「銃者」を目指す少女
沙羅と名乗った少女はゆるゆると首を巡らせる。
「ここは?……」
と聞いてくる少女に流彦が公園の名を告げると、沙羅は記憶の糸を手繰るように黙考して
「そうだ、私ここで修行をしていて―」
とぼんやりした口調のまま呟いた。
「修行?」
少々不思議な言葉に流彦が問い返すが、沙羅はそこでハッと目を見開いた。
「あ、あぁ……」
少女の顔は見る間に青ざめ、唇が震えだす。
「お、おいどうした!?」
流彦が覗き込むと、沙羅は急に起き上がろうとしてバランスを崩してしまう。流彦は慌てて彼女の身体を抱きかかえるように支えた。
「おい、どうしたってんだ?」
流彦はそう問いかけてから、今のはもう少し穏やかに声をかけるべきだったろうかと反省した。
以前、穂親から
「お前の口調はどうもきつい。初対面の、特に女子どもはこわがるだろう」
と注意されたことがあるのだ。火族とヒト族の間を取り持つ「火廷」に勤める職業柄、ヒト族とも話をする機会が多いのだから、意識して気をつけねばとは思っているのだが。
沙羅は荒い息を繰り返していたが、やがて流彦を見つめて
「あの……ここに何かいませんでしたか?」
「何か?」
「その……この……私の姿だけでしたか?」
すがるような瞳は恐怖の色をたたえて揺れている。
少女がどのような答えを求めているのかは分からなかった。
誰か彼女の仲間がいたはず、ということなのか。
それとも、他にも複数の氷龍がいたはず、ということなのか。
しかし、いずれにしても流彦としては見た事実を答えるほかない。
「アンタがこの噴水の所に一人で倒れているのを見かけて近づいたら、後ろに氷龍が一匹いた。そいつは俺が相手してたが、急に崩れて死んじまった」
「氷龍……」
「あぁ。ほかにアンタの仲間でもいるのか?」
流彦が尋ねると、沙羅は首を横に振った。
「いいえ、ここには一人で来ましたから。……良かった。そうですよね、もしそうでなかったら、とっくに私は……」
何やら自分に言い聞かせるようにしながら息を落ち着かせる少女。
要領を得ないな、と思った流彦は瞳をすぼめて問うた。
「今度はこっちの質問に答えてもらうぞ。修行と言ったが、何をしていたんだ?」
この少女は何か隠し事をしているのかもしれない。穂親ほどではないにせよ、自分もいろいろと場数は踏んできている。こいつに何かおかしな点があれば見逃さずにいよう、と流彦は集中した。
「はい。……あ、その前に!あの、助けていただきありがとうございましたっ!」
沙羅は礼を言っていなかったことに自身で驚いたらしく、ぴょんと飛び上がったかと思うと、流彦に向き直り腰を曲げて深々とお辞儀をした。
「私、“銃者”になるための修行をしているんです」
「銃者!?」
流彦は眉間にしわを寄せた。
「銃者」とは、火族に仕える特定の使用人のことだ。
今や、火族の多くが莫大な富を元に、昔日の貴族のような優美な生活を送っている。それを支えているのは、多くのヒト族である。火族は彼らを使用人として抱え、身の回りの世話をさせているのだ。
そして近年では彼らの中に、武器をとって火族とともに氷龍と戦う者たちが現れた。
それが、「銃者」である。
銃者は火族とヒト族、それぞれの思惑が重なった結果生みだされた産物だ。
いや、人類が火族とヒト族という二つの種族に分かれて以来の夢の具現化ともいえた。
500年前、世界が二度の大戦を終えた頃のこと。
その恐怖の癒えぬまま、核戦争という終末の訪れに怯えていた人類に希望がもたらされた。
科学者たちが「氷爆」という兵器を完成させたのだ。
炸裂すれば、たちまち半径1キロが絶対零度近くまで凍り付く、という物理法則を超越した新爆弾。
北極圏で見つかった未知の物体を元に創られたこの兵器こそは、核兵器を凌駕する威力を持ち、しかも放射能の危険もない。
ゆえに氷爆は、真の平和をもたらす福音とまで称えられた。
けれど、その期待は裏切られた。
度重なる氷爆の実験の中で、大気中にまき散らされた「氷素」は地球の気候を急激に寒冷化させることとなった。そして、それ以上に恐れるべき事態が発生するようになったのだ。
それが氷龍の出現である。
傷つけられても再生を繰り返し、通常兵器では死滅させられない怪物群にたちまち人類社会は混乱に陥った。人々は怪物の脅威から逃れるために地下に逃れるほかなかった。
不足する食糧。頻発する紛争。文明は崩壊し、人類は絶滅への坂を転げ落ちるかに見えた。
しかし、再び希望の灯はともった。
追い詰められた人類の「種」としての底力というべきか、突然変異によって、高熱や炎を操ることのできる人々が生まれ始めたのである。
その火によって氷龍を退治できると気づいた超人たちは、互いに婚姻しその数を増やし、怪物に対抗し始めた。幾度かの討伐戦争を経て、再び人類は地上での勢力図を塗り替え、生活圏を取り戻した。
氷龍を倒した勇者たちは「火族」と呼ばれ称えられた。
既に独自のコミュニティを築きつつあった火族と、通常の人類は協定を結び、共に手を携え、再び地球に繁栄を取り戻すために歩んでいくことを誓った。
それから二百年余り。二種族間の同盟は健在であるものの、その関係は歪さを露わにしつつあった。
ヒト族は生命と財産の安全のため、火族に氷龍の討伐を依頼し、また温暖な土地を確保するため、彼らに自分たちの居住圏への移住を求めた。そしてその見返りに莫大な報酬を約束したのである。
火族は、ヒト族から提供された富によって豊かな暮らしを送るようになり、また自らをヒト族に勝る特権階級と認識するようになった。
増長し、横柄さを増していく火族のさまに、ヒト族は辟易する。とはいえ、火族から離れては依然地上にいる氷龍たちには対抗できない。
このジレンマの中でやがて、ヒト族は「火族に頼らずに氷龍を倒す」手段を希求していく。
一方で、火族も悩みを抱えていた。
いくら特殊な能力を持っていても、氷龍と戦うことはリスクに他ならず、時には死ぬこともある。
せっかく恵まれた地位と権力、財力を持ちながらたかだか非力なヒト族のために命を捨てるなど馬鹿らしい。できうることなら、奴らに氷龍退治を肩代わりさせたい。そう考えるようになっていた。
皮肉にも、互いに反駁しながら、彼らは「ヒト族が氷龍に対抗しうる道」を模索していくのである。
そして、ヒト族の科学の進歩が一つの答えを生み出した。
「火族の『血』をその身に取り込んだヒト族」
それが導き出された結論だった。