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プロローグ

 満天の星空の下。

 少女はへたり込んだまま恐怖に震えていた。

 一面、白く閉ざされた雪原の上で、少女の眼前だけは黒く大地が焼け、紅蓮の炎が揺らめている。


 その炎の中心にいるのは、一人の少年だ。

 全身から炎を立ち昇らせながら、少年は少女を見下ろしていた。

 少年の上半身の服は燃えて失われ、細いながらも筋肉質の体があらわになっているが、その皮膚には火傷一つない。


 常人ならとても無事ではおられぬ高熱を発しながら平然としているだけでも、少年の異常さは明らかだったが、加えて目を惹くのは、彼の右腕であった。

 それは巨大な槍だった。彼の肘から先は一本の(ランス)と化していた。

 槍は少年が自ら発する熱を以て、己が腕を「溶かして」生み出したものだ。


 少年はゆっくりと少女の方へと一歩踏み出す。


 (殺される!)

 少女は絶対の死に恐懼した。

 少年の、両の瞳は琥珀色の光を燦々と放ち、風になびく髪からは真砂(まさご)のような光の粒が流れ落ちている。


 それは間違いなく火族かぞくの特徴であった。

 火族。

 熱や炎といった「火」を操り、超常的な力を行使する種族。

 その力を持って天敵の魔物「氷龍」と戦い人類を守る、誇り高き者たち。


 だが今、少年は誇りとは反対の昏い感情に囚われているようだった。

 それは少女の目の前に転がっている黒い炭の塊を見れば明らかである。

「塊」は一人の男の成れの果てであった。

 男は少年に背後から槍で貫かれ、断末魔を上げる間もなく炎に包まれて絶命したのだ。


 悪行の男であった。

 少女やその仲間に、非道な実験を繰り返してきた非道の輩であった。

 今、少女がこの雪原にいるのも、男が無理やりに彼女を連れて逃げてきたためだ。

 だが、自分を害していた男が死んだからといって、少女の心に安堵が芽生えることはない。


 きっと自分も、少年にとっては敵の一人でしかない。

 男と同じように滅される運命にしかない。

 少女はそう確信していた。


(だって私は……)

 ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めようとする。

 今更生きてどうなる。呪われた身、災いの種を秘めた自分がこれから生きていけるはずもない。

 そうだ、死んだら仲間の元へ行けるんだ、だから怖くない、何も怖くないから……


 少年の足音が槌のように頭の底に響く。

 何度も深呼吸して心を落ち着かせる。

 足音が止まり、気配が伝わる。


「行け」

 低く抑えたその声に思わず少女は声の主を見上げる。

 少年の瞳や髪からは怒りの光は消えていた。

 元々の色なのだろう、藍色の瞳は静かに澄んでいる。


 しかし突然の、予想外の言葉に少女は動けない。

 その様子を見て取った少年は自ら踵を返して去っていく。

 足音が消え、静寂の中で自分の鼓動が耳に戻ると、少女は自らを抱きしめた。

「生きてる……」

 途端に感情がぶり返す。決めていたはずの覚悟など崩れ去り、くずおれるようにその場に倒れて少女は慟哭した。


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