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14話 今の柚の答え

 予備校の教室へ入る。柊梢と橘梓の2人は僕が近くを通っても、手を振ることもなく、無視してくれている。定位置の椅子に座って、テキスト、ノート、筆箱を出して、授業の用意をして待っていると、俊輔と夏希が僕の隣に座ってきて、ニヤニヤ顔になっている。そして俊輔が荒っぽく僕の頭をなでる。



「昨日はお疲れ様。おかげで柚に告白できたじゃん。良かったな」


「昨日の告白、恰好良かったよ。柚も少しはドッキリしていると思う」



 俊輔と夏希はニヤニヤ笑っている。昨日の言葉は告白じゃなくて、勢いで言ってしまっただけだよ。どうしていいのか、僕のほうが困っている。俊輔は僕の脇を突いてくる。



「昨日、あれだけガツンと言ったんだ。柚の心にも届いているって、もう少し安心な顔をしろよ」



 柚の心に届いていると思うと余計に不安になる。俊輔、お前全然、柚の性格をわかってないよ。



 柚が教室へ現れた。僕の体に緊張が走る。柚がゆっくりと歩いて僕達の席に近づいて来る。俊輔と夏希は席を移動して、いつもの席に戻る。何も言わずに柚が席に座る。そしてテキスト、ノート、筆箱など、授業に必要な道具を鞄から出していき、テキストへ顔を向けて、授業の予習を始める。その横顔には少し緊張が含まれているのがわかる。



 柚から何も言ってこないので、僕もテキストを広げて、授業の予習を始まる。今までもこういうことは度々、あったけど、席に座っても何も話しかけてこないことはあまりなかった。柚とどうやって話せばいいんだろう。何かキッカケがほしい。



 そんなことを考えていると柚が小さな声で「おはよう」と呟く。僕は少し安堵して「おはよう」と返事を返す。それから静寂が僕と柚を包む。



 良く見ると柚の席が、少しだけ、僕からほんの少し距離を遠くして座っている。やっぱり昨日の僕の突然の告白で、柚を緊張させることになったんだ。昨日の告白は逆効果を招いたに違いない。昨日のことを謝っておいたほうがよさそうだ。



「柚、昨日はいきなり変なことを言ってしまってゴメン」


「何が?私は別に、気にしてないわよ。圭太も妙に意識するのは止めてよね。昨日までと一緒にしていて。そのほうが気楽だわ」



 昨日までと一緒のようにしておいてと言われても、僕もそうしたいけど、柚を意識してしまって困るよ。でも柚がそれを望むなら、それが一番いいんだろう。僕もなるべく平静を保っていこう。



 僕はテキストを開いて、今日の授業の予習をする。柚が頭をペンでコリコリとしている。わからない問題でつまづいているようだ。いつもならわからないところをを気軽に聞いているのに、今日は僕には聞かないつもりらしい。



 突然、僕の方を振り返って、複雑な顔をしているのが目につく。やっと僕に問題を聞くつもりになったようだ。



「圭太、わからない問題が1つあるの。教えてくれないかな?」


「ああ、いいよ」



 どんな問題だろう。少し気になるけど、昨日の予習はばっちりとしてきている。どんな問題だろう。



 それは先ほど、僕がテキストでやり終わった問題の部分だ。これなら教えることができる。少し柚に近づいて、柚のテキストの問題をノートへ写しだして、簡単な日本語に直して、丁寧に解説して教えていく。そして、ノートに要点を書いてあげる。柚はウンウンと頷いている。理解できたようだ。



「次はこの問題を教えて」



 その問題は昨日、習った問題じゃん。そういえば、柚も僕も、2人で小指を繋いだまま、あんまり授業を聞いていなかったんだっけ。柚に迷惑をかけてるな。しっかりと教えて行こう。



 柚のノートにテキストの問題を写して、丁寧に簡単な日本語で解説をして、ノートに要点をまとめて書いていく。また柚はウンウンと頷いていると問題が理解できたのか、一瞬だけ明るい笑顔になった。そして、ペンで、問題と答えをなぞっていく。



 教え終わった僕が、自分の定位置に戻ると、柚が僕を振り返って少し微笑んだ。



「これからも勉強を教えてね。やっぱり圭太に教えてもらうのが1番、頭に入りやすいから、頼んだわよ」



 昨日の一件は、柚の中では一旦は忘れることになったらしい。それでも良かったのかもしれない。柚に無理やり回答を迫ったとしても、柚にイヤな答えをさせるだけになる。それぐらいなら、現状維持のままでもいいと思った。わざわざ、柚にイヤな回答をさせるつもりはない。柚がいつも通りを望むなら、僕はいつもの通りに振舞っていよう。



「大丈夫だよ。いつでも勉強を教えるから」



 柚の機嫌が少し治ったのか、いつもの定位置に座りなおしてくれた。少し距離が縮まる。それだけでも僕の心が早鐘のようにドキドキと脈を打つ。僕は柚の勉強している横顔に見惚れてしまった。



