花の命
晩春の黄昏、私は久々に沖田君と縁側でまったり過ごしていた。私を見た時の沖田君の顔ときたら、長らく離れていた主人に再会した犬のようでもあり、或いは父と再会した息子のようでもあり、いたく父性を刺激された。妻は、「お邪魔虫は退散ね」と訳の解らないことを言い、鼻歌を歌いながら台所へと引っ込んだ。盆に、私の分の湯呑とどら焼きが追加される。じっと見るにどら焼きは粒餡だ。珍しくも妻が妥協してくれたらしい。
機嫌よくどら焼きを頬張る私を、沖田君がなぜか懐かしそうに見ている。
「どら焼きに思い出でも?」
「いえ。僕のよく知る人に、ご亭主のようにそれは幸せそうに物を食べる人がいたもので」
ふむ。
風がざあと吹き、残り僅かな花の命をいよいよ散らす。哀れなものだ。
「哀れだな」
「え?」
「あ。いや、散る花が」
我ながら、柄にもないことを言ってしまったと恥じ入ったが、沖田君はそんな私のことをまじまじと見た。そこまで凝視されるようなことだろうか。
すると心の声が届いたのか、沖田君がふいと横を向いた。
「僕の兄弟子に相当な遣い手がいまして」
「うん」
誰のことだろう。沖田君にそこまで言わせるとは。
あたりが濃厚な桃色と藍色に包まれる。相克しているようであり、共存しているようであり。桜の樹影が長く伸び、私たちの近くまで忍び寄る。
「僕が――――」
続きはまたもや吹いた突風で聴き取れなかった。いや、音としては拾えたのだが、その時は意味を成さなかった。
「その人も、花の命を哀れむ人だった。優し過ぎたのです」
「…………」
どら焼きのしっとりとした生地と粒餡のどっしりした甘さが今は楽しく味わえない。
どうして沖田君はそんなに悲しそうな顔をしているのだろう。これなら、魔性の顔のほうがよっぽどこちらの精神衛生上、ましだ。
人の記憶とは不思議なもので。
夜、布団に入る時、妻が寝室の電気を消した瞬間、まるで天啓のように沖田君の言葉が蘇った。
突風に煽られても尚、彼が続けた言葉。
〝僕が介錯をしました〟
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