サイン
帰宅したら縁側には沖田君の姿はなく、土方君と斎藤君が顔を寄せ合って何やら話し込んでいた。二人共、私の気配を察すると途端に口を噤む。斎藤君は私に軽く会釈した。
一体、何を話していたのだろう。
桜の細い一枝に、烏が留まり、こちらを睥睨している。
土方君がニヒルな笑いを浮かべて、私にも着座を促した。つくづく、一挙手一投足が様になるイケメンである。
「何の悪巧みだい」
私は塩煎餅をぼりぼり食べながら彼らに尋ねる。
土方君は知らぬ存ぜぬ、と言った顔で、斎藤君は視線を明後日の方向に向けた。
ず、ずーと緑茶を飲んで、私は切り出す。
「沖田君が影という話かな」
二人して驚いた顔をする。かまかけだが当たったようだ。
「土方君が話したんじゃないか。本当の沖田君は別にいるって」
しん、と静まった場に、妻が台所で立ち働く音だけが響く。
明るい日常の営みの音色。
「あいつを正道に戻してやる必要がある」
「どうやって」
「あんたが知り合った陰陽師の末裔とやら。そしてあんたの力が必要だ、さんなんさん」
私はきょとんとした。
「鷹雪君は危険じゃなかったのかい?」
「使える毒なら使うさ」
何ともな言い様だが成程、土方君らしい。
「私には何の力もないよ」
「いいや、あんたにしか出来ねえことがある」
土方君の真剣な眼差しには光が宿り、私が女子であれば赤面していたことだろう。残念なことに、男だが。
あ、それはそうと。
「ちょっと待っててくれ」
私は書斎に行き、縁側に引き返した。
土方君と斎藤君に、それらを渡す。
「……何だ、これは」
「色紙と筆ペンだよ。サインペンより、筆ペンが雰囲気があって良いだろうと思ってね」
得意満面で告げた私に、土方君と斎藤君が、互いに顔を見合わせて、どこか憂いある面持ちになった。