愚痴と背徳
総長、と呼ばれて振り向く。またかと思う。池田屋の件以来、近藤さんの増長が隊士たちの目に余るようになり、時折、私の元に相談に来る。私は形ばかりの総長。単なる飾りに過ぎないと言うのに。沖田君を見舞うついで、つい、そんな愚痴をこぼしたら、沖田君は笑って人柄でしょう、と言った。白皙の、透き通るような笑顔が、彼の病を否応なく物語るようで、私は胸が苦しくなった。
私の知らぬ間に、永倉君、原田君、斎藤君、島田君と葛山武八郎ら六人が、会津候(松平容保)に近藤さんの非行を訴え出たそうだ。何とも大胆な真似をする。
会津候の斡旋で、六名と近藤さんの和解は成ったそうだが、後に近藤さんは彼らに対して厳しい報復人事に出た。
以前の近藤さんであれば、違ったのではないか。
華々しい栄達は、人をより悪く変えてしまいもするのだろうか。
近藤さんや土方君に関する苦情は、なぜか病身である私や沖田君に寄せられた。
私たち相手であれば、気安く接することが出来るのだろうか。
いずれにせよ、今後の新撰組が気懸かりでならない。
メイク落としって大変なんだな。
化粧を洗顔して落とす沖田君にタオルを差し出しながら、私はしみじみと同情した。うっかり沖田君が目をごしごし擦ったら、マスカラが、飛び散った墨汁みたいになって、私は「うーあー」と叫んでしまった。端整な顔立ちが台無しである。芽依子が沖田君の女装写真をツイッターに載せると言うので、そこは断固と厳しく禁止しておいた。
可哀そうじゃないか!
そんなこんながあった夜、いつものように書斎に籠り、私は資料を読んでいた。書かれてある人物像は、資料によって微妙に違いがあり、興味深い。例えば槍の名手として知られる谷三十郎は、横柄な人物として描かれがちだが、一方で、家柄が良く、刀槍に優れ、親切とする資料もある。
余り人柄としてぶれないのはさんなんさんや沖田君だろうか。
剣の達人で、両人とも、どこかしらおっとりした風情があるように感じられる。
多分、部下から慕われてたんじゃないかな。
さんなんさんはどうして切腹したんだろうなあ。
現代人の感覚では、お腹を切るという行為自体が、ちょっと理解し難い。
だって痛いじゃないか。
痛いのって、嫌じゃないか。
美味しい物も食べられなくなる。
そして私は真夜中のアンドーナツという背徳の味を味わいながら、緑茶を飲んだ。





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