきたの?」
「ああ、もう食べてきた。ゆっくりと夕飯は食べてくれ。俺はリビングのソファに座らせてもらうわ」
達也はコートを脱いできれいに畳むとソファにかけて、自分もソファに座った。花楓はすかさず達也にコーヒーを淹れて持っていく。さすが気配りの利いた妹だ。
僕が夕飯を食べ終わると、花楓がニンマリした顔で微笑む。
「あのね。達也さん。今日はお兄ちゃんのお祝いなんです。お兄ちゃん、人生で初めて彼女ができたんですよ。喜んであげてください。私、とっても嬉しくて。お兄ちゃんからも達也さんに話したほうがいいよ。後片付けは私がやっておくから」
花楓さん、人生初と連呼するのはやめてほしい。心にグサグサと刺さるから、地味に泣けてくる。後片付けしてくれてありがとう。
僕は達也の横へ座ると、達也がニヤリと笑う。
「どこの子なんだよ。最近、話していた喘息で倒れていた女の子か?ファミレスにも呼び出されてたしな!」
「ああ、柚だよ。今日、映画を見に行った帰りに告白した。「いいよ」って言ってもらえて良かったよ。ダメって言われてたら、今日はベッドの中にひきこもっていたよ」
本当に柚に断られていたらショックで3日は家でヒッキーになっていただろう。三角座りで泣いていたに違いない。
「慢性喘息を持っている女の子か。これからの季節が大変だな。喘息は寒暖の差が激しい時は苦しいし、風邪は天敵だし、秋から冬にかけての季節は、体の負担も大きい。大事にしてやれよ」
「もちろんだよ。この間も喘息で倒れて、救急車で運んだばかりなんだ。最近、退院してきたばかりだから、体調には気配りするよ。柚はあんまり体力もなさそうだし、常に誰かが同伴していないと不安で仕方がないよ」
本当に最近まで入院していたんだから、柚の体調面はしっかりと気遣いしないとな。彼氏になったんだから、僕が守らないといけない。
「お前の体調の話はしたのか。彼女になってくれたのなら、自分の病気も明かしておいたほうがいいんじゃないか?いきなりお前が倒れた時にショックを受けるのは彼女のほうだぞ」
「うん。わかってる。今は体調自体は悪くないし、近いうちに柚には僕の体のことを話しておこうと思う。あんまり心配させたくないから、何とか軽く言う方法ってないかな?」
「そんなのあるわけないだろう」
やっぱりそうだよね。心筋症を軽く言うことなんてできない。普段は何事もなく平常に体を動かしていても、急に心筋症の発作が起きて倒れてしまうんだから。これを軽い病気のように説明することなんてできないよね。
僕が沈黙していると達也が眉間を寄せる。
「必ず、自分の病気のことは近々、説明しておけよ。お前のためじゃない。柚っていう彼女のためだ。そのことをくれぐれも忘れるな。勘違いするんじゃないぞ」
達也に釘を刺され、念を押された。やっぱり柚に言うしかないんだよな。気が重いな。でも、付き合い始めの今は言いたくない。柚も自分の体のことで、今は精一杯の状態だし。少し落ち着いてから、説明しよう。
僕のスマホが振動する。ポケットから取り出して耳に当てると柚だった。
《今、大丈夫?》
《大丈夫だけど。どうしたの?》
《別に何でもないわ。もう切るね》
《ちょっと待ってよ。意味わからないし。僕は柚から連絡もらって嬉しいよ。大丈夫だから、もっと話そうよ》
《圭太がそこまで言うなら話してもいいわよ。私の家の近くのファミレスで待ってるから・・・・・・プー・プー・プー》
はあ?いきなり切られた。ファミレスで待ってるって。まだ何にも内容を聞いてないよ。達也がニヤニヤと笑う。花楓もニコニコしている。
「また呼び出しか。付き合い始めは初々しくていいな。俺は花楓ちゃんと適当に遊んどくから、お前は行ってこい」
「私は達也さんと遊んでもらうのです。お兄ちゃんは邪魔なのです。だから早く柚お姉ちゃんの元へ行きましょう」
送り出してくれるのは嬉しいけど、2人共少しからかいが入ってるよね。2階の部屋へ行き、私服に着替えて、コートを羽織って、2人に「行ってきます」と言って玄関を出る。そして足早に柚が待つファミレスまで歩いていく。
道路は寒かったけど、ファミレスの中は温かった。一番奥の窓際の席に柚が座っている。僕はコートを脱いで、きれいに畳んで腕にかけて、柚の前の席に座った。
「いつもぎりぎりセーフね」
どんな基準ですか。一度、その基準を柚から聞いてみたい。でも聞けない。
「スマホ、毎回、話の途中で連絡を切らないでくれよ。びっくりするじゃないか。もっと話してもいいじゃん」
「会って話するほうが数倍、楽しいでしょう」
確かにそれはそうだけど、いきなり切られると何だかショックなんだよ。
「今日はどうしたの」
すると柚は窓の外へ視線を向ける。僕の顔を見ない。そして段々と首筋から顔がピンク色に染まっていく。口の中で何かを言っているが聞き取れない。
「何て言ったの?聞き取れなかった。ごめん」
「顔、見たかったのって言ったのよ。今日は瑛太お兄ちゃんもいないし、両親も遅いし、1人で家にいたの。圭太の顔が頭に浮かんだから、顔を見たくなったのよ。文句ある?」
「文句なんてないよ。すごく嬉しいよ。僕は柚と24時間でも一緒にいたいんだから。1日中一緒にいたい」
柚は僕の答えを聞いて、顔を真っ赤にして「24時間なんて恥ずかしいこと言わないで」と小声で呟いた。そんな恥ずかしがっている、照れ屋な柚のことが僕は大好きだ。僕は笑顔で柚に見惚れる。脛を蹴飛ばされたけど、痛くない。そんな柚がとても可愛い。
第2章恋人編が始まりました。
よろしくお願いいたします。




