義理人情
さて年度末。異動やら退職、仕事の引き継ぎやら何かと慌ただしい時期だ。自然、送別会なども増えてくる。私は外で飲むのも嫌いではないが、基本、家飲み派だ。が、そこは社会人の付き合いだ。会費の元を取るべく、安っぽい酎ハイやら焼酎の水割りやらをちゃんぽんする。もつ鍋は中々に美味しかった。
素面でこそないものの、基本、酒に強い私は確かな足取りで家路に就く。
些か、もたれた胃を撫でさすりながら玄関のドアを開けると妻がにこやかに出迎えてくれる。
「お帰りなさい。お疲れ様」
「ああ。ただいま」
因みに我が家の玄関の靴箱の上には、木彫りのアイヌの男女像があり、私の趣味とは合わず如何なものかと思うのだが、これは妻が北海道在住の友人から貰い受けた物で、守り神なのだと言って譲らないので、そのまま配置してある。
「沖田君は?」
「もうおうちに帰ったわよ」
「ああ、おうちに……」
この場合のおうちとは、彼の菩提寺である専称寺であるが、その言い方も何だかなあと思う。面倒なので突っ込まないけど。
風呂を済ませた私は寝室で、妻から沖田君の話を聴いた。
何でも沖田君の家は決して裕福ではなく(二十二俵二人扶持。金に換算すると年十一両だそうな)、武士の体面を保ちながら親戚付き合いをして(これがまた莫迦にならない)、家族数人で暮らすのは厳しかったそうだ。
そういう話を、頂き物の紅白饅頭を食べながら沖田君は妻に話した。
核家族である我が家は、幸いなことに私の給料だけで庭付き一戸建てに住むことも出来、たまにはささやかな贅沢も許される。恵まれた話だ、と思う。そう考えれば多少の同僚との人付き合いも仇や疎かにするものではない。送別会とて義理人情である。頑張る自分は正しかったのだと私は己を褒めてやることにした。
隣を見れば既に妻は健やかな寝息を立て、眠りの国の住人となっている。布団から少し肩が出ていたので、掛け直してやる。ついでに頬にちゅっとしたりする。妻の覚醒時にはしにくいことも、眠っていれば出来る。酒の作用もあるのだろう。そうして今日も沖田君に逢えないまま、私も眠りの国へと旅立った。
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