涙
沖田君が女性たちの生贄となった日の晩、私はいつものように書斎に籠って沖田君の研究に励んでいた。もちろん、今日の出来事も書きつけている。彼にとっては黒歴史だろうけどね。
性格に見合ったものかどうかは知らないが、沖田君の剣は突きがとりわけ秀でていたようだ。突き技には防御に劣るという見方も多いが、その分、攻撃に勝るとも言える。これに秀でるとは、新撰組に適した人材だったのではないかと思える。いや、あの時代に適した人材と言うべきか。いずれにしろ彼が剣技において突出した武士であったことは、諸文献が明らかとしている。天賦の才、とは、彼のようなことを言うのだろう。
沖田君の病が知れた時の、新撰組内部の心情を推し量るに、余りあるものがある。
カルーアミルクにウィスキーボンボンかあ。
妻は私を応援しているんだか、眠らせたいのだか。
くぴりとカルーアミルクを飲み、ウィスキーボンボンを口に放ると、良い心地になる。
意識がとろりとしてくる。研究に必要な思考の怜悧が置き去りにされていく。
ああ、三味線の音が聴こえる。
初めて紗々女に逢った時、大夫の隣で畏まって座っていた。まるで人形のようだと思ったものだ。貧困に喘ぐ農村では、多くの女たちが身売りの憂き目に遭った。紗々女もまた、そのようにして売られた一人であったのだろう。最初に印象に残ったのは、紗々女がひどく冷えた目をしていたからだ。玻璃のような眼であった。そうでなければ生きていけないのだと思い、胸が痛んだ。しかし私の憐憫の情は、紗々女の癇に障るものであったらしい。紗々女は仔猫が敵を威嚇するように、私を睨んだ。私は紗々女の高い矜持を知り、恥じ入った。
まさか幼い娘に気圧されるとは思わなかった。
私はふと、沖田君を思った。恋仲にある娘と語らう彼は、剣客と言うより無邪気な一青年だった。
女というか弱くも芯のある存在に、男は最初から負けているのかもしれない……。
大学ノートの上に、ぽたりと雫が落ちた。
妻が妊娠した時、私の胸は躍るようだった。
妻が流産した時、私は奈落の底に落ちたような気分だったが、妻の絶望はそれ以上だったであろう。
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