お誕生日会・後
土方君と沖田君は、鷹雪君など眼中にない様子で飲み、食べている。私も最初こそ鷹雪君と斎藤君の張り詰めた空気にはらはらしていたが、酔いが回ってくるとまあ良いかあ、という気になって、妻お手製の散らし寿司を堪能した。この、桜でんぶが散ってるの、可愛くて好きなんだよな。黄色い卵との色も好対照だし。蓮根も、海老も美味しい。私が今夜の趣旨を忘れかけた頃だった。
「坊やの呪術歴は長いのかい」
鬼の副長が、盃を呷って言った。
坊や、と言われたことが気に障ったのか、鷹雪君は数秒、沈黙してから答えた。
「五歳の時から学び始めた」
「まだひよっこだな」
「師匠に遠く及ばないことは確かだ」
「お師匠さんがいるのかい?」
「祖父です」
「成程」
思わず訊いたのは私だ。
「十六では、まだこの業界では物の役にも立たない」
鷹雪君は言う。自嘲ではなく、淡々と。
十六と言えば沖田君などはもう出稽古に行ったりしていた年齢だ。
陰陽師と剣士とでは違うのかもしれないが、「栴檀は双葉より芳し」の例えを地で行った沖田君のように、恐らく鷹雪君も相当の実力者に相違ない。
だからこそ、土方君が見込んだ。そして斎藤君が警戒した。
「俺たちを祓いてえか」
「こちらのご夫妻の、害になっているようなら」
「家に入る前に秘呪を唱えたな?」
鷹雪君の目が真っ直ぐ土方君を見返す。大した胆力だ。相手はあの、土方君だと言うのに。
「東海の神、名は阿明、西海の神、名は祝良、南海の神、名は巨乗、北海の神、名は愚強、四海の大神、百鬼を避け、凶災を蕩う。急々如律令」
滑らかに、鷹雪君は言い放った。土方君たちに動じる様子はない。
「妖怪や鬼神の類を避ける神言だ。これでお前たちが消えるなら、または何等かのダメージを受けるなら、調伏する積りだった」
「お偉いことだな」
土方君が微笑む。
私の首筋がちり、となった。
土方君のこういう微笑は、怖いのだ。心の奥底で、笑みとは全く遠いことを考えている。
だがそんな土方君をものともしないのが沖田君だった。
「ふうん。鷹雪君はすごいんですねえ」
本気で感心している。そう言えば沖田君は子供好きだ。鷹雪君のことも、どこか弟のように見てしまうのかもしれない。ぱくぱく、散らし寿司を食べながら笑っている。こっちは本当の笑顔だ。そのことに私はほっとした。
「ねえ、そんなことより早く食べ終わって頂戴な。ケーキを切りましょうよ」
妻の相変わらずのKYにもほっとする。何は無くても食べねばならぬ。それが妻なのだ。人なのだ。それで良いではないか。
16と象られた蝋燭がケーキの上に立ち、炎が揺れる。
炎が揺れて、私はハッピーバースデーと歌おうとした。歌おうとした時に、地面が揺れた。最後に見えたのは妻の驚いた顔。
私は暗闇の混沌に落ちて行った。誰かの腕が私の右手首を掴み、引っ張り上げようとした。だが私は、その人物諸共、闇に落ちていた。
闇の向こうでは、炎が燃えている。
参考文献『日本呪術全書』豊島泰国
文中の呪文は百鬼夜行を避けるのに良いそうです。お試しください。