 思いっきりつま先を足で踏まれた。これは痛い。一瞬で僕は柚を見るのを止めてテキストをじっと見る。



 講師が教室へ入ってきた。講義が始まる。講師がスクリーンにテキストを映し出して解説をする。ホワイトボードに補足を書く。それを僕は、ノートに解説を書いていき、要点をまとめていく。



 予備校の講義は学生に質問することは、ほとんどない。講師がスクリーンを見て解説をして、ホワイトボードに補足や要点を書いていく授業がほとんどだ。生徒は講師のスピードについていき、講師が何を説明しているのかを理解しなければならない。慣れないとなかなか上手くできない。柚はそれにまだ慣れていなかった。



 それでも柚も必死で講師のスピードについていく。柚は字はきれいだけど、講師のスピードについていくのが苦手みたいだ。頬をピンク色に染めて、必死に取り組んでいる。その姿も健気で可愛い。



「あんまり、横顔見ないで。恥ずかしいでしょ」



 また足を踏まれた。確かにその通りだ。僕もスクリーンに目を向けて、講師の解説を簡潔に写して、ホワイトボードの補足と要点をまとめて書いていく。そんなことをしているうちに、あっと間に授業が終わった。



 今日は瑛太さんは車で迎えには来ないようだ。俊輔と夏希は2人で手をつないで「今日は繁華街で遊んで帰る」ということだ。僕と柚は肩を並べて、2人で駅までの道を歩く。喉を傷めないように2人共、マフラーをまとっている。柚も緊張しているし、僕も緊張気味なので、沈黙が続く。2人で満員電車に乗り込んで帰る。



 いつものように僕が手すりにつかまって、柚を体の中へすっぽりと隠して、柚を守る。柚は僕のコートの両端を握りしめてコケないように必死にしがみついている。電車が揺れる度に、柚の口から「キャ」という小さな叫び声が出るが、僕に捕まっているからコケることはない。僕も柚がコケないようにしっかりと支える。



 電車から降りた時には、2人共疲れ切っていた。改札を出て、住宅街へ歩いていく。大通りなので車の往来も多く、ヘッドライトが眩しい。街灯もポツポツと点いているので、路上は明るい。その中を2人で並んで歩く。腕が触れるかどうかの微妙な距離だ。最初に比べるとずいぶん、距離は縮まっている。



 柚のマンションの近くの公園へ来た。いつもの通りに公園へ柚が入って行き、ブランコに座る。僕は自販機から暖かいコーヒーと紅茶を買って、柚に紅茶を渡す。道路は車の往来が激しいのに、この公園だけは時間が止まったように静かだ。だから僕も柚もこの公園が大好きだ。



 柚はブランコをブラブラを揺らして、小さい声で呟いた。



「圭太の昨日の気持ちは嬉しかったけど、正直ビックリした。あんなことはもっと違う場所で言ってほしい。あんな場所で言う言葉じゃない」



 僕もそう思う。勢い余って本音が出てしまったことを後悔している。


「そうだね。言う場所と時間を間違えてゴメン」


「私にも心の準備が必要でしょ。まったくデリカシーがないんだから」

 


 そうですよね。



「私はまだ圭太と今の状況で楽しくいたい。だから今回は聞かなかったことにする」



 やっぱりそういう答えだったか。今日1日の柚の態度を見ていて、大体の予想はついていたけど、直接、本人から言われると結構、ショックを受けるもんだな。



「悪い意味じゃないから誤解しないでよね」



 わかってる。友達のままでいたいというんだろう。僕はそれでもいいと思ってるよ。



「展開が早すぎて、私の心も頭も追いついてないの。だからまだ待っていてほしいの。答えられるようになったら、私から答えるから、私だって色々と考えることがあるのよ」



 柚は頬を真っ赤にして少し睨んでいる。



「わかってるよ。柚に迷惑をかけたと思ってる。このまま友達のままでも仕方がないと思ってるから、柚は気にしないで」


「だから勘違いをすんな。私の話をきちんと聞きなさいよ。バカ」



 柚は勢いよくブランコから立ち上がると、僕にすがりついて「まだ心の整理がついてないって言ってるじゃん。悪い意味じゃないから誤解しないでって言ってるでしょ。きちんと聞いてよ。バカ」」と小声でいった。



 そうなんだ、柚は待ってほしいと言ってるんだな。僕ならいつまでも柚を待つよ。



「いつまでも柚のことを待ってるよ」



 僕は少しはにかむように笑う。すると柚に膝を蹴飛ばされた。これは痛い。



「何、嬉しそうな顔をしてるのよ。私が恥ずかしくなるじゃない。もう家に帰るわよ」



 公園を出て自販機横のゴミ箱へ缶とペットボトルを捨てると、柚はスタスタと歩いていく。僕が急いで柚を追いかけると柚は小指と小指だけ繋いでくれた。顔が真っ赤で、僕のほうを一度も見てくれない。それでも、僕の心は温かくポカポカして、とても嬉しかった。

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