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剣舞と大蛇

(不覚!……)

 どうしてここまで近づかせてしまったのか。しかし、歯()みしている暇はなかった。

 流彦は少女を抱えて飛びのいた。間一髪、さきほどまで少女がいた地面を氷龍の牙がえぐり取る。

 仕留め損ねたことに気づいた氷龍は不服そうにギシャアァと声を上げた。


 敵の体長は10メートル未満。直径は50センチほど。

 地面から1メートルほどのところに空中浮揚し、こちらに頭を向けた。

 頭といっても目らしきものはない。枯れ木のような(からだ)には黒い氷が張りつき、体をくねらせるたびにギチギチと不快な音を立てている。


「一匹だけか」

 と流彦は呟く。周囲の気配をさぐるが、こいつの他に個体はいないようだ。

 とはいえさっきのようなこともあるから油断はできない。

 流彦は再び少女を地面にそっと下ろすと、制服の上着を脱いで少女に掛けた。火族が身に着けているものには「火気」が宿っている。こうしておけば別の奴がやってきても迂闊には少女に近づくまい。


 化け物はとぐろを巻きながらゆっくりと流彦の方に近づいていく。

 流彦は左半身をやや前に出し、左拳を固めて目より少し高い位置に構えた。

 どちらが先に動いたか。氷龍が槍のように突っ込んでくるのと、流彦が飛び上がるのはほぼ同時だった。その右足は炎に包まれる。


 鋼の牙列が流彦のわき腹を(かす)めるが、少年は平然とした顔で右脇に氷龍の身体を抱えるようにしながら、炎の中から「右足」を振り上げた。ひゅっと風を切る音。


 振り切った少年の右足が夜闇の中にぎらりと光る。

 流彦のふくらはぎから先は巨大な肉切包丁に変化していた。

 大根でも切るかのように氷龍の身体は真っ二つになり、石畳の上へと落下した。

 流彦もまた着地する。包丁の切っ先と化した右つま先が、石の上でキンと澄んだ音を立てた。


 ゴギョォオオ、ガァア!

 岩同士が揉まれたときのような呻きを上げた氷龍の上半分は、しかし倒れ伏すことなく首を捻じ曲げて振り返ると、再び流彦めがけて飛び掛かってきた。

 それを横目で見ながら、少年は今度は自分の左足に炎を纏わせ変化させる。


 炎が消えて現れた左足は細い円錐形になっていた。

 銀色に鈍く輝き、下に向かって尖ったそれは、まるでコマの軸のようだ。

 流彦は体をぐっと捩じると、「右足」でパッと地面を蹴った。

 左足を軸にして少年の身体は3回、4回と回転する。


 伸ばした右足の包丁が舞い踊り、そこに飛び込んだ氷龍の頭を瞬く間に切り刻んだ。

 叫ぶ暇もなく、大きな蛇の肉片はなます切りにされて空中を舞い、頭を失った胴体は再び地に這いつくばった。

 氷龍の身体の中身は焼けた炭のようになっていて、地面に転がるとその衝撃でボロボロと崩れた。

 そして崩れた肉片はさらに細かく砂と化して、サラサラと風の中へと消えていく。


 流彦は残った氷龍の下半身に目をやった。そちらはまだ健在で、それどころかギシギシと音を立てて動き始めていた。直線的な断面がボコボコと(うごめ)いたかと思うと、もちのように膨らみ、またもや頭らしき形状を作りつつあった。

 ちっ、と流彦は舌を鳴らした。


 氷龍の厄介なところは、この再生能力だ。

 奴らの身体を傷つけるくらいなら(生身のヒト族には無理だが)、ヒト族のもつ銃火器類を使えば十分可能だ。しかし、切っても再生するプラナリアのごとく、どれだけ切り刻もうとも、ある部位を切除しない限り氷龍の身体は回復してしまう。


 その部位とは「氷根」だ。

 球根のような形状からこう呼ばれる青い結晶。氷龍の身体のどこかにあるそれが氷龍の「命」であり、力の源なのだ。これを破壊もしくは封印しなければ奴らを倒すことはできない。

 そして、破壊・封印には「火族」が操る「火」が絶対不可欠である。

 このために、氷龍討伐には火族の力が必要になってくるのだった。


 とはいえ。

 その火族でありながら、流彦は手こずらざるを得なかった。流彦の「化捏」の能力はあくまで彼自身の肉体を変化させるための能力であり、氷根を破壊しむる能力ではない。


 流彦ができることと言えばとにかく氷龍を切り刻み、氷根がその姿を顕せばそれをもぎ取る、ということである。勿論、今のように手足を武器(例えばハンマー)に変化させて氷根を砕くことはできる。けれども氷根そのものに備わる再生能力までは奪えない。

 ゆえに、氷根を確保したら速やかに他の火族の元へもっていき「火」で焼いてもらうしかない。


(所詮、俺はDランクってことか)

 流彦は自嘲の笑いを浮かべた。

 今のように、どれほど鮮やかに剣技を駆使したとして、雑魚一匹倒しきれない。

 例えば蹴陽やうる香なら、これほど手間取ったりはしない。彼女たちなら、炎や熱であっという間に氷龍の身体ごと氷根を焼いて溶かしてしまうだろうから。


 しかし、今更何を嘆こうか。ともかくこいつを粉みじんに切り飛ばしてしまえば、残るのは氷根一つだ。そのあとは火廷の穂親に任せてしまえばいい。

 そう思い直して、一回り小さくなった怪物と対峙したとき。


 何か蚊が飛ぶような高く小さな音がした。

 流彦がハッとして耳を澄ますと、あちこちから同じように微かな音が聞こえるように感じられた。

 そして次の瞬間、目を疑うようなことが起こった。


 氷龍の身体が空中でピタリと止まり、小刻みに震えるとその表面がボロボロと崩れ始めた。

 やがて音を立てて体中に亀裂が走り、バキバキと木を砕くような音とともに無数の肉片となって、地面へと落ちた。

 呆気に取られている流彦の目の前に、青い光点が現れた。氷根だ。その氷根もしばらく浮遊していたが、やがて小さな山となった氷龍の残骸の上にポトリと転がった。


 冷風が眼前を通り過ぎ、流彦は我に返った。静かに素早く残骸に近づくと、氷根を手に取った。

 既に白い霜に覆われた表面はとてもヒト族が触れないほどの低温だが、当然火族である流彦にはなんでもなかった。流彦は右手そのものを鋼鉄に変えて、ぎゅっと結晶を握って砕いた。

 これで2、3時間は元には戻らないだろう。懐から出した特殊な布に氷根のカケラを包み終えたとき、


「んん……」

という小さな声と衣擦れの音がした。

 例の少女が意識を取り戻したのだ。流彦は少女のもとに歩み寄り、その顔を覗き込んだ。少女はゆっくりと瞼を開いた。大きく円い瞳。まるで琥珀を溶かしたような山吹色の虹彩の上に、瞬き始めた星の光が映り込む。


 2度ほどの瞬きのあと、少女の瞳の焦点は少年の相貌(そうぼう)へと結ばれた。

「あな、たは?」

 鈴を振るような声音に、流彦は少し答えを躊躇した。

 火族の中においてすら流彦は、名の知られぬ、隠れた存在だ。果たして見も知らぬヒト族に名乗るべきか。

「……火廷の者だ。お前の名は?」

 そう答えると、少女は桜色の唇を動かした。

「サラ……紅沙原(くさはら)沙羅(さら)です」


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