縛火紋(ばくかもん)
火族の血を入れることで、ヒト族も火族の能力を使えるようにする――
その発想自体は決して新しいものではない。
二種族間での交配は昔から行われていたし、そもそも火族とヒト族が婚姻することはしばしばあった。
けれど、芳しい結果は得られなかった。
そもそも、ヒト族が火族と性交することには大きな危険が伴ったのだ。
例えば、普通に握手をしたり抱き合ったりといったことはできても、粘膜同士が触れ合うとき、火族の体液に含まれる強い「火」がヒト族を火傷させ、時には命を失うこともあった。そうした犠牲を覚悟の上で両者を交わら、子を宿らせることに成功しても、出産にこぎつけることは稀であった。
ヒト族の母体は「火」を持った赤子によって胎内を焼かれてしまう。
逆に、火族の母体は親よりも弱い「火」しか持たない赤子を焼いてしまう。
それでも幾多の困難を乗り越え、火族とヒト族の合いの子が生まれたことはあった。
けれど、生まれてきたのは火族としての才能を持ち合わせない凡庸な子であった。
それ以来、火族とヒト族との交配は禁じられた。
その後、文字通り火族の血を輸血して能力を獲得させようという研究が密かに進められた。
「火」への耐性があると思われるヒト族を集めて、火族の血を注入する。許容量を超えてしまえば身体を壊し、最悪死んでしまう。
こうした非道の実験は露見するたびに火廷によって摘発されたが、追従者は後を絶たず数知れぬヒト族が犠牲となった。
そして。100年以上の時を経て、夢は完成した。
火族の血を使った特殊な血液製剤。それを輸血されたヒト族の中に火族としての能力を獲得するものが現れたのだ。
彼らが公開した製剤方法は、複数の研究者によって検証され、比較的高い確率で成功することが確認された。
この輸血によって能力を獲得した者は、純粋な火族と比べて力は弱いものの、氷龍との戦いにおいて火族の補助として十分な役割を果たすことができ、やがて「銃者」と呼ばれるようになるのだが――
「お前、銃者になりたいのか?」
流彦が低い声で問うと、沙羅は目を輝かせ笑顔を浮かべて頷いた。
「はいっ!私ずっと憧れている銃者の人がいて、その人みたいになれたらって……」
そう言って頬を染める少女を一瞥すると、流彦は視線を逸らした。
「やめておけ。銃者なんて、ろくなもんじゃない」
今度は沙羅が眉を顰める番だった。
「そんなことありません!」
流彦は鼻でフンと笑ってその非難を受け流す。
「じゃあ、お前は銃者にあったことがあるのか?」
「え?」
「俺は直に何人も見てきたが、どいつもこいつも鼻もちならない奴らばかりだった。自分を選ばれた人間と勘違いしているバカどもだ」
「そうじゃないヒトだっています。……ほたるさんならきっと」
「……ほたるだと?」
流彦は思わず声を上げていた。
「はい。蓮杖ほたるさんは私の憧れの人です」
ここでその名を、死んだ姉の名を聞くことになるとは。
流彦は再度ため息をついた。
「だが、結局は死んだ。自らの力量を誤って命を落とした者の真似なんかするな」
「違います!ほたるさんは力に驕って亡くなられたわけではありません。あの人は大切な方を守ろうとして――」
首を振って否定する沙羅を無視して、流彦はスマホを取り出した。
「いずれにせよ、お前をこのまま放っておくわけにはいかない。ひとまず近くの警察署に電話をして保護してもらう」
「警察?」
「そうだ。火廷で身柄を預かることもできるが、いずれはヒト族のほうに引き渡さなければならないからな」
それなら直接ヒト族の管轄に渡した方がいいだろう、と流彦は思ったのだが。
「……私は、ヒト族ではありません」
少しの躊躇の後、少女はそう声を上げた。
「何?」
問い返す流彦の前で、沙羅はマフラーを解き、コートを脱いだ。さらには、その下の制服のボタンをはずし、胸元を露わにしようとする。
「お、おい!」
いきなり何を始めるのかと慌てて制止しようとして、流彦の目は少女にくぎ付けになった。
少女の、透き通るように白い胸元には大きな黒い紋様が浮かび上がっていた。
象形文字と円が組み合わさったような紋様は、まるで墨で描いたかのようにべっとりと白い肌に張り付いている。
その紋様には見覚えがあった。
「“縛火紋”……お前、紋戴児なのか」
流彦の言葉に、沙羅は固く結んだ唇を震わせた。
縛火紋。
それは、火族でありがら火族の能力を持たぬ者に顕れる呪いの紋。
生まれながらにして無能力者が持つ烙印。
そして、それは流彦の姉・ほたるが持っていた紋様でもあった。
突然のことに呆然としている流彦のスマホが鳴動した。
慌てて画面を見ると、妹・コロナからの電話だった。通話ボタンを押し耳に当てると、コロナの焦った声が飛び込んできた。
「るぅ兄ぃ、大変! お母さんとうる香ちゃんが喧嘩してるの!早く止めにきて!」
明日は、夕方に更新します